逢瀬 2
夕刻近くなると、静かに雨が降り出した。風の音に似た雨音が舞っては草花を艶やかに染め上げた。
門が開き、牛車が急ぎ足で入ってくる。ここ数日はマノや女房も屋敷へ呼ばず、イブキは一人で身体を馴らしていた。コウノと組み手をするのが一番速いが、コウノは昇級したらしく、仕事に出ずっぱりのため頼むのは気が引けた。客かと思えばコウノが降りてきて、血の気の引いた顔をイブキに見せた。
「な、……なにごと」
コウノほどの男がここまで顔色を悪くするものなのだろうかと、イブキも驚き不安が膨れてくる。
「……身体を動かしていたのか」
「……うん」
「……いまからで悪いが」
「……うん」
「身を清めてくれ」
「うん」
言葉を口に出すたびに憔悴していくように見え、理由が聞けずも嫌とも言えず、素直に頷いた。コウノの事だ、口でなんだかんだと悪く言っても、悪いことはないだろうと、水を桶に汲み急いで汗を拭いた。
終わって部屋に行くと、コウノが調度品から香油と櫛を取り出していた。その異様な風景に、イブキは部屋の前で硬直する。
「人を呼ぶ暇がない、来い」
「……なにごと」
「説明する間も惜しい。早くしろ」
久々に、不機嫌に殺気立つ。今では慣れたが、場合が場合だ薄ら恐ろしく思う。コウノの前に大人しく座るも、居た堪れなくて顔を伏しそうになる。コウノは黙々とイブキの髪を梳いていく。仄かに香油の香りが漂うが、その香りを楽しむ余裕がない代わり、コウノの器用さに感心する。
「お前のことだ故意に人を傷つけはしないだろうが」
「……相手によるよ」
「そんなことしたら今度は確実に死罪になる。いいか、けして粗相のないよう」
「無理!!ちょ、むり!」
慌ててコウノから距離を取ろうと、中腰になる。けれどコウノはそれを許さず、イブキの肩を引き寄せた。
「普通にしていればいい。向こうもそれを分ってお前を呼ぶのだろう」
コウノは目を閉じ、イブキの肩に頭を預けた。イブキは驚いて身体を硬直させるが何も言わず、ただ待っているようにも見て取れる。コウノは無意識にイブキを抱き寄せた。
「……ほんの少し、話しをしたいと言っていた。それだけだ」
先にコウノが立ち上がる。コウノの背後で、気を緩めたような溜息が零れた。
「アギノ様じゃないんだね」
「アギノ様ならお前に直接、文を寄越すだろう」
それもそうだ、とイブキは仕方なく牛車に乗り込んだ。窮屈ではないが狭い中での二人きりは、屋敷で二人きりとは違い変に気が立つ。意識的にコウノから視線を反らし、コウノが自分を眺めていたのも知らず、牛車の振動で気を紛らわせようとイブキは必死だった。




