連動する悪意
「……準備が整ったか。 では数日以内に指示をする。 それまでは待機しておけ」
携帯の電源が落ちる。
広い室内は普段とは異なる仕事用に誂えた秘密の空間とでも呼ぶべきもので、一つの棚と机がある以外には何も無い。
強いて言えば部屋の隅に置かれた複数の畳まれたパイプ椅子くらいだが、彼がそれを使う機会はまったくと訪れなかった。
黒いスーツを纏った鷲のような目を持つ男。沢渡・達治は悦を隠そうともせずに浮かべ、机に足を乗せる。
「予定よりも遅れてしまったが、これで奴等に打撃を与えることが出来る。 ああいう不穏分子はさっさと排除しておかなければな」
沢渡にとってヴェルサスは邪魔な存在だった。
自分が当時新米議員として活動していた頃に現れ、あらゆる話題を掻っ攫って頂点を掴んでいたのだ。
あれに勝てる者は居ない。人間でも、機械でも、怪獣でも。
好きなように世界に要求が行える彼等は、しかして特に何か利権に干渉する素振りを見せなかった。唯一あるとすればフォートレスの件だろうが、それについては殊更大きな話題と彼は感じてはいない。
問題は、議員達への粛清とも取れる行為だ。ヴェルサスが配信等で流した数々の不正の証拠によって未来を閉ざされた議員は多く、その中には沢渡が今後利用したいと思っていた議員も含まれている。
国会議員とは、国の運営に携われる重大な職だ。
人によっては莫大な利権を手にし、税金だけで贅沢な暮らしが約束されている。その贅沢さを求めて議員は建前だけの目標を掲げ、多くの無能な一般人から支持を集めるのだ。
沢渡もまた他の議員と同じく、贅沢な生活が送りたいが故に心にもない目標を掲げた。
国民に健やかな日々を。それは短いながらも一般の人間には解り易いものだ。
誤算だったのは怪獣の登場によってその意味が必要以上に強くなってしまったことか。お蔭で嘘の目標をある程度達せなければならず、その先に派閥が出来てしまった。
彼としては大きな派閥の一議員で居たかったのだが、筆頭となってしまってはもう止まることは出来ない。
当初の予定と異なる冷静と正義を前面に押し出した演技は殊の外受け、若手の中でも優秀であると人々は評価していた。
だから彼は裏で動き回ることが出来たのだ。ある日ドイツの実験をとある議員から知り、その内容が齎す利益があまりにも美味いものだと知ったが為に彼は投資することを選択した。
条件は当時の彼であれば少々厳しかったが、今であれば国家の内情を送るだけで向こうの政府は満足してくれる。
自分の行いが国賊も同然であると理解しながら、彼は利益の為だけに今のまま活動を続けていた。
「ようやっと全部が動く。 ドイツのあれも送ってくれるし、全てが揃えば怪獣にだって負けはしないぜ」
天井を見上げ、邪悪な顔で独り言を呟く。
今の日本に必要なのは穢れの無い指導者だ。そんな人間など居ないというのに、多くの人間は理想の主人を求めてしまう。
そして、実際に出てくると彼等の心理的防壁が緩くなる。あとは時間を掛けて友好的に接しながら崩せば、程無くして信者の完成だ。
怪しむ人間は消えはしないが、人は大衆に呑まれ易い。自分一人が異なることをしている事実に耐えられないのが殆どだ。
世の成功者と呼ばれる者達は総じて他者とは異なる行動を取るが、少なくとも一般の人間は特別な何者ではない。
そして、沢渡は今回の襲撃に関して保険を残していた。
彼が投資をしている孤児院の実験は既に最終段階に到達しつつある。少ない成功例の牙を研ぎ、戦力として世に出てくる日を研究者は今か今かと待っていた。
国家が求めたのは怪獣を討伐する程の力。以前までは単体で集団と戦える力を基準としていたが、怪獣を倒せるようになれば集団戦も容易に勝てる。
