ダークな世界を浮き彫りに
一歩進む度、何もかもが歪んで見える。
早乙女・蓮司と奈々の日常は数日前の出来事から大いに変化していた。怪獣の出現理由は愚かな人間の抹殺であり、レッドの言葉だけで汲み取るのであれば悪いのは間違いなく人類だ。
星の決定によって排斥が始まると聞くと与太話にしか聞こえない。
しかし、もう既に二人にとって与太話のラインなど飛び越えている。創作めいた世界は実在していて、自分達は正にその創作話の中にしか登場しないような組織に在籍しているのだ。
「……どうしたもんかな」
学生達の和気藹々とした会話は、全てを聞いた後ではどうにも間抜けにしか映らない。
真摯に活動せず、己の益だけを追求し、嫌なものから目を逸らす。
蓮司自身にとっても耳に痛い話である。彼もまた嫌なものに目を向けずに拒絶していっているのだから。
今日も彼が教室に現れても誰も声を掛けない。幽霊にでもなったが如くに無視され、そんな日々にも当の昔に慣れてしまった。
この生活を変えることは出来ないだろう。変えることすら、蓮司には考えもつかない。
切り捨てたものを求めることは愚かだ。それに、彼にとって捨てたものは今も尚不要なものとして目に映っている。
星が癌と認定する心の醜さは、学校に居ても感じるものだ。虐め行為に家の権威を笠に着た暴虐無比な振舞い。いくらか大人しくなったとはいえ、真木・陽子の派閥は今日も好き勝手に動いている。
「おはようございます」
汚いものを見ていると、彼の横から声がした。
この学校に居ながら唯一話し掛けてくるのは、事務的な彼女だけ。笑みも見せずに真面目な風貌を晒す花蓮を見やり、ああとだけ彼は返す。
この中で唯一、花蓮は他よりはマシな部類の人間だった。
授業を真面目に取り組み、特に犯罪行為を働かず、怪獣が出現しては全力で排除に向かう。
人が生きる環境を守る彼女は他者から称賛されるべきであり、高校生であるかどうかなど関係無い。世間が公表しない理由を蓮司は理解しているが、出来れば彼女も評価されるべきだと思っている。
「今日も相変わらずですね。 ヴェルサスの立場は日を追うごとに悪くなっているというのに」
席に座りながら告げる内容は、正にその通り。
最近の怪獣撃破は全て自衛隊が行っている。大きな損傷も出さずにスムーズに撃破する様子はお茶の間を騒がせ、称賛の嵐だ。
ヴェルサス不要論はより固まっていき、徐々に徐々にとこの世界からの排斥を始めていた。
最初の頃のような応援の気配は鳴りを潜め、未だ応援をしてくれる者も大きな場では何も発言してくれない。
自衛隊が空我を開発するまではヴェルサスが守ってきたのに、代わりが出来れば掌を返すように彼等は容易く捨てる。その姿は――成程星が要らぬと判断するに相応しい。
「日本の防備が固まって来た証拠だ。 確か、もう十機配備されたんだっけか」
「十二機です。 今はまだ訓練中ですが、選抜された方々の素質は高いですよ」
「良い事だ。 あの人達の手間が省けるならそれに越した事は無い」
「……まったく、何時もそれですね」
溜息が横から聞こえた。
何時もそうだ。花蓮にとって蓮司の反応の鈍さは楽観が過ぎる。
日本を守れる力を自衛隊が手にした。増長した上層部は今度は超能力者の捕縛を考え始め、先ず最初に人質を取ろうとしている。
その対象が蓮司とその家族であるのは言うまでもない。他の人間なら兎も角、蓮司達であれば捕縛するのに然程苦労は無いのだから。
空我が活躍すればする程、上はヴェルサスに勝てるチャンスだと息巻く。――実際は微塵も可能性など無いのに。
情報だけでしか全てを判断出来ない上は、下々の者の意見を無視している。
