真なる英雄とは、遅れて現れるものだ
――何とか間に合ったか。
蓮司はスーツの内側で一先ず安堵の吐息を零す。
警戒情報をSNSに投稿した時、彼は仕事で居ない父以外の家族全員で避難を始めていた。此度の敵も脅威度で言えば然程ではなく、空我に任せておけば大丈夫だろうとヴェルサス側は気を抜いてもいた。
それが悪かったのか、件の敵は想像外の行動に出る。
人語を操り、βについて警告を発したのだ。そこにはアーキタイプに対する恐怖と悔しさがありありと感じられて、突然のレッドからの中継映像を見ていた蓮司もその感情には共感していた。
自分は弱い。弱過ぎるから、強い者に憧れる。
鍛錬を積んで、経験豊富な実力者から戦闘に関する知識を授けてもらい、道具で補えるなら補う。
それでも彼には足りないものが多過ぎる。あらゆる全てを捨てて戦いに身を投じるのが不可能であることも理由の一つに挙がるだろう。
如何に他者を拒絶したとて、蓮司には既に大切だと認識している者が居る。そんな者を捨ててまで自分は戦いの世界に身を置けない。
――だから、ゴブリンの言葉に蓮司は一定の理解を示した。
『……貴様、奇妙だな。 外側と内側で違うものが流れている』
「まぁな。 俺は他人の力を借りてるだけだ」
風穴の開いた身体。明らかに心臓がある場所を吹き飛ばしたにも関わらず、件の小鬼は余裕の素振りを隠さない。
どう見ても致命傷ではないと解る状態に、蓮司は内心で舌を打った。
今この瞬間もアーキタイプが日本に到達しようとしている。時間稼ぎの為に殆どの超能力者は姿を消し、この予想外な事態に対処出来る人員が居ない。
その為、レッドとフローの両名から蓮司に緊急の出動が命じられた。
既に彼には戦闘員としての立場も与えられている。この状況で戦える者を遊ばせる余裕は無く、彼自身も文句一つ無く出動した。
家族達は不安気だったが、これが蓮司の望んだことであるとも解っている。
だから母親と奈々は彼に声援を送り、蓮司の心は今も猛っていた。
そんな蓮司の自信に溢れる姿をゴブリンの目から見る澪は、口元を綻ばせながら成長したなと感慨深く頷いている。
ちなみにゴブリンの台詞は全て彼女が考えたものだ。彩斗は偽装工作として深海で爆発を起こし続けている。
今も探し続けているだろう自衛隊の面々からは距離を取りつつ、さながら大規模な戦いが起こっているように演出しているのだ。もしも近くまで来たら彩斗自身が侵入を止めるつもりである。
βの本体は深海には無い。身体は今も澪しか知らない場所に存在し、多数の素材を吸収しながら形を整えている。
状況は悪くはない。予定の通りに無事に完成し、その姿を人目に晒すことが出来るようになるだろう。
今からβが暴れる未来を想像しつつ、彼女は現在に意識を向けた。
「『人類の息吹……。 お前からは我々を殺した者共と同じ気配を感じる。 さては仲間か』」
「そうだ。 ……俺は全部を知っている。 知っているが、それでお前達の行動を許すつもりはない。 生物の根幹通り、お前達が負けたのは弱かったからだ」
「『ふん、今更そんなこと。 当の昔から理解していることよ。 我々は負け、お前達が勝った。 星はお前達の存在を疎ましく思っているが、生物が作り上げた摂理までを否定することは出来ん』」
通じ合う一人と一体の会話に自衛隊側は付いてこれない。
否、少数は解っているが殆どは解らない。一体彼等は何を話しているのかと。まさか先程のゴブリンの言葉に関係があるのかと。
動きの止まった瞬間を狙い、土方はこの訳も解らぬ状況を脱しようと一発の弾を撃ち出す。
時間の止まったような一瞬に放たれた攻撃はゴブリンの視覚外から訪れたが、最早敵は蓮司だけしか見ていないのか片腕だけで弾を弾き落とした。
