閃光の如き時間の中で
――何が起きたのか、今でも完全に理解出来ない。
PCに送られる山のような情報を見て、元指揮官である渡辺は天井に視線を移しつつ過去を回想する。
あの日、鳴滝が選んだ選択を渡辺を含めて皆が同意していた。
レッドという強大な戦力が消えたとて、まだ他に強力な能力者が居る。彼等が本気になれば空我なぞとても耐えられず、全てがスクラップとして野に晒されるだろう。
上の判断を無視することになるが、最早そんなことを重視するつもりは彼には毛頭無かった。
今でこそ配属された部隊について文句は無いものの、当初は勝手な判断による配置変えについて大いに不満を抱えていたのだ。
隊員名簿を見れば部隊内で有名な問題児が居たり、真面目でありながらも上層部に対する不満を常に口にしているような者。そして訳ありな学生の加入なども含めて問題の多い人間が集められている。
まず形になることはない。空我という特別な機体も当時の上層部は玩具と見ている節があり、失敗しても良いと思われていた。
それが成功し、彼等は一時的にせよ栄誉を手にして大いに持て囃された。あれほど空我を否定していた高官も簡単に掌を返し、予算も潤沢になったのである。
だが、それでも一度の失敗が破滅に繋がることを機動部隊達は解っていた。
無理を重ねることを前提とした部隊。死んで死んで死に続け、その上で怪獣を倒す為の特攻部隊が彼等だ。
基地も湾岸という切り離された位置にされ、設備も型落ちが多い。空我に関連する物だけが新品という有様ではいっそ露骨とも言えるだろう。
死ぬことを期待しての勝利を願われているからこそ、彼等は団結を選んだ。そうすることでしか自分達の敵と対峙することも出来なかったのである。
その対峙もこれで全て終わりだ。
ヴェルサスが後退していく姿を空我のカメラ越しに見て、隊員を派遣して救助活動を開始。空我は氷結状態のままヘリに運ばれて基地に戻り、メカニック達は整備の多さに悲鳴を上げていた。
されど、そこに鳴滝を責める声は無い。パイロット達もまた、安堵はあれども鳴滝を責めるつもりはなかった。
「……ごめんなさい」
パイロット全員が渡辺の前に揃った時、鳴滝は謝罪を口にした。
顔面は蒼白で、手は白くなる程に握り締めている。俯いた姿は幼い子供のようで、そして実際に彼女はまだ子供なのだ。
誰かが守ったって不思議ではない子供が、一番重い決断をした。
本来は渡辺がしなければならないことを彼女が背負ったのだ。絶対に避けねばならぬ責務を彼女に任せることになったのは、生涯に渡って彼が後悔することの一つである。
「気にする必要は無い。 何があったとしても、私は君を見捨てる真似はしないとも」
重い決断をさせてしまったからこそ、渡辺は彼女に気にするなと口にする。
それで重荷が降りる訳ではない。責任は常に彼女に付いて回り、永遠に責め立ててくる。誰かの慰めも、誰かの赦しも彼女を救いはしないのだ。
そこからの流れは実に速かった。上層部は命令違反をしたとして鳴滝を営倉に送り、機動部隊のメンバーは絶好の機会を喪失したとして全員の配置換えが決定された。
そのどれもが最悪な環境ばかりで、少なくとも今後の彼等の生活が明るいものになることはない。辞めることも許されず、逃げれば逃亡罪で秘密裏に殺される。
鳴滝も卒業後には同じ環境に放り込まれる予定だ。父親はなんとか彼女を自由にしようとしたが、逆にその父親は強制的に除隊させられた。
全てが全て、悪い方向に転がっていく。
荷物を纏めながら情報を集めていた渡辺は歯軋りをしながら救出の手を考え――――そしてある日、いきなりその前提を崩されてしまった。
「……まさか、俺が社長なんてものになるとはな」
革張りの椅子に座りながら、渡辺は苦笑する。
機動部隊の任意除隊。そう上層部から言われた時、彼は何が起きたのかと訝しんだ。
地獄のような環境に放り込んでやると言わんばかりの態度が百八十度変わり、それを宣告した時の彼等の表情は苦虫を嚙み潰したような顔をしていたのである。
何処かからの圧力があったのは明瞭だろう。政府が味方をするとは考えられず、自衛隊上層部の意見を翻す影響力を持つ存在は後一つ。
民意も今は存在しない以上、どうしても背後にヴェルサスの影が見えるのだ。
