身内の情、他者への悪意
「すみません、渡辺社長。 感情的になり過ぎました」
二人が帰った後、社長室で彩斗は立ち上がりながら謝罪する。
そこに嘘は無い。彼としては冷静であろうとしたが、どうしても家族を前にすると普段よりも感情が先行されてしまう。
抑圧された憎悪が言葉を鋭くさせ、他を威圧するようになってしまうのだ。爆発まで至らなかったのは会話時間が短かっただけで、彼女と二人きりの状態であればきっと彼は百合に手を上げていただろう。
頭を下げる彩斗を渡辺社長は座りながら見やり、その肩にそっと手を乗せる。
表情には優しさが宿り、少なくとも激怒の様子は無い。
「今回の件に関し、悪いのは君ではない。 寧ろ悪いのは急に来訪した彼等だろう。 何の予定も入れずに来るなど、一社会人のすることではない。 ……個人的には怯えながら帰る彼等に溜飲が下がる思いだよ」
良いか悪いかで言えば、彩斗のやったことが正しいとは言えない。
しかし、社の重大事を他所の人間が決めようとしてくるのは不快なものだ。それが彩斗にとって感情を揺さぶるような相手なら、渡辺社長は百合と彼女の事務所を受け入れる真似はしないだろう。
彩斗は大事な人間だ。絶対に喪失してはならない会社の幹部として渡辺は位置づけていた。
本人は絶対に否定するが、彼の立ち位置に代われる人間は居ない。同じ現地協力者であろうとも、渡辺は彼とは違うのだ。
「選考は此方で終えておくが、彼女と彼女と同じ所属先の者は落そう。 理由なんて今回の件で十分だ」
「……いえ、そこは平等にいきましょう。 たとえ信じられずとも、一度は審査したという事実は必要です」
「……そうだな、その通りだ。 なるべく平等に考えることにするさ」
如何に憎悪していても、公私は別けて考えるべきだ。
先入観は残ってしまうが、彼女達の実績は多い。社長である渡辺が否定しても、他の人間が彼女を選択したとしても不思議は無い。
社長が嫌っても他が選べば文句は言えないのである。それが平等で、公正というものだ。
話を終えた二人はそのまま別れる。渡辺は彩斗に休むよう告げ、彼もそれを素直に受け入れて家へと帰宅した。
様子の異なる姿に社員達は心配していたが、それを彼は無難に回避する。ヴェルサスのメンバーだけは澪から説明されたのか怒り心頭の様子だ。
「親父ッ、大丈夫かよ!」
家に帰ると、そこには澪とイブの姿があった。
イブは役割の関係であまり外には出れないが、電脳空間を用いて情報収集をしている。性格と仕事内容は正反対であるものの、彼女の仕事も十分に重要だ。
それでも、今は彼の方が大事である。帰って来た彩斗に玄関で抱き着き、心配気な顔で彼を見る。
澪も彩斗の感情の乱れを察し、玄関で出迎えていた。
彼は表面上は冷静で居ようとしているが、その内側にはやはり未だ劣等感や憎悪が渦を巻いて残っている。
どれだけ恵まれた環境があっても、どれだけ心躍る戦いをしても、それらはやはり人工的なものに過ぎない。
天然である彼女に並び立てはしないのだ。
全て虚飾で彩られ、本物の黄金には勝てはしない。真の才能の前では、彩斗の力などちっぽけでしかないのだ。
「悪いな、心配させて」
「気にするなよ。 俺はどんな時でも親父の味方だ。 あんなクソッタレな女を認めることは絶対にしない」
「――彩斗」
イブの勝気な言葉に微笑ましさを抱くと同時、澪に呼ばれて顔をそちらに動かす。
そこには慈母のような笑みがあった。今の彩斗の全てを受け入れてくれるような、彼の知らぬ母の表情で彼女は迎える。
どんな時でも彼女は彼を見捨てない。全幅の親愛は、それ故に深い。
長年の蓄積も合わさった彼女の心を彩斗は疑わないし、澪も彩斗の心を疑うことはない。
ゆっくりと彩斗は彼女に近寄り、その身体を抱き締めた。
