都の人攫い 3
簡易な牢に入れられてしばらく経つと、牢の入り口の方が少しだけ騒がしくなった。小窓から西日が差し込み、夕刻かと思うと少しだけ腹が切なく鳴った。
砂利を踏む足音が聞こえ、大きい影がイブキを覗き込んだ。
「二度も姫君を攫おうとするとは」
「あたしじゃないよ」
「どうだかな」
鼻を鳴らす仕草は嫌味だ。イブキもこの男にいい印象などないので遠慮はしない。礼儀も作法も放り投げる。
「今日は随分静かにしていたようだな」
「潔白だからね」
「あの時は、下心があったという事か」
それには口を噤む。逃亡を手助けしたからといって、彼女の所為にはしたくない。
「あの人、元気?」
「お前には関係ない」
「……嫌な奴」
べっ、と舌を出し牢屋の端へと移動した。
「……出たくないのか?」
「ホント、嫌な奴」
イブキは立ち上がって、格子を足で蹴った。簡易とは言え軽く蹴っただけでは軋みもしない。
「……お前は拐かしの男を見たか」
「見た」
するとコウノは静かに牢の鍵を解いて開放した。
「身の潔白を証明したかったら、捕まえて来い。三日後市中晒しとなる」
「は、あ!?」
「お前は前科がある。その上に王家の者ばかりを拐かしているのだ、大罪、今までにない極刑になると上から話しが出ている」
顔に血が上るのがわかる。歯噛みする力が痛いくらい、叫びたい声を抑える。
「さぞ、楽しみだろうさ!!」
牢から出て、コウノを睨み上げる。
「ゲスが」
吐き捨てた言葉が負け惜しみのように聞こえ、空しくなる。一瞬だけ、泣きたくなったが、堪えるとなんとかなるものだった。
そんなイブキを見ても涼しい顔をコウノは落とす。
「監視は私。変な行動を取れば即切る」
「……いいよ別に。あっさり死ねた方が楽だ」
イブキの腕を縛っていた縄を解き、コウノはついてくる様促す。
外へ出れば涼しく心地のいい風が、火照っていた頬を撫ぜていく。門をくぐると、コウノが振り向き、イブキに道を開ける。
「逃げようなどと思うなよ」
それを聞いてイブキは鼻で笑う。呪術を使えば探し人は直ぐに見つかる。憎い人間がいれば呪い殺せる。人によっては鬼や武神を呼び出し、屋敷の警備や要人警護もすると聞く。だが扱える人間は一握り、それを頼れるのも貴族の中の上流階級の人間のみだろう。
だから、役人たちは面子を保つために躍起になっているのかもしれない。呪術を使わなくても、罪人を捕らえることができると。
「とりあえず。ご飯」
黄昏時に吹く風は妖怪が歩いている風だと言われ、人は夕暮れ時は外出を避ける。閑散とした大通りと横断し、宿屋に戻ると今もまだ賑やかに酒盛りが行われている。集団を横目で見ると、都の人間とはまた雰囲気が異なり、豪傑ぞろいな気もする。
「おや、嬢さん。遅いわりに、いい物買えなかったんですか」
「や。拐かしに会ってねぇ……、行く暇がなくなった」
「へぇ?嬢さんを盗もうとは、剛毅な」
「違う違う。どっかのいい姫様だよ。打たれ強かったのは間違いなかったけど」
「おやおや。で、捕まえたんですか」
それには苦笑いに首を横に振った。
「飯を頼むよ。こっちは酒でも」
「酒はいい」
「じゃ同じの」
それには何も言わなかったので、それ以上の気は使わない。
「……こちらの旦那はぁ、見たことありますが、はて」
「顔見知りって事で。親父さんの方は、落ち着いた?」
「見ての通りですよ。食うもんの下ごしらえができるようになったくらいです」
料理場を隔てた台に、野菜と肉の煮込んだものとお浸しと、大き目の笹の葉の上に握り飯が二つ乗った。
「よく見たら、この辺の男達じゃないね」
「ええ、北から上京したとは聞きましたが、こうも直ぐ儲けるとは、いい商売してるんでしょう」
確かに、三日目も酒盛りをしよう勢いだ。良いか悪いかは別としてかなりの儲けを、酒盛りにつぎ込んでいるのは間違いないだろう。都と関所の間にあるこの宿は、上京する旅人がよく泊まっているが、美味い酒なら、都の中にも飲めるところはいくらでもある。
「ほかの宿にも酒盛りが来てるのかい?」