その予想の通り、除隊した彼等を待ち受けていたのは何時ものパーカー姿のレッドだった。
「そちらが手助けを?」
「此方のフローが不必要に追い詰めたようだからな。 流石に戦闘の意思の無い者を責め立てるのは酷というものだ。 お前達が如何なる状況であったかなどは後で知ったが、多少の手助けをする必要はあると我々は判断した」
「そうですか……ありがとうございます」
マスクを脱いだレッドはフードも脱ぎ、完全に表向きの素顔を晒している。
若い風貌でありながらも威風堂々と佇まいは自信に満ち溢れ、流石はβを単独で撃破しただけはある。
あれが彼の全力であるなら、もう今の人類が敵う道理は無い。
大人しく降参するのが弱者の選択だ。この世にここまでの強者が居るとは思っていなかったが、実際に目にすると立ち姿一つでも畏敬の念が溢れ出る。
「それで、これからどうする」
「全員バラバラになるでしょうね。 住居が無い者は実家に戻るでしょうし、寮暮らしを選択しなかった者は仕事を探すことから始まりです。 まぁ、上層部が我々を悪者に仕立て上げるでしょうから、早めに職を探さないといけませんね」
今後の未来展望は皆無だ。
寮ではなく別の住居を借りている者は今から職探しを始め、家の無い者は一時的に実家に戻ってその後に職を探すことになる。あるいは同居という形で生活する者も居るかもしれないが、それについては自由だ。
ただし、その職探しについては絶望的である。人は疵のある人間を嫌い、排除する傾向にあるもの。
社会が彼等を排斥する可能性は十分にあり、今から根回しをしている線も考えられる。
「相変わらず腐っているようだな。 ……安心すべきか、嘆くべきか」
「権力を持てば変わるものです。 あるいは、下種だからこそ上に立てるのでしょうね」
「反吐の出る話だ。 これで癌として排斥されないのも、中々に社会の歪さを感じさせてくれる」
レッドの嫌悪を剥き出しにした顔は人間味に溢れている。
そんな顔も出来るのかと渡辺は少々驚いたが、社会の歪さは彼も同意だ。この世の中は狡い人間程上手く生きれて、真面目な人間程生き辛い。
本来は逆であるべきなのに、人間はその悪意でもって贅沢な暮らしを目指すのだ。それが怪獣を生み出す大元であると知らずに。
故に、生き辛い選択をした彼等に謝罪する為にレッドは手を差し伸ばした。
それがレッド達なりの救済手段だと信じて。いいや、無理矢理にでも救済という形で収めるつもりである。
「さて、そろそろ本題に入ろうか」
「……良い内容であることを願いますが」
「どう思うかはそちらの勝手だ。 ――ただ、損はさせんよ」
そこからは怒涛の流れだ。
レッドが提案したのは、機動部隊のメンバーだけで構成された会社の設立。表向きは自社製品を売る中小企業を名乗り、裏ではヴェルサスのサポートを行う秘密組織にする。
何処の組織でも苦労することはあるもので、ヴェルサスもそれは例外ではない。
現地協力者の手を借りながらメンバーの住居を確保したり、装備の修理や製造設備を隠し通さねばならない。
プラットフォームが無いのだ。だから間に合わせで用意する他に無く、拠点以外で住める環境を構築するだけでも一苦労なのである。
そこを彼等の会社に任せれば、苦労も一気に解消されるのだ。ヴェルサスが抱える諸問題を全て解決する為にも、機動部隊のメンバー全員が生活出来る環境を構築する為にも、この案は極めて都合が良い。
「それはもしや……我々もヴェルサスに加わるということですか」
「いいや、現地協力者という括りだ。 我々には深く関与せず、住居や備品を用意してもらう。 その対価として、お前達に護衛や技術を提供しよう」
ヴェルサスの伸ばした手は、今の彼等にはあまりにも甘美なものだった。
一度契約すれば逃げることは許されない。最後の瞬間まで空我とは異なる秘密を抱えることとなり、それは死ぬまで続く。
だが、彼等こそが唯一人類の生死を決めれる存在である。そんな彼等と一緒であれば、少なくとも人類の手によって死ぬ確率は一気に引き下がるであろう。
渡辺は周りの了承を取らず、手を差し伸ばした。その手をレッドは掴み、固く握手を交わす。
こうして、日本に新たな会社が一つ設立された。
名を――フォートレスONE。最初の要塞の登場である。




