共に関わっているが故に、二人の道は異なる
「本日はお話を聞いていただき、誠にありがとうございます」
斉藤・始の姿はとある巨大ビルにあった。
日頃の情報収集を行いつつ、自身を監視する部下の目を盗んでの独断専行。露見すれば制裁は免れないものの、未だ何の警告も無いことから監視の目から逃れていると彼は内心で確信している。
予定を緻密に重ね、今彼はこのビルの近くで張り込みをしている予定だった。
実際にビル内のとある一室では要人同士の密談が行われ、彼が予め仕込んでおいた盗聴器で録音している。これも政府に提出すると同時にヴェルサスにも出すつもりだが、政府の方には粗い情報しか出すつもりはない。
同じものを提出すればどちらを優遇するつもりかとヴェルサスに指摘されかねない。
そこまで狭量だとは思っていないが、念には念を入れておくべきだろう。
彼は視線を机を挟んで対面に座る人物に向ける。美しい姿は常人には至れぬ高嶺の花を思わせ、現在も多くの人間に注目されている彼女は顔に真剣を宿らせていた。
最上・百合。
彼女はヴェルサスと接触した経験を持つ唯一のアイドルだ。尤も、接触といっても長い話をしていた訳ではない。精々が世間話に近く、されど顔と名前を覚えてもらえている事実は特異性を帯びる。
その特異性と持前の能力を生かした演技や歌、踊りは他者を魅了するに足りるものだ。
「あまり長い時間はありませんので、そのつもりでお願いします。 斉藤さん」
「勿論です。 では早速本題に入らせていただきたいのですが――貴方に空我の宣伝を依頼したのは当時の防衛大臣でよろしいですか?」
「……ええ。 もう縁はありませんが」
要領の得ない質問だが、彼女は素直に答える。
実際、当時の彼女に依頼した防衛大臣は汚職によって解任させられていた。他国とも通じていたようで、日本の機密の一部が流出していたとのこと。
その点から罪も重く、終身刑として今も牢屋の中だ。次の防衛大臣もきな臭い気配を漂わせているようで、別のアイドルを広告塔にしている。
しかし、そんなことは二人にとってどうでも良い。特に斉藤にとって必要なのは、彼女に関わった防衛大臣との関係が既に切れているかどうかだけだ。
「良かった。 これで話がし易くなります」
「と言いますと?」
「これから話す内容はヴェルサスに関係します。 国家防衛リストから外された私達が生き残る為にも、政府の味方をしている時ではないのです」
「――――」
百合は彼の言葉に眉を顰める。
驚きはあった。目の前の男は政府の役人として姿を現し、正式に彼女との面会を突然希望したのだ。
事務所側はそれを否定するつもりだったが、件の事務所には政府との繋がりが過去にあった。今でこそ縁も何も無いとはいえ、それでも話をしに来ることは十分に有り得たのだ。
だからこそ会い、そして問題解決に奔走している最中のヴェルサスに触れられた。
あまりにもそれを偶然と片付けるのは憚られる。何か裏があるのではないかと思考を巡らせるのは自然だろう。
「私は先日、ヴェルサスのとある人物と話をしました。 反ヴェルサスと呼ばれる集団が貴方達に迷惑を掛けるだろうから、どうかその件を見逃してほしいと。 そして要人共の悪事の証拠を対価に昨日に了承をいただけました」
「……後が怖くはないのですか。 ヴェルサスは集団ですが、日本は国です。 国家から追われる方が問題でしょう」
「何を言いなさる。 私にとって一番怖いのはヴェルサスの方です」
肩を竦めながら即答する斉藤の姿に、彼女は即座に否定に言葉を紡げない。
実際、純粋な力だけで言えばヴェルサスの方が圧倒的だ。空我と呼ばれる兵器を保有したとて、それを操るのは常人。
怪獣を自身の素手で殴り飛ばせるような集団なら、空我の攻撃を悉く回避してコックピットを破壊することも可能だ。
後はレッドによる炎やフローによる氷。他にも数々の範囲攻撃を用いることで時間は掛かれど日本を更地にすることも出来る。
