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マッチポンプで世界が変わる!?  作者: オーメル


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兄妹の縁は未だ続く

「事情については御理解しました。 彩斗さんの仰る程過激ではないですが、ヴェルサスが一部の職種を追い込んでいるのは事実でしょう。 それに対して協力の姿勢を見せるのは私としましては否定致しません」


「では」


「ですが、それは何も貴方達である必要もありません」


 渡辺社長の放つ一言に百合は目を細める。

 アイドルとしての生活の中で彼女も苦労を重ね、それなりの風格を備え始めている。美しさだけではない力強さも宿る瞳は常人では息を呑む程だが、修羅場の数が違う。

 渡辺は冷静だ。そして隣に居る彩斗も変わらない。

 例え目の前に居るような人間がトップアイドルの一人であるとしても、それとこれとは話が別だ。渡辺社長が重視するのはヴェルサスやフォートレスであって、彼女自身についてではない。


「知り合いであるといっても、貴方とヴェルサスの付き合いは継続的なものではないでしょう。 ただそこに居て、偶然話を聞いてもらえた程度。 違いますか?」


「それは……否定出来ません」


「であれば、特別視は出来ません。 厳正なる審査の上で、我々は大事な商品を宣伝してもらいたい。 公平であることが正しいとは言いませんが、少なくとも誠実であらねばヴェルサスは我々を見放すでしょう」


「会社まで建ててもらったのですから、そう簡単には見放されないのでは?」


「桐野さん。 ――それはあまりにも楽観的だ」


 途中で疑問を挟んだ桐野に渡辺社長は静かに返す。

 そう、あまりにも楽観が過ぎる。確かに会社を建てて任せてもらえているというのは、渡辺社長を期待してのことだ。

 実際、彩斗も澪も彼が不適格なら別の人間に任せていた。他に適任者が居なければ最悪澪が教育を施していたのは間違いない。

 大きな物事を任せてもらえるのは、それだけ注目を受けているからだ。そして、会社を任せてもらえることを渡辺社長は大きなことだとは思っていない。

 

「ヴェルサスが会社を設立したのは、彼等のトップの一人が温情を与えた結果でしかありません。 本来ならば我々は路地裏で打ち捨てられるような生活を送っていた可能性も十分に有り得ました。 ……一人の少女が決断したから、我々は現地協力者という身分で生きていられる。 その意味が解りますか?」


「……貴方達の存在は、ヴェルサスにとって大きなものではないと?」


「そうです。 既に日本には彩斗さんという現地協力者がいらっしゃいます。 それなのに態々我々を必要以上に守る必要など無いのですよ。 彼等は要らなくなれば、あるいは結果を残せないのならば容易く切り捨てます」


 冷たい響きを伴うそれに桐野の背筋に冷たいものが流れる。

 企業間において渡辺社長は世の勝ち組と認識されていた。あのヴェルサスが建てた会社の社長など、相当な金を積んでも座ることは出来ないだろう。

 余程優秀な人間か、もしくは強いコネを持っていなければ座ることは許されない。

 だから一度座れば、即座に消えはしないだろうとも言われていたのである。しかし彼の話を聞く限り、その席は本当に軽いものでしかないのだ。

 温情だけで構築された玉座。情けだけで生かされた人間。故に結果が無ければ彼等は総じて塵屑に成り果てる。

 

 社会人の誰しもが結果を求められるが、渡辺社長に与えられた責任は更に重い。

 ヴェルサスが現状日本に残っているのもこの会社があるからであって、それが無くなってしまえば日本に残る意味を喪失するのだ。

 失敗は許されない。この意思の前では、如何に大層な役職を持っていても同列だ。

 日本という国を守れるかは渡辺社長の肩に掛かっていると言っても良い。だからこそ、渡辺社長が彼等に向ける瞳に冷気が帯びる。


「故に、今回の訪問について私は是とは言えません。 募集に関しては他の者と会議をした上で公正に決めますが、厳しくならざるをえないでしょう」


「――でしたら、ヴェルサス側の基準についてお尋ねしてもよろしいでしょうか」


 少なくとも、今回の緊急訪問は悪手だ。

 これで彼等以外にも事務所に在籍する他のアイドルの評価が下がり、不採用の確率が大きく高まってしまった。

 失敗だ、と桐野は内心で呟く。しかし、百合の方は真剣な顔で彩斗に尋ねた。

 ヴェルサスが是と認める基準とは何か。それはフォートレスの判断基準とは異なるが、確かに正しい。

 純粋である頃は当の昔に過ぎている。清濁併せ吞む強さこそ、真に恐ろしいものだ。

 

