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母と娘 3

 事の異変が現れたのは母娘が村に来て三日も経たない頃だった。狭い山道を数十頭の馬が通って、山下の村に留まった。話しを聞くに、都からの武人たちらしく、人を探していると言ったそうだ。貴族の親子、親は身重だと言うからに、イブキは諦めた。


 生まれたばかりの子を抱いていた母親に言うと、やはり顔を曇らせた。

「皆はもう奥に移動している。産んだばかりで辛いだろうけど、今日にでも奥に移動してもらうよ」

「おく、ですか?」

「ん。この村はまぁ、あんまりいいことしてきてない奴ばかりでね。国の者にあまり関わりたくないんだよ」

「……私達を、見捨てないでくださるのですか?」

「あたしはね、そんな酷いことあまりしたくない。姉さんが嫌じゃなければ」

「いいの?本当に?私達は何も、返せないのに?」

「ん~……。あたしは笑っててくれればいいなぁって」

 気恥ずかしいが、本心でもある。ぎこちなく笑うと、母親は静かに涙を流す。初めて会ったときも感じたが、この人の涙はとても澄んでいて綺麗で羨ましかった。

 

 夕日が村を照らす間に、黒々と大きな影の塊が群がった。村の馬よりも大きく肉付きのいい身体の上には、鎧に身を固めた男達が乗っていた。先頭にいた男は武装していたが一際軽装で、イブキを見止めると驚いたように眉を動かした。

「お前だけか?」

「さぁ」

「ここに貴族の母娘がいることは知っている」

 内心、イブキは肯定する。呪術方面は疎くても、風や空気の異変には敏感な人間が多いし、イブキ達にしてみればわかり易い隠蔽だった。

「生憎ともう出て行かれましたよ」

「では、他の村人は」

「事の発端は私だったので、責任を取らねばならないのです」

 男が馬から降りる。

「責任を取るとは」

「あんた達を追い払うこと」

男の後ろで、どよめきに嘲笑が響く。けれど男は笑わなかった。

「それが、お前の身を辱める事になってもか?」

さらに笑いが響き、何人かが馬を降りようと動くと男が静止した。

「生憎と私は女として生きてきた事はございません」

 背に下げていた得物を利き手に持つと、その重さが嫌味に感じて自嘲した。

「私を辱める事ができるなら、どうぞお好きなだけ」

 イブキは身を低くして、男に剣を振り上げた。男は素早く鞘から刃を出しそれを受ける。こうも悠々と受け止められるとは思わず、直ぐに後ろへ飛びのいた。

 馬に乗っていた男達が身構える。

「お前達は出るな」

 イブキはそれを、馬鹿にされているとは思わなかった。ただ、優雅に立っていた男が剣を構えたとき、戦場のような張り詰めた空気が漂った。イブキはこの空気を知っている。それと同時に、男はイブキを下に見ていないことを悟る。

「来ないのか?」

 返すことはできない。明らかに、男の方が上だったから。構える剣も、佇む姿勢も隙がない。

「馬鹿ではないようだな」

 少し腹立ったが、挑発には乗れない。ここでヘマをすれば本当に男共の人形になる。それだけは死んでも嫌だし、意地も矜持も、あるようだ。

「あたしは村一番馬鹿な人間ですよ」

「どうだろうな」


 男が動き間合いを詰めた。驚いたことに男の動きは早かった。腕が動いたのが見え、イブキは自分の首横に剣を向けると、直ぐに重い圧力が身体中に響いた。身体中の血が沸騰したかと思うくらい、イブキは奮え上がる。

「ほう。先に止めるとはな」

 直ぐに重さが引いていくが腕は震えだし、指先がしびれ始める。二回目は受け止めることはできないだろうことが分った。

「これで女だとはな」

 別の意味でイブキは頬を染めた。悔しいが自分が女であることを呪うが、男になることはできない。二度目は避けようと男の動きを見ていたが、男はイブキを見下ろすだけだった。

「なに?来ないの?」

「その腕ではもう無理だろう」

男は静かに剣を納め、何故かイブキの顎を掴み左右に動かした。

「それとも、犯されたかったか」

 この声はとても静かで、後ろの男達には聞こえなかっただろう。けれど、イブキにははっきりと聞き取れ、怒りに力任せに男の頬を殴った。

「コウノ様!」

 幾人もの男が降りて、剣を構える。

「いい」

「なりません!狼藉者を捕らえ、厳しく処罰せねば」

 今にも飛び掛ろうとする男達の前に、木の陰から矢が数本飛んできた。一歩イブキは下がったが、飛んできた方向を惜しげもなく睨んだ。

 木の陰から、カイと何故か母親が身を出す。

「何しに!」

 母親は静かに首を振って。コウノと呼ばれた男に顔を向けた。

「お久しぶりにございますね。この間の、宴のとき以来」

「よく、ご無事で。皆、貴女様の身を案じております」

「……ふふ。心にも無いことを。喜びなさい。腹の子は流れ、ミサカも身体を壊して動けません。そんな私を救ってくだすった方々を、お前達の好いようにさせるつもりはありません」

 母親はコウノとイブキの間に立った。まるでイブキを守るように、影がぴったりと重なった。

「殺しなさい」

イブキは息を呑む。男が柄に手を掛ける動きを見て、イブキは力任せに母親を背に押しやった。

「殺す?……冗談!あたしが生かしたのよ!?」

「イブキ殿……、これ以上迷惑をかけたくはございません」

「イブキ!来い!俺たちが関わることじゃない!」

 カイの声も母親の声も聞こえるが、イブキはコウノの目を睨みつける。

「貴女を殺せとの命は受けておりません」

「うそよ……」

 愕然とした声が聞こえる。

「ですがこの者は偽りを述べ、我らに刃向かった罪を罰せねばなりません」

「そんなことさせません!!」

「貴女様がそこまで言うのであれば、我らは身を引かねばなりません」

コウノが静かに手を差し出した。

「ミツカ様、一緒に戻られますね」


 静かに母親はコウノの手を取った。

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