帰郷
細い山道を二頭の馬がゆっくりと歩く。どんな道でも動けるよう訓練をされているのだろう。馬の足取りに戸惑いもなく、木の根を避けて歩く。
手綱を持つのはイブキだが、それを邪魔するがの如く、カズキが遠慮なく寄り掛かってくる。今まで頑なに甘えることをしなかったカズキだが、その反動が今なのだろう。だからといって、カズキを支えながら馬を歩かせるのも、一苦労ではある。
「かーずーきー。背を伸ばせ。重い」
「もうちょっと、いいでしょ」
「よくない。お前、自分で乗れるだろう」
誰だって楽がいい。イブキだって気を使いながら馬に乗りたくはない。
「そしたらイブキ一緒に乗ってくれないだろう」
「まったく。甘えるなら姉さんにしとけ。姉さんならうんと甘やかしてくれる」
「……わかってるよ」
拗ねたような顔をして、カズキは少しだけ背筋を伸ばした。けれど今度は何を思ったか身を振り返り、座りなおす。慌てて馬の足を止めると、カズキはイブキに抱きついた。
「こーらー」
半ば呆れに怒り、馬を動かす。
「殿下、危ない行為は止めてください」
後ろから着いてきていたコウノが咎めるが、その効果は薄い。コウノの言葉でも怯まないとは、大物だと内心イブキは苦笑する。
「都から近いんだ、そう惜しまなくてもいいだろう」
「……じゃぁイブキは平気なの?コウノが浮気しても平気なの?」
「なぜそうなる……」
イブキは顔を真っ赤にしてうろたえる。カズキは時々コウノと引き合いに出すようになって、時々イブキを困らせる。
「イブキが浮気したら、コウノ絶対怒るよ。なのにイブキったら村に帰るって言うし」
「……あたしが村に帰るのは、けじめみたいなものさ。……お前、いまさらっと何か言わなかったか」
「イブキ、浮気するの」
「するか!」
聞き直したのを後悔した。この先、異性に好意を抱くという事が起こるという事態なさそうだ。迂闊だったと、恥ずかしさを隠すように悪態をつく。
「……イブキー。おれ、イブキ好きだよ」
「あたしも、好きだよ」
「じゃぁさ、お嫁さんになってくれる?」
「なんでそうなる」
しがみ付くカズキの頭を軽く叩く。
「お前なぁ。誰彼構わず甘言囁くなよ。女の戦いは怖いと聞いたぞ」
「……おれも聞いたことある。ちぇー」
「……怖いか?」
「怖くないよ。でもやっぱ寂しい」
「なら、沢山の人と会うんだよ。貴族だけじゃない、平民や他所の領地の人間に。お前を騙す奴も居るかもしれない。お前を嫌う奴も居るかもしれない。けど、お前を助けたいって思う奴もいる。一緒に居たいと思ってくれる奴も居る。そいつらを見つければいい。見つけなきゃ駄目だ」
「うん」
村の入り口付近に近づくと、一頭の馬が近づいてきた。イブキはそれを見ると、ふっと気が緩む。
「シュウ」
声をかけると、シュウは驚き慌てて馬を降りて駆け寄った。
「……生きてた」
カズキを剥がしイブキも降りると、視線を少し上げる羽目になった。
「……姉貴、縮んだ」
「お前がでかくなったんだよ!」
カズキも馬から飛び降り、シュウにしがみ付いた。
「カズキは立派になったな」
軽く頭をかき回されても、嬉しいのか満面の笑みをカズキは返す。
「えっと、帰ってきたってことでいいの?」
「うん。ま、追々話す」
馬を引いて村に戻れば、幼さが減った子供たちが出迎えた。
「イブキだー」
「カズキだー」
「お帰りー」
「馬でかー」
口々に言い終わると、散り散りに家の中へ駆け込んでいった。
「そういえば、男らは?」
「んー……帰ったり帰らなかったり」
「そ」
男達が戦場に出た理由を、イブキは聞く気はない。
コウノが入り口で馬を止め、そのまま佇む。来ないのかと、促すように振り向くと、首を横に振った。シュウも何故か近くで足を止める。
「ミサカとミツカ姉さんは家に居るよ」
「あいよ」
カズキの背中を押しながら、イブキは我が家へ足を進めた。家の戸を開けただいまと声をかけると、遅い!とミサカの声が響く。ミツカがそんなミサカを慌ててたしなめ、二人の帰りを、涙を零しながら微笑んだ。
「遅くなりました」
イブキがミツカに頭を下げると、イブキはミツカに抱きしめられる。
「いいのよ。有難う」
身を離し、ミツカは恐る恐るカズキと顔を合わせる。
「大きく、なりましたね?」
カズキはうろたえてしまったのか、顔を伏した。
「帰ってきてくれて、有難う」
イブキと同じように、カズキを優しく抱きしめた。カズキの腕が恐る恐るミツカの衣を掴む。ごめんなさい、と小さく聞こえたかと思うとカズキは大きな声を上げて泣き出した。
「かあさま、ごめんなさい」
「カズキ。カズキ……」
ミツカが何度もカズキの背を撫でてあやす。そんな様子をミサカは貫禄ある眼差しで眺めていた。そんなミサカを見てイブキは苦笑する。
「……拗ねないの?」
「私はうんと母様に甘やかしてもらいましたから。姉さまの代わりに」
最後は少し何かを含んでいた。
「心配かけたね」
「みーんな、姉さまは出かけるといつも遅いって言うのよ。だからほっとけって。ひどいわ」
「ひどくないさ」
「私は寂しかったもの。母様やシュウがいなかったら……不安で怖かったと思う」
ほんのりミサカが頬を染める。
「姉さま、私ね、シュウのお嫁さんになるの」
イブキは目を丸める。けれど、それは嬉しい知らせだった。
「そっか。なら嫁入り道具そろえないと……」
「いらないわ。代わりにうんと私の話しを聞いてくださいな」
それに苦笑しながらイブキは頷いた。
「分った、約束」