純粋な暴力の前に権利の力など何の意味も無い。人は自分が死に瀕した瞬間にこそ根源的な恐怖を抱くものだが、斉藤にとってヴェルサスとは正にそれである。
恐ろしい、怖ろしい。ただただ、恐怖以外の感情が存在しない。
あれに勝てると?あれと対等になれると?――――どれだけ楽観的なのか。
彼等の前では全てが下だ。平伏し、懇願し、生きることを許可してもらって初めて自分は生の実感を得ることが出来る。
「貴方も解っているでしょう。 本当に恐ろしいものは、現実を跳ね除けられる者達だ」
「現実を跳ね除けられる……」
「地位の高低が意味をなさず、如何な凶刃にも自然体なままで、自分の行動一つで容易く世界を塗り替える。 ……彼等は、そういう集団です」
短い時間ながらも斉藤は情報を集めた。
その殆どが表面的な部分に過ぎないが、それでも十分。世間一般に知られているものから関係者にしか知られていないものまで、彼は知れるものは全て知った。
凶悪な能力の数々。倫理と常識を捨てたその精神性。そして、少し別けるだけで爆発的に成長するあの学生達。
特に蓮司。彼もまた確かにヴェルサスの影響を受け、強靭な人間に成長している。彼の保有する武器も朧気な状態で情報が回ってきているが、その内の一つを知っただけでも愕然とした。
彼等ならば既存の常識を塗り替えることも出来るだろう。
今回のバッテリーもそうだ。解析班曰く、これを人類が作り上げるには一体どれだけの時間が必要となるのか解らない。
さながら宇宙人の技術。人外が齎す恩恵は、その手に詳しい者程意味が解らないと恐怖する。
一体どうやって動いているのか。一体どんな素材で構成されているのか。
人類を嘲笑っているようにも錯覚する人間が出た。未だ解析は続いているが、斉藤は何年掛かっても全貌が明かされることはないだろうと根拠も無く確信している。
「あんな集団に勝てると思う方が愚かです。 それを今の日本は目指していて、だから私は抜けることを決めました。 頭の硬い人間に付いていきたくないという想いもありますが」
「――私には理由がありません」
斉藤の根底にある想いは、恐怖への逃避だ。
内容そのものは簡単で、だからこそ根深い。次々と要人達が不幸な結末を送った場面を見ているという点も理由に含まれている。
対して、百合に日本を見限る理由は無い。降り掛かった不幸は総じて自分と両親の責任であり、空我の件についても契約の抹消によって解決している。
敵対するだけのメリットが無いのだ。それに彼女はこのアイドルという場所で活動していかなければならない――だってそこ以外に居場所なんて無いのだから。
「斉藤さんが私を勧誘したのは、自分の情報だけでは傘下に入れないかもしれないと考えたからでしょう。 自分で言うのもなんですが、私はそれなりに周囲への影響力がある方だと思っています。 それをフルに活用すれば、確かにヴェルサスの味方を今以上に増やすことも不可能ではありません」
斉藤が吐露した言葉で、彼女は彼の目的を理解した。
要するに、一緒に沼に飛び込んでくれる運命共同体が欲しいのだ。能力的に有用であればなお良しで、だから彼は彼女に目をつけた。
そこには自身の感じたことを彼女も理解出来る筈だという思惑もあった筈。そして、彼女にも彼の抱く恐怖は解る。
あれは他者の思惑に左右されない。全て自分達で決め、全て自分達の好きなようにする。
国家の枠組みに収まらぬ超人の組織――そんな集団の中では百合の能力など木端も木端だ。
「私が赴いた所で彼等は縦に頷きはしませんよ。 所詮、私はただの小娘なのです」
「……何かあったのですね」
「ええ。 ですがそれを言うつもりはありません。 では、そろそろお時間ですので」
静かに立ち上がり、彼女はゆっくりと去った。
残された彼は机に置かれていたお茶を飲み、その相貌を崩す。
「よし、これで種は植えた。 何処で花が咲くかは兎も角、彼女も考えることだろうな」
予定調和。その四文字が脳裏を過り、そんな訳があるかと彼は唾を吐いた。




