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カズキ 2

 静かな庭園に、木刀の打ち合う音が無粋に響く。サザノリは苦笑を零しながら、幼い子供と女の稽古を眺めていた。話しには聞いていたが、村娘とは言えないほどサバサバとしていて、それでも描く曲線は引き締まり、しなやかで美しいほどだった。

 けれど、扇はサザノリの内部を隠すように大きく広がっている。

「あの娘も、イブキといったか……」

知らず、溜息が零れる。

 先代の下で随身(ずいじん)として重宝されていた男を思い出す。イブキを見れば見るほど、その男と顔が重なる。先代の兄、今は逆賊として名を上げてしまったノギに何かを吹き込まれ、先代の下を離れていった。その後、男の妻は何者かに殺され、娘とコウノの父親とともに姿を消し、それ以降便りもなにもなかった。惜しい人間を二人も逃したと、サザノリ達は悔やんだ思い出がある。


 イブキの木刀がカズキの木刀を弾き返す、それが何度も何度も繰り返された後、カズキは自らの攻撃を止めて、イブキの懐にもぐり込んだ。イブキはすぐさま身を引いたが、それに合わせて、カズキの木刀がイブキの胸元を掠めた。

 イブキはひゅっと息を吐く。しばらく手合わせをしなかったが、カズキは剣を教わっていたのだろう。どことなく、コウノの動きに似ている。木刀がまた打ち合う。疲れを知らないカズキの剣は、なんども角度を変えてイブキを攻めてくる。休む暇もない。カズキが強くなっていることは嬉しいが、イブキは体力がまだ戻っていない。息が上がるし、腕も疲れてくる。

「……殿下、もうよろしいでしょう」

近くで、様子を見ていたコウノが静かに告げる。カズキの動きは止まったが、不思議そうに顔を向けた。

「彼女はまだ体力が戻っておりません」

それを聞いて、はっとイブキを見上げる。汗を拭いながら何度も深い呼吸をしている。カズキの視線に気がついて、にっと笑い返す。

「凄いな。強くなったじゃないか」

「ごめん、イブキ」

 気にしていないようにイブキは手を振る。

「お前の勝ちだよ」

 カズキは首を振る。

「次、会えるか分らないんだ。餞別さね」

 カズキは唇を噛み、下を向いた。

「……カズキ」

「分ってるよ。でも、……会えないのは嫌だ」

「それはわがままだ」

「分ってる……、 」

 カズキは何かに気付いて顔を上げる。その目は真っ直ぐイブキを見た後、コウノを見て、またイブキを見た。

「なんだ?」

「イブキ、コウノの妻になったんだよね、だったら、会えるよね」

コウノとイブキの空気が止まる。

「……う、噂だろ」

 イブキが震えるような声を出す。

「えっ!!ちがうの!!」

反対にカズキは心底驚いた声を上げる。 

「イブキ!駄目だよ!せっかく大事にしてくれるんだから!」

 なぜか、イブキはコウノとの口付けを思い出した。

「何かの間違いだろ!いいか、カズキ、あたしはね身分がない!」

「おれの義姉さんってなってる」

「それは身分じゃない」

「コウノの妻に」

「それは噂!」

「じゃぁカイ兄がいいの!」

「なんでカイがでてくるの!!」


傍から見れば、幼い兄弟喧嘩に見えるだろう。カズキとこんな言い争いをしたのも初めてだった。

「イブキは綺麗なんだから勿体無いよ!!」

「ミサカと同じ事を言うな!」

 イブキは恥ずかしさに耐え切れなくなって膝を抱えてしまう。

「お前ら姉弟は……」

 どこをどう見れば、綺麗だと言えるのだ。

「コウノ!駄目だよ!!イブキは鈍いんだから!」

「殿下、噂に左右されては」

「コウノの嘘吐き!イブキを大事にしてくれるって言ったじゃないか!」

 イブキが驚いて顔を上げたのが分ったが、コウノは彼女を見ることができなかった。

「殿下、私はあくまで彼女が帰るまでという意味で」


 サザノリよりも隣にいたセトの方が笑いを隠すことをしなかった。確かに、面白い一面ではあるが、少しだけ当事者達が哀れに思う。


「ひっ。ひひ。……では、では殿下。そういった話しは当人達がゆっくりと語らねばならぬこと。我らが口を出しては、意地の張り合いでしょう」

 扇で口元を隠しても、セトの笑い声だけはよく聞こえた。





 数日前、座学が終わり凝った身体をほぐすためにコウノに稽古をつけてもらった。コウノはカズキにとって信頼できるたった一人の男で、彼と会えないとなると少しだけ不安もあった。セトやサザノリはよく分らない。なにかと気にかけてくれるが、腹の底が読みにくい。都へ初めて入ったときに顔を会わせた、あの女性(ひと)のようだと、薄ら寒くなったときもあった。


 戦のときコウノは斬られたイブキを直ぐに手厚く介抱した。その脇でカズキは眺めているだけだったけれど、彼の誠実さは感じることができた。カズキはその後どうなるか分らない、イブキだけでも安心できる場所にいてほしかった。

 コウノに頼んで、イブキだけでも村に返してほしいと言うと、怪我を治してからのがいいと自らイブキを預かってくれた。


 木刀を合わせながらカズキは上がる息を抑えて、ずっと聞きたかったことをコウノに聞いた。

「イブキ、元気?」

「ええ」

 呼吸を乱さず、コウノは静かに答えた。

「この前、脱走して傷を開かせるくらいに」

カズキの動きが乱れ、コウノに木刀を落とされた。カズキは少しだけ怒りを滲ませ睨みつける。

「イブキにひどいことしてるの」

「彼女は、他者の善意に慣れていないのでしょう」

 カズキはふと喉に何かが突っかかった。

「……イブキは、自分を大事にしないんだ」

 落ちた木刀を拾った。戦で見た、イブキの姿を思い出した。次々と男達を倒し、果ては自分よりも大きいノギに致命傷を与えた。その姿に自分の意思を見せず、淡々と剣を振るっていた姿が、なによりも美しくなによりも痛々しいと感じた。

 けれど、イブキは誰かの善意を突っぱねた事もない気がする。シュウが何かとイブキの手伝いをするようになって、ミサカが口うるさく髪をとかせと言って、ミツカが寒いからと出した厚手の衣を渡しても、イブキは嬉しそうに笑っていたのをカズキは見ている。

「だから、コウノが大事にしてくれる?」

今、イブキの傍には誰も居ない。それは、その笑顔がないという意味だ。

「……承知しております」

「それなら、いいや」

 カズキは木刀を構えなおした。今度は何も考えず、ただ身体が動かなくなるまで打ち合いをしていた。

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