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コウノとイブキ 4

 扇の下で舌打ちをしたのは間違いなかった。仕事帰りのコウノを引っ掛けて一芝居を打とうと画策していた矢先、都荒らしが性懲りも無く出たと、検非違使と武官が呼び出された。先の戦でコウノは名を挙げ、こういった雑務は回って来ないはずだったが、馬鹿正直に出向いたそうだ。

「弱ったねぇ」

 都荒らしを指して言ったと思われたのか、守備兵は大したことありませんと落ち着いて言葉を返してきた。確かに、大したことはない。けれど、面白い話しが先に伸びてしまったことに残念を隠せなかった。





 昼間、イブキが外を眺めていると、牛車が門から入ってきた。出迎える人もいないため、コウノが置いていった単を羽織って、迎えに出た。

 牛飼いが丁寧にお辞儀をするので、イブキも真似てお辞儀を返す。

「申し訳ないが、ここの主人は居ないよ」

「はい。イブキ様をお迎えに上がりまして」

「……あたし?」

「はい」

「誰から」

「御名は明かせません」

「……それは困る、あたしだって勝手に……」

 門まで歩けたのだ、はたとイブキは考える。

「別にいいのか、動けるし」

 牛飼いが微妙な顔をしてしまう。

「何用であたしなんかを呼ぶんだい」

「私が伺う事は許されておりません」

「そ……。でも悪いけど今、身を整える事も儘ならないんだ。あんたの主人には悪いけど、あたしと会うことすら不浄だと伝えてくれよ」

「……承りました」

 牛車がゆっくり門を出て行く。けれどイブキは部屋に戻らず、少しだけ庭を歩き回る。傷の膿はまだ出ているだろうが、ずっと外を眺めていても気分は沈むばかり。外へ出られるなら、村へ戻れるなら戻ったほうがいいだろうか。

 閉まった門を撫でてみる。少しだけ外に好奇心が湧く。降ろしていた髪を結い上げて、コウノの単を片付けた。ふと、調度品がまとまって置いてあるところに、衣を入れる大き目の箱が置いてある。開けてみると、イブキが着ていた衣に似せて作られた衣が一つ入っていた。生地も随分丈夫だ。

「……着ていいってことだよね」

 何も言わずに出て行く気はないが、散歩くらいはいいだろう。そんな軽い気持ちで、寝巻きを脱いで着替えた。

「……んー。ちょっとやっぱり品が良すぎる」

 都の衣は作りは丁寧で綺麗だが、汚すのが怖い。

「ちゃんと、ちゃーんと汚さず返します」

 箱の前で手を合わせ、イブキは屋敷を出て行った。




 マノは戻ってきた牛車へ残念そうに眉を下げた。

「身の世話をする女房を入れないのは、どういうことでしょう」

「……元々あの屋敷に人を入れることはなかったと聞きますし」

「仕方がありません。ヨネ、ハナカ。私達が出向きましょう。それが一番失礼にないですし」

 女房が恭しく頭を下げ、牛車に乗り込む。屋敷へ着くと、三人の女性の悲鳴が誰もいない屋敷のなか響いた。その騒ぎは直ぐに父であるセトではなく、屋敷の主人に文が届く。




 別にイブキは、面倒事を呼ぶ性質ではないと、自分なりに肯定している。穏やかな日々が続くときも有るし、ちょっとゴタゴタに巻き込まれることもある。そう、深く自虐的になったことは少ない。ないが、やっぱり理不尽だという言葉が脳裏をよぎる。

 ただの喧嘩かと思って通り過ぎようとしたとき、なぜかイブキの腕が引っ張られた。反抗は、する気が起きなかったので相手に合わせて雑木林まで引っ張られたが、行く手を阻まれた男はイブキの首に小太刀当てて盾にする。そこまでは、別にイブキも予想していた範囲内だった。

 けれど、なぜか検非違使達の動揺が大きい。男は少し自棄を起こしているが、別段大物でもないだろうに。

「そ、その方を大人しく離せ!」

「よく考えてみろ!今お前がどうこうしようと意味がないんだぞ!」

 検非違使達の動揺が、男でも理解できたのかふっと肩の力を抜いたのが伝わった。刃先はまだイブキの首だが、男が喉で笑う。

「なんだ、おめぇ、そんなに価値があんのか?」

「いやぁ、ないよ。ない、ない。あたしも驚いている」

「だよなぁ。お前とは同じ匂いがするが。どうもあいつら、可笑しい」

 検非違使は一人も動けずにいる。数では負けていないのに、情けない。けど、イブキも調子が悪いし、下手に動けばこの男は殺されるだろうか。

「おじさん、何したの。人殺し?」

「そんなもんさぁ。黙っとけよ、おめぇ殺すのも簡単だ」

 そんな会話をしていると検非違使の一箇所が左右に分かれる。イブキは内心居心地悪くて顔は動かさず、視線だけを横へ流した。

「……おいおい、なんであんなの出てくんだよ」

男が少し震え上がった。

「……凄い人なの」

 それを肯定するかのように、イブキを締め上げる力が強くなった。

「動くな」

 コウノの一声は、イブキにとっても