「やぁ。ウチと、その先にあるタヅネの所だけのようで。入れ替わり立ち代わりと言ったとこでしょう」
「酒がもたんね」
それに、店主は乾いた声で笑う。食べる物も足らないのか、料理場の奥では女が二人、大きな釜の番をしている。
ふと、昼の拐かし犯の男を思い出す。衣は煤けていたが、生地は悪くなく、色もしっかりと付いていた。身軽さに加え少女を担ぎながらも屋根を飛び越える丈夫さは、都の人間でも珍しい気もする。
「最近、旅行人は多いかい?」
「多いには多いでしょうが、出たり入ったりが常ですからね」
「そうだよね。親父さん、今日昨日で小柄で目つき悪くて、灰色の衣を着た奴は見た?」
「灰色ですか。結構どこにでもある色ですな」
「だろ。厳しいかぁ」
店主は色濃いお茶を二つ淹れ、イブキとコウノの前に置く。
「灰色よりも良い色の染物もありますよ」
「ふうん?」
お茶に口を付けると熱く、直ぐに飲めたものではない。
「しっかし嬢さんも、大変ですな。この前も反物を買っていきませんでした?」
「はは。チビ共がやんちゃでねぇ、機織が間に合わない間に合わない」
「それはそれは。嬢さんは織物まで手が回らんでしょう。男に混じって、この前もデカイのとやり合ったんでしょう」
「熊じゃなくて本当よかったよ。……さすが親父さんは耳が早いね」
「やぁ。西川のところが通れないと、ウチの店が回らんのですよ。嬢さんには本当世話になりっぱなしで」
ちらりとコウノを横目で見た後、店主は一つ反物を持ってきた。都の織物よりも分厚く、手触りは今一だが丈夫なのがわかる。糸から染めているのか色むらもなく綺麗な薄紫の生地だった。
「いい生地だねぇ」
「ええ。一つ飯代かわりに貰ったんですが、どうです?」
「蝦夷地の方の物か」
「おや、旦那、分りますか」
コウノの方にも見せると、店主は話し始める。
「嬢さんが押さえた奴らも蝦夷地の方だって聞きました?」
お茶をすすりながら否定すると、店主も小さく頷いた。
「でしょうね、嬢さんそこの所は気にしないお人だ。西川の奴がね、嬢さんが来たら教えてやってくれって」
「でも、蝦夷地の方がなんだって関係ないさね」
背後で酒臭い匂いが漂い、人の気配も何故か漂う。
「てめぇか」
ガラガラとした声を低くして、酒に酔った赤い顔が数人、見下ろしていた。
「何さ」
「俺たちの商売の邪魔をしやがって」
「知らんよ」
「あぁ?西川にゃぁ領主がたんまり金持ってんを、取りに来たっつぅに!てめぇら山者が暴れやがって!!」
「だから、知らんよ。西川の所は盗賊が多いからちょっとばかし掃除しただけだ」
男が何を叫んだか知らないが、イブキに殴りかかってきたので、呑んでいた茶をぶっかけた。その熱さに悲鳴を上げる。他の男も身を乗り出したので、イブキは男の腕を取り、背後へ思い切り引っ張りながら、体勢を崩した男の身体を床に押し付けた。
「いてぇ!!いてえ!」
「酒ぐらい抜いてから来な。美味い酒飲んでんだろ?」
「てめぇ!」
コウノが背後で小さく溜息を吐いたのが聞こえた。イブキもこんな輩には絡まれたくないが、相手方はどうやらイブキに恨みがあるようだ。
「西川の領地では確かに盗賊が騒いでいたが、蝦夷地の方からの商談があると大なり小なり報告されていない。お前達のいう商売が領主と個人の取引だとしても、民部省に話しが来るはずだが」
「んー。あんた別に文官じゃないだろ」
「仕事上、この付近は把握している」
コウノから顔を反らしイブキは顔を歪めた。
「これ以上、騒ぐなら検非違使を呼ぶぞ。此方としてはお前にさっさと動いてもらいたい」
「嫌だね。三日あるんだ、その間でやらしてもらうよ」
「おうおう、役人かよ!!いいじゃねぇか!」
酒を飲んでいた男達が立ち上がり、イブキとコウノを取り囲むように近づいてきた。店主と手伝いの女二人は、料理場から姿が消えている。
茶葉をケチらず、それでいて熱すぎるお茶を出した店主の意図が分り安すぎて、イブキは諦めて笑うしかない。これが片付いたら、余った酒一本ぐらい、タダにしてもらおうかと考えた。