その内の一体を今回の襲撃の際に貸してもらえることになり、今こうして沢渡がゆっくりしている最中に輸送の準備に入っていた。
「ほんと、あいつら頭がおかしいぜ。 螺子の十本二十本でも外れてんじゃねぇか?」
一度、沢渡はドイツの実験施設に訪れたことがある。
その時は単なる旅行と称したが、その施設で見た者はあまりにも常識からかけ離れていた。
複数の培養ケースに、四肢が切断された子供。上は十八、下は十と様々な容姿の子供が意図的に欠損した状態で檻の中に入っていた。
血生臭い悪臭と腐臭が施設全体を満たし、マスクをしていなければ流石に沢渡自身も吐いてしまいそうだったのだ。
一部の檻には子供の死体が無造作に積み上げられ、腐ったまま放置されている。定期的に処理は行っていると研究者が言っていたが、それが嘘か本当かは沢渡には解らなかった。
狂っている。感性が違う。
人を人とも思わず、研究者は子供を兵器のパーツと考えている。人体と機械を融合させ、感覚による稼働を手にしたいのだ。
それが出来れば四肢を欠損した兵士でも戦場に出ることが可能となり、更に教育も短くすることが出来る。
腕の動かし方を一々誰かに尋ねるか、ということだ。感覚的に全ての兵器を使うことが出来るのなら、初見の武器でも接続すれば使うことが出来る。
その為の四肢接続に、脳改造。全てが上手くいけば、次は遺伝子を弄って頑強な肉体を持った人間を大量生産するのだ。
その狂気に、沢渡は見事に嵌まった。
つまらぬ正義を捨て、悪をひた走る様。沢渡が求める世界とは、正に強者が支配する世界なのである。
強い者なら何をやっても良い。殺人も、強姦も、戦争も、全てが思いのままだ。
そして、このザルヴァートルを用いて彼は強者側に立つ。奴隷が如くに子供達を酷使し、日本という地で彼は隠していた想いをぶちまけながら堂々と生きたいのだ。
「待ってろよヴェルサス……。 お前達を殺して俺が頂点になる。 ああ、でもあの女共は抱いてみてぇなぁ」
想像するは玉座に座った自分。
周りにヴェルサスの極上の美女を侍らし、自分の為に身を粉にして働く者を嘲笑う。
偽を幻想を植え付けるなんて簡単だ。
目的の為に自分を偽るのも簡単だ。
夢を夢だけと断じず、何時か必ず叶うものだと信じたからこそ沢渡の思想は強い。
故に、彼は気付かなかった。部屋の天井、その片隅。
『…………』
透明になりながら沢渡を見やる、一つの機械を。
それは球体だった。それは灰色のボディだった。機械は備えたカメラを用いてリアルタイムで何処かへと送信し、一つの画面に出力されている。
それを見ていたのは女。美貌の持ち主である澪は、沢渡の心からの言葉に極大の嫌悪と侮蔑を抱く。
「こいつは殺しておこうか。 生きていても害になるだけだろうし」
既に彼女は沢渡の全ての情報を掴んでいた。
その方法があまりにも非常識だったのでメンバー以外は知らないが、出来れば見なければ良かったなぁと彼女は心から思う。
粘着く声を心地良いと考える人間は居ないし、強姦宣言をするような人間と同じ空間に居たいと思う人間もいないだろう。
底辺として沢渡は十分過ぎた。殺害を彩斗によって止められている澪が即断で殺そうと思うくらいには。
「今日は彩斗の布団に入ろうかな……」
機械の身体なのに走る怖気を気にしつつ、彼女は画面を閉じる。
カメラは生きているのでこれから更に監視は続き、彼のどうしようもない本性を記録に残していくだろう。
既に家族は寝ている。自分も寝間着に着替え、そっと彼の部屋へと侵入した澪は布団の中に潜り込んだ。暖かい彼の身体に顔を緩めながら。
――早朝時、彩斗が叫び声を上げながら飛び起きたのは言うまでもない。




