異種・対人類用決戦兵器
閃光、衝撃、轟音。
広がる波は日本の大地を水で沈め、小規模の津波を発生させる。叩き付けられた波が土を抉り、強烈な衝撃波は空我達のバランサーをたちまち狂わせた。
立っていられるのはヴェルサスのメンバーばかり。蓮司は両の足を確りと構えたお蔭で転倒は無く、イブも楓も最初の体勢から一切変わらない。
黄金の斬撃と紅蓮の火球と氷結の杭は激突時の衝撃で跡形も残らず消滅し、辺り一帯はたちまち白い煙で覆われた。
海域のほぼ全てを白く染め上げた現象で各種レーダーにも異常が出ている。
目視以外で確認する術は存在せず、空我に搭載されている無事なカメラを用いて職員は白い世界に目を凝らした。
そして、最初に見えたのはこの攻撃を放った三人。
全員が最初の位置から僅かに後退しているが、あの攻撃によって深刻な怪我を負っているようには見受けられない。
恐ろしい話だ。余波だけでも人間など木端微塵になっても不思議ではないのに、彼等は何食わぬ顔をしている。
今の一撃は間違いなくヴェルサスを観測した中で最大の規模だった。
各々が都市を壊滅させる規模の攻撃を仕掛け、これまでの敵との戦いが総じて手加減していたのだと思い知らされる。
こんなものを見ては空我が勝てるなど誰も思える訳もない。博士である矢部自身、ほぼ生身の彼等がこれほどの威力をどうやって出しているのかまったく見当も付かないのである。
脳内が発狂しそうな中、それでも事態は進む。
白い煙はゆっくりと消えていき、彼等の目に黒いモノを映す。
巨大な柱にも思える黒い棒は損壊が目立ち、見えてくればくる程に彼等の攻撃の規模を伺い知ることが出来る。
人型だったβはその右腕が完全に消失していた。近くには突き刺さった傷だらけの黒い棒があり、攻撃によって接続部が丸ごと消し飛んだのが解る。
一番太い胴体部の棒も半ばまで抉れ、繋がっている左腕も脚部も綺麗な箇所は無い。
頭部は罅が走り、鋭い眼光は灯らずにいる。
一見すると満身創痍。これだけの攻撃を受けて原型を留めているだけでも驚異的だが、それでも生命維持には明確な問題が発生している筈だ。
『……流石に勝ったろ』
『ええ、全体の約半分が崩壊している。 内臓が見えないが、あんな奴に内臓がある訳がないしな』
『――待ってください』
二人の安堵混じりの声を聞きながら、鳴滝はβの異変に気付いて割り込む。
無言を貫くβ。体表は損壊が目立つが、傷口を塞ぐように黒い棒が急速に生えていく。
若干歪ではあるものの無くなった右腕も連結部から新たに生え始め、先程までの静寂は何だったのかと思う勢いで修復が進む。
その内、暗闇だけだった眼窩に再度光が灯った。
欠けた歯だけはそのままに、口を開けたβは確かに呼吸を再開する。先程のダメージ自体は大きかったが、βにとっては大きな問題になりはしなかった。
『やはりか。 急速回復は奴等の十八番のようだな』
「ゆっくりしている暇は無いぞ。 次からが奴の本気だ」
歪な形であれど、元の形に近い状態まで回復したβは身体を傾けて空に叫ぶ。
強烈な叫び声は人々の鼓膜を揺さぶり、大地に小規模な地震すらも発生させた。避難所に居る面々もテレビ局が必死に遠くから送る映像を見て、化け物の異様に悲鳴を上げる。
『あ、ああああ、ああああ、あああ、ああああ、ああ――愛しい?』
叫び終えたβはレッド達を見て意味の解らぬことを呟くように放った。
それは誰しもにとって要領を得ないことで、しかしβにとっては意味のある言葉だったのだろう。
『楽しい?嬉しい?――キャハハハハハハハハハハハハッ!!』
老人の声で疑問を口にしながら、少女の声で狂笑を上げる。
二つの声に合わせて黒い肌から棒が無数に生え、大樹の小枝を想起させられた。
数百数千に枝分かれした棒は途中で九十度に折れ曲がり、その全ての矛先がレッド達に向けられている。
そこから何が起きるのかなど、少し考えれば解ることだ。
棒から棒が生え、先端は槍のように鋭い。それらが雨のように迫り、氷の足場を破壊しに掛かる。
『散開! 回避に努めろ!』
三人は一斉に別々に別れ、雨霰の中で回避する。
枝の一本一本は細い。身体を滑るように動かせば避けることが出来るが、β自身が何時まで攻撃出来るかは定かではない。
一応、澪の命令によって攻撃箇所は決まっている。レッドの付けているマスクには着弾地点が赤い点で表示され、その点が無い場所に立てば無傷だ。