「だから、摂理を守る為に怪獣側に力を貸しているんだろ? 悪意を持っているのは何処も変わりはしないさ」
「『っふ、そうかもしれん。 ――だが、だからこそ我は瞬間瞬間を誠実に生きたいと願っている』」
ゴブリンは全ての空我を敵ではないと判断した。
だが、彼だけは違う。鎧が発する莫大な情報量と燃え滾る心はゴブリンを、それを操る澪の心を擽る。
だからお前を選んだのだ。だからお前に力を渡したのだ。
さぁ、FMCを存分に発揮しろ。澪はタブレットの中に居るイブに目線で語り掛け、それを受けた本人も狂相を浮かべて一つのデータを送る。
視界の端に突然ダウンロードが始まる知らせが届いた。急速に進むダウンロードは数秒と経たずに終わり、その内容を彼の見ているモニターに移す。
――受け取れ、小僧。レッドに見出されたのなら、この程度使いこなして見せろ。
受け取ったデータはイブの鎧。
逆転を纏う少年のような少女のような声を持った小柄の人物を脳裏に描き、彼は力強く幻想幻夢を解除する。
鎧は光の粒子に分解され、生身の彼がその場に残った。
そして、自衛隊は鎧の内側から出て来た彼に目を見開く。何せ彼は、まったく能力を持っていないただの協力者でしかないと思っていたからだ。
特に強い驚きを宿しているのは鳴滝である。彼女は彼に強い意志を感じはしても、空我に勝てる程の物理的強さを感じることはなかった。
それが本当は、あのゴブリンが目を離せない程の強さを持っているだなんて。
確かに鳴滝本人は他人の力量を読む力を鍛えてはいなかったが、そもそもヴェルサスに所属出来た時点で何かがあると考えておくべきだった。
「悪いが、あんまり時間を掛けたくないんでな。 この後はβとの戦いが待っている」
「『ほう、あれに挑むか。 ならば相応のものを見せてくれ』」
「勿論。 Start our mission!」
『loading』
蓮司の叫び声に呼応して、腕に装着していたFMCも機械音を発する。
どちらを使うかは思考制御で決めることが可能だ。だから彼はFMCに向かって普段とは異なる人物の力を指定し、宣言する。
「森羅逆転の力――お借りします!!」
イブの力はあらゆる現象や法則の逆転。
それ即ち、森羅万象の全てをイブは正負のどちらかに傾かせることが出来る。
FMCは画面から無数の光線を飛ばし、各々が空中に鎧を生成していく。
同時に彼の身体も黒いアンダースーツに包まれた。生成された鎧は幻想幻夢とは異なり、黄金の騎士甲冑だ。
腰部にはスカートのような赤い布が広がり、額には一本の白い角が生える。甲冑の各部には赤いラインが入り、何故だかレッドを想起させられた。
輝く黄金は、しかし下品ではない。酷く神聖な気配を纏い、伝説の勇者の到来を予期させる。
『Complete. Reverse・El Dorado・maximum』
其れは黄金郷に至る力を持ちながら、黄金を求めぬ子供の夢。
この力は憧れのあの人の為に。何時か助けてくれた恩を全て返し、対等になれるまで黄金郷が実現することはない。
如何な妨害もイブの前は有象無象。力の強弱に関係無く、弱きも強きも総じて路傍の石も同然。
鎧が全て装着した後、一本の長大な剣が生成された。
それを手に持ち、彼は剣の重さを感じながらゴブリンに突き付ける。
「いくぞ」
「『来い』」
短く告げ、一瞬の間に一人と一体は誰の目にも捉えられぬ速度で交差した。
そこで何が起きたのかを皆が知ることはない。ただ一つ解るのは、その一瞬の交差によってゴブリンの首が飛んだことだった。
最後の怪獣は何も発することなくただの肉塊に成り果てる。激戦は無く、力の内容を知ることもなく、この戦いは戦いとは呼べぬ結果に終わった。