思いの外柔らかい身体に少々の驚きを感じながらも、流れ込む暖かな感情に暫し無言となる。
その間に澪は優しく彼の頭を撫でて、どうか早く元気になってくれと願った。
「――やっぱり、相当弱ってるみたいだな。 今の俺って」
時間にして十分程度だろうか。
ゆっくりと離れた彼は、照れ臭い顔をしながら言葉を発する。そこには本来の彼が居て、少なくとも爆発間近の感情が鳴りを潜めたことが傍目にも解った。
今でも彩斗は家族に対して暗い感情を持っている。それが消えて無くなるには、やはり確固たる立場が必要だ。
それが演技によって構成されたものでも、人工が天然を超えれば問題無い。真の才能を潰すことこそ、彩斗が輝く瞬間になるのだ。
「ま、突発的な出来事だ。 あの場に彼女が来ることは予想外だったし、ましてや兄妹として話すなんて考えられなかった。 それだけ社会はヴェルサスに意識を向けているってことだろうね」
リビングのテーブルに集まった三人は熱いお茶を飲みながら話す。
澪が語る内容は真実だ。ヴェルサスは注目を多く集め、今では一種のジャンルのようになっていた。
コスプレをしている者や無断で彼等を妄想した小説を作る者など、サブカルにも見事に彼等の影響は浸透している。次には生物相手に同人誌でも作られるか、果ては許諾無しでのグッズ販売も横行するだろう。
あらゆる商売相手を一掃しただけに、他の商品には大ダメージになっている。一番はバッテリー関係だが、芸能関係にも確かなダメージが刻まれていた。
「調べたけど、やっぱりアイドル関係のダメージは深刻だぜ。 大手アイドルの話題でもあんまり人がコメントしていない。 こんなんじゃ新人アイドルはもっと売れないだろうな」
「積極的に情報収集に勤しむ人間が居ないんだろうね。 今も続けているのはやっぱり根強いファンが居るからだろうけど、その人達が消えたら本当に瓦解しそうだ。 ――いっそ瓦解させてみる?」
「止めてくれ。 そしたら百合の奴が此処を見つけて来るぞ」
茶目っ気を含んだ発言であるが、内容そのものは物騒だ。
一つの業界を潰すなんて一個人には不可能。それは常識的な話であり、如何な批判的な意見が存在しても今日まで潰れることはなかった。
だが、今のヴェルサスならば業界を潰すことは出来る。話題性を奪い続け、ただ歌って踊るだけの存在に何の価値も無いように誘導するのだ。
理不尽な相手を倒すには理不尽に匹敵する力を求めるしかない。癒し手の挟まる余地を与えない連撃を加えれば、更に彼女達の行き場は無くなっていく。
「そういや、お袋殿が大量に怪獣を用意してたな。 あれで更に話題を掻っ攫う感じ?」
「馬鹿を言わない。 あれはただのお祝いだよ、会社設立のね」
「……物騒なお祝いだなぁ」
「その点は同意だ。 まぁ、在庫処理も兼ねているから」
「そう言われると怪獣も不憫だ……」
怪獣を一商品のように語る彩斗に怪獣達への同情が湧く。
同じ作られた者同士だが、思考や心が存在しない分消費される速度も尋常ではない。本当に物のように消費され、後には殆ど何も残らないだろう。
何時ものような雰囲気に戻り始めているのを皆が感じていた。疲れていた彩斗の顔も徐々に穏やかなものに変わっていき、次の計画について話題はシフトしていく。
「お袋、 次の怪獣はどんな感じに出すんだ?」
「地中から噴き出るように登場させる予定だよ。 なるべく派手であった方が良いしね。 ついでに現在の自衛隊に存在している空我も全部壊しておこうかなと」
「うへぇ、やることがえげつないねぇ」
「もう容赦する必要は無いからね。 不必要な物を何時までも残しておくのも無駄でしょ?」
実に合理的に残酷な判断を下す彼女を見て、改めてイブは感じた。
この人だけは絶対に敵対してはならない。すれば本当に物のように消費されるだけだと。