殊更に超能力者の捕縛を目指しているのは、一重にその技術を手にする為。彼等の驚異的な技術力を手にすれば、日本の幾多の問題が解決されるだろうと判断されて捕縛が前向きに検討されている。
だが、現場の人間は解っているのだ。矢部博士と指揮官からの内々の発表により、自分達は本当の怪獣を一度も相手にしたことが無いのだと。
今までのは全て子供。謂わば遊びの相手に過ぎない。それを公表すれば、世間のヴェルサスに向ける目は多少なりとて緩和するだろう。
「ヴェルサスが協調路線を取らない理由は解っています。 それについて否を言う資格は私達にはありません。 ですが、それでも危機は続いています。 何時強力な怪獣が出現して我々が負けるかも解らない状況で、個々人の都合を考慮するのはよろしいとは――」
「――鳴滝、これを受け取れ」
政治的理由により満足に動けない彼女は、言葉を尽くして説得するしかない。
例えそれがどれだけ響かなくとも、彼女に出来るのはその程度。だが、そんな彼女の努力を無視して蓮司は視線の交わさぬ状態のまま一枚のメモ用紙を差し出す。
声音は硬く、何時もの彼らしくない緊迫な雰囲気。
彼女の話を遮ってでも突発的に差し出された紙を彼女は受け取り、そっとその内容へと目を落す。
そして、次の瞬間にはその目を限界まで見開いた。
一体どういうことかと問い掛けようとして、彼女は蓮司の状態が普段のものでないことに気付く。
「鳴滝、お前の言いたいことを受け入れることは出来ない。 だからといって死ねと言うつもりは無いんだ。 ……その紙を持って自衛隊に向かい、防備を固めてくれ」
何もかもを否定する彼ではなく、真剣な顔で彼は願いを口にしていた。
そこに込められた言葉の重さは、ヴェルサスのメンバーとしてのもの。もっと早くに蓮司はこの紙を渡そうと考えていたが、本当に良いのかと彼なりに悩んでいた。
成程、自衛隊は信用出来ない組織だ。一人一人の中には信用に値する人間も居るかもしれないが、組織全体を見た時に素直に協力関係を結ぶことは出来ない。
今も尚彼女を通じて利用しようとしているのは明白で、そんな連中を生かす事に疑問が無いとは断言出来ないでいる。
それでも、アーキタイプ・βに備えるにはどんな手でも多く用意したい。
所詮大した戦力にならないとしても、肉壁程度にはなる。蓮司にとって重要なのはヴェルサスであって自衛隊の人間ではないのだ。
仮に死んだとして、蓮司は然程胸を痛めない。彼等を食らおうとする集団が消滅するなら本望である。
「こ、これは本当ですか……?」
「ヴェルサスのレーダーが観測した情報だ。 誤情報だと?」
「いえ、ですがこれはあまりにも――」
「――あまりにも非現実的過ぎる、と」
メモ用紙に書いたのは世界存亡の危機について。
詳細な情報は伏せ、それが日本に向かっているとだけ書いた。詳細に説明しては機密に接触するし、蓮司なりに試してもいる。
詳細な説明も無いのに人は危機を前に立ち上がれるのか。
意地の悪い行為だと理解していながらも、ヴェルサスと家族以外を信じない蓮司にはこれを外せない。
信じて行動するなら多少の連携をヴェルサスに提案する。信じずに何も準備しないのであれば、死ぬのは彼等だ。
肉壁の言葉に嘘は無い。
ヴェルサスとて、彼等を犠牲にすることは許容していた。所詮、社会構造に組み込まれた組織に非常識な対応など出来る訳がないのだから。
蓮司は真面目な言葉で彼女を誘導している。それが破滅となるか福音となるかは、彼女の上司の努力次第だろう。
「到達予想時間は二十日後。 今はヴェルサスが遅滞戦術で足を止め続けている。 信じるか信じないかはお前達に任せるよ」
「………」
与えるべき情報は与えた。それを悟った彼女は、メモ用紙を見ながら目を揺れ動かしていた。




