逢瀬 4
人の足音が聞こえ顔を上げると、コウノが強張った顔でイブキを見つめていた。
「ひどい顔だな」
「コウノだって」
コウノが中へ入ってきた。イブキは自然と身を竦める。
「……よかったのか」
「何が」
「あの方の元へ行けば」
「あたしが幸せになると思ってんの?どいつもこいつも……」
「……イブキ」
「それとも何、傷心の貴族様を慰めろって?」
「……お前なら、あの方を癒せるのだろうと」
「やめてくれよ!あたしは誰かのために生きられる人間じゃない!!」
もう一度両手で顔を覆う。悔しさだろうか、顔が熱い。
「もう、嫌だ。じゆうがいい」
「イブキ……。お前はずっと自由だっただろう」
「そうだ」
「お前が望んで、生きていたのだろう」
「そうだよ」
「なら、今お前を不自由にしているのはお前だろう。お前を今、誰が縛っている?」
その言葉に、息を呑んだ。顔を覆っている手が剥がれた。
「……コウノだ」
「そうだ。私だ。だが、お前はいつでも私の元から離れることはできる。それをしないのは」
「あたしだ」
胸に閊えていた何かがあふれ出した。
「どうしてコウノはやさしいの」
その優しさが、居心地よくて身を委ねたくなる。溢れ出た物を抑えようと両手がまた顔を覆う。何も見たくないと思い切り目を瞑った。
「もう嫌だ……。あんたなんか嫌いだ」
「……私は好きだよ。イブキ」
低く穏やかで、とても優しい声だった。
「きらいだ。だいっきらい。好きになんなきゃよかった」
布の擦れる音がした。柔らかく何かがイブキの身体を覆う。
「すまない、イブキ。私は……お前を忘れることはできない」
イブキ、と何度も名を呼ぶ。子供をあやす様に優しく髪を梳いて、落ち着かせるように背を撫でる。
「お前が、嫌な奴だったらよかったのに」
「私ほど身勝手な者もいやしない」
落ち着き始めたイブキの顔が覗くと、遮っていた手を促すように払う。
「あの方の元へいかないと分っただけでこのザマだ」
苦笑いを零し、コウノは有無も言わさずイブキの唇を優しく奪う。表面を撫でるように、何度も重ね、重ねては啄ばんだ。イブキの頬を撫でると、少し上がった熱が伝わる。薄く目を開けると、涙の痕を残しながら惚けて目を瞑る顔がある。
いつ我に返り拒否と嫌悪の目で見られるかよりも、気を許しゆっくりと身を預けてくる喜びのが勝り、腕に力が篭る。
唇を離し、イブキと名を呼ぶとゆっくりと目を開く。目じりに、頬に、口付けを落とすと、イブキはようやく我に返り、全身全霊でコウノの身を押しのけた。
顔はけしてコウノの顔を見ない。
「……帰ろう」
コウノが手を差し伸べると、真っ赤になった顔が少しだけコウノの手を見た。少し戸惑っていたがゆっくりと手を取る。屋敷に戻るまで、イブキは一言も、喋れなかった。