傍目からすれば着弾間際で回避しているように見え、蓮司はその動きに魅せられる。
既にその体捌きは視認すら覚束ない。血が出る様子は無く、無言でレッドは怪獣目掛けて突き進んでいた。
そんなレッドを見ていた時、彩斗の隣に居るイブが組んでいた腕を解く。
楓も自身の手に白い手袋を付け、靴先を地面に数回叩いた。
「そろそろ行くぞ、小僧」
「……この雨の中を突っ切るつもりですか?」
「何、的は多い方が敵の注意も散漫になる。 それにこのままでは、我等が何の為にこの場に居るのか解らなくなるぞ」
「イブ様、御身を大切になさってください。 今回の出撃も皆が止めたのですから」
「何時までも基地に居たままで知識だけ吐き出せと? ……悪いが、僕はヴェルサスの奴隷ではないのでな」
言って、イブが最初に雨の中に飛び込んだ。
その次に楓が飛び込み、最後に一呼吸置いて蓮司が飛び込む。マキシマム状態となった今の彼であれば認識出来る範囲も広がり、雨の速度も見切れる。
それでも一本一本が超能力者の肌を傷付けることが出来るのだ。彼女達の身体には既に傷が付いているが、その全てがβによってであるのは言うまでもない。
つまり一撃でも決まればマキシマム状態でも危険になる。直ぐに死ぬとまではいかないまでも、最悪は戦闘不能になるだろう。
これまで以上の緊張感を保ちつつ、彼等は攻撃を回避し続ける。
無理に攻撃に転じるつもりは無い。レッドが一人で進んでいる以上、無闇に手を出して邪魔になっては最悪だ。
少しでも的を増やして攻撃範囲を限定し、レッドに迫る分を減らす。
その過程でどれだけ傷付こうとも、少なくとも蓮司を除いた全メンバーは構わない。
『私達も手伝いを!』
『馬鹿! 今飛び込んだら俺達まであれに巻き込まれるぞ!!』
近接パックを装備した鳴滝が跳ねようとして、その肩を土方に止められる。
咄嗟に彼女は機体ごと土方を睨むが、機体越しの威圧に土方は動じない。このまま進めばどうなるのか解っているからこそ、安易に飛び込ませたくないのだ。
『いいか、空我じゃ的がでかい。 回避するなんて最初から無理だ。 下手に同じ場所に飛び込んだら即座に串刺し地獄になる』
『じゃあどうするんですか。 空我は、何が出来るんですか』
『……一番最適なのは、このまま両者が倒れてくれることだろうな』
二人の会話に立花が入る。
その言葉を聞き、鳴滝の胸には激情が流れ込んだ。全人類の敵を倒してくれる相手に対し、なんて最低な意見だろうと。
確かにヴェルサスは何処にも所属していない。正体も明瞭ではなく、生き続ければ政治的な扱いが面倒になる。
怪獣との戦いで共倒れになるのが一番処理が簡単で、もしもβが弱っていてくれれば後は空我だけで打倒も出来るかもしれない。
だがそれは、即ち人道を無視するということ。組織の人間として残酷な判断を下し、このまま見るだけに徹するのだ。
『立花さん』
『お前の気持ちは解っている。 だがな、現実を見てくれ。 俺達だけじゃ逆立ちしたって無理だ。 あのヴェルサスが苦戦するような相手に空我が敵う筈ないだろう?』
諦めも混ざった言葉だ。
それが全ての活動を全否定された立花の今の本音で、そして現在を示す言葉でもある。
俺達は見ているだけで良い。何もせず、相手が一緒に滅んでくれるのを祈るのだ。
それが最低だとしても、生きる為には人は何かを切り捨てなければならない。だって、社会は真っ当であることを否定するのだから。
学生の身でもある鳴滝も、それは少しだけ解る。
自分が今この場に居るのも、尊敬する父の為だ。あの人を理不尽な目に合わせたくないから、彼女は空我に乗ることを選んでいる。
『それでも、私は――』
だが、せめて。
ヴェルサスのメンバーと僅かでも接した彼女は、彼等の境遇が決して良いものではないことを知っている。
社会から弾き出され、世界から拒絶され、それでも前を行かんと進む様は現代人よりも余程人間だ。そして、それは彼女が尊敬すべき者とも一致している。
彼等を放置するのは彼女には出来ない。これからも怪獣の戦いがあればヴェルサスの力は必要なのだから――その為に自分を犠牲にする程度、なんてことはないのである。
『おい! っくそ、この馬鹿が!!』
土方の静止の声を聞かず、彼女は肩を掴む手を振りほどいて雨の中に進む。
彼女はただ一言、ごめんとだけ呟いた。それが誰に対してかなど、彼女以外に解りはしないだろう。