「ヴェルサスは今回の件に関与しません。 全てを一任しています」


「それはないでしょう。 何時でも切り捨てられるのであれば監視はしている筈。 結果だけで判決を下すのですか――兄さん」


「……仕事の時はその名称を使うな、百合」


 突然の兄呼び。

 渡辺社長と桐野は共に動揺するが、その種類は異なっている。

 桐野は単純に兄妹であることに驚いていた。苗字が一緒であることと只ならぬ雰囲気に何か関係があると思っていたが、精々が親戚止まりだと考えていたのだ。

 それが兄妹。確かに彼女の口からは時折の兄の話題が出ていたが、こんなにも見た目が似ていない兄妹がいるとは思わなかった。

 そして渡辺社長は、彼の言葉に宿る憎悪に動揺したのである。

 彩斗はこの会社に居る間は穏やかな人間で有り続けた。勿論戦闘に関する部分では獰猛な顔も見せたが、それは人間であれば誰しもが浮かべるもの。


 怒る時も冷静で、少なくとも平和的な解決に終始していた。

 なのに彼女の前では隠さずに憎悪を表に出したのだ。その感情の深さは――およそ測り切れない程である。

 兄呼びをしたことで彩斗の雰囲気も変わる。出すまいとしていた感情が滲み出て、止めようと思っても止められない。

 そこには彼の様子を見ていた澪の分もある。彼女は百合を視界に入れた瞬間から嫌悪を剥き出しにしていた。


「お前の考えは解っている。 アイドルという職に居続ける為にヴェルサスを利用したいのだろう。 その地位にしか価値を感じていないのだから」


「その想いは否定出来ません。 ですが、私達が居るから生きようと思ってくださる方々も居ます。 そんな人達を殺すような真似を兄さんはしたいのですか」


 兄妹の間に暖かみは無い。荒れる吹雪は灯る火を許さず、百合の奥底にある願いすらも容赦なく蹂躙する。

 久方振りの兄の様子はあまりにも普段通りだった。家族を切り捨て、何時の間にかヴェルサスの現地協力者になっていて、立場が大きく変わっている。 

 家族の前で見せていた顔が偽のものであることは彼女も理解していた。あの日に見せた冷めた顔こそが本性で、彼は百合も両親も家族とは認識していないのだ。


「別にお前を選ばなくてもそれは叶うだろうよ。 ……なんだ、そんなに自分は特別だと思っているのか?」


「そんなつもりはありません。 ただ、私であれば出来ると言っているだけです」


「自信家だな。 まぁ、アイドルとして生きるなら当然か。 兎も角、全てを決めるのは渡辺社長だ。 俺にその権限は無い」


「窓口役という言葉は嘘ですか。 貴方の権限を使えば、本当は誰を使うかも指定出来るのでは?」


「――余計な言葉を吐くな。 その顔を剥ぐことになるぞ」


 ついに彩斗から極大の殺意が噴出する。

 それはこれまで出さないようにしていたもので、溜め込まれた激情は部屋を支配するに十分。戦場を知らない桐野も百合もその殺意に身体が震え、渡辺社長は彼を横目に見ながら戦慄を覚えた。

 顔を剥ぐという発言は嘘ではない。スーツを纏った今の彼であれば片手で彼女の顔を損壊させられる。脅すだけに留めているのは彼の最後の理性であり、もしも油を注げば死体が一人出来上がるだろう。


「生きていたいなら言葉を選べ。 そして行動に注意しろ。 此処はお前の知る世界よりも更に危険に満ちている。 ……今日はもう帰れ。 帰って、結果を待て」


「……はい」


 眦に雫を溜めながら彼女は素直に答える。それがこの来訪の終わりを迎える合図だった。

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