コウノとイブキ 5
屋敷へ戻ると、昼間来た牛車と綺麗な女性が三人いた。気後れしていると、コウノが紹介してくれる。知り合いの娘さんとその女房達だそうだが。
「マノ殿、父君が心配されているでしょう、戻らなかったのですか」
「コウノ殿、奥方が行方知れずというのに……!そんな暢気な!」
「……父君からお聞きになっていないのですか、妻はまだ貰っておりません」
三人は目を丸くする。
「この後、用がありますので」
早く帰れ、とそのあと続きそうな言葉を言わず、コウノは一礼をすると、イブキを馬から降ろし抱きかかえる。
「歩ける!!」
「歩くな、馬鹿者!」
イブキ達は見えなかったが、三人は益々目を丸くして、二人が屋敷に入っていくまで見送った。
イブキが寝ていた部屋の御簾を下ろし、イブキは部屋に放り込まれる。
「ちょっと、こんな暗くちゃ手当てもできないだろ!」
「……お前のが先だ」
「あたしは、もういいよ!平気」
「イブキ」
顔を反らし、唇を噛む。なぜコウノに名を呼ばれるのが苦手なのかようやく理解できた。イブキが小さい頃に殺した、あの男と声が似ているのだ。そう気付くと悔しさと惨めさが湧き出る。コウノはあの男ではないのに。あの男よりもずっと人格者だというのに、比べる方が失礼だ。
「泣くほどのことか……」
「泣いてない!」
「……無理をするな、休めと言ったはずだ」
「聞いたよ」
「気を使うなと言ったはずだ」
「気なんか使ってない」
「……ならなぜ泣く?」
「泣いてない」
手の甲で頬を擦った。水気があったし誤魔化しようがないが否定する。
「……悪かった」
なぜかコウノが謝った。驚いて、顔を上げるとすぐ、視界が何かに覆われ、コウノの顔が見えなくなる。
「あんた、が謝ることじゃない。あたしがあんたに謝る、事だ」
「不自由だっただろう」
「……自由にしてたよ」
大きい手に、頭が撫でられるだけでも慣れなくてくすぐったいのに、逃げるように頭を動かすと深く抱き込まれる。それが不意に恐ろしくなって、イブキは慌てて身を離そうとした。
「あんたが、悪いんじゃない」
「イブキ」
逃げたかった。けれど名を呼ばれ、恐怖に震えた。
「私が怖いか」
「違う」
引き寄せられて、また優しく抱きこまれた。
「許せ。もう少し」
否とも是とも言えない。イブキにとって居心地の悪い静寂が漂った。それを消すように口を動かす。
「……あんたの声、あたしの嫌いだった男に似てるんだ。あんたと、あいつは違うのに。コウノが悪いんじゃない。ごめん、……ごめんね」
腕の力が強くなる。
「そいつも、父も、強い人だった。でも、あたしを狂わせた人達だった。許せるものじゃなくて、忘れたかった。ちゃんと忘れていたんだ」
「私が、思い出させたか」
「ちがう。コウノは好き。悪い奴じゃないもん。ただ、自分より強い奴ってやっぱ怖い」
「すまない」
「……そうじゃなくてさ」
伏していた顔を上げると、素直にコウノの顔を見ることができた。
「あたしが暴れても止めてくれるだろう。その上、コウノには励ましてもらったんだ。だから、コウノが悪いんじゃない」
距離をとろうとすると、素直に腕を離してくれた。
「手当て、しないと、駄目だろう?あたしがするよ。下手じゃないから」
「……そうだな、頼む」
コウノの目が静かに瞬いた。イブキは嬉しくなって頬を緩ませた。
傷は浅くはなかった。血で汚れた所を拭き、縫い合わせて薬をつけた。思うように動かすのは先になるだろうが、コウノは涼しい顔をしている。本当に、彼にとっては大きい傷ではないようだ。
「あたしも、変わり者だけど、コウノも変わり者だね」
「……悪かったな」
「拗ねるなよ。痛くない?」
「痛むのは当然だろう。怪我に痛みがない時は大したことないか、逆に危険だぞ」
「……わかってるよ」
包帯を巻き終えて、イブキは一息ついた。
「次は、お前の傷を診る」
それを聞いて慌てて、コウノと距離を置いた。
「……なぜ逃げる」
「いいよ。ちゃんと、五日は大人しくしてるから」
「自己判断で五日か。その裏はなんだ?開いたんだろう?」
「ひらいてない、血も出てない!痛いだけ!」
「イブキ、私は医者ではないが、その知識はある」
「分ってるよ!あたしだって!」
「イブキ」
「やだ!」
「子供か」
「何とでも言いな!来るな!さわるな!ほっといて!」
コウノが大きく溜息を吐いた。ああ、コウノには悪いとは思っている。思っているが抵抗がある。反抗ではない、とイブキは心の中で叫ぶ。威嚇するイブキと反対に、コウノは観察するように、イブキを見る。しばらく睨み(イブキだけ)合ったあと、コウノはふっと口元を緩ませた。
「分った。好きにしろ」
「う、あ。うん。ありがとう」
「私も、好きにする」
「……なにをぅ!」
気を緩めたのに後悔した。慌ててイブキはコウノを睨みつける。けれどコウノは直ぐに部屋を出て行った。緊張で、ばくばくと心臓が煩く鳴るし腹も痛い。けれど、緊張が切れた後は、身体に力が入らなかった。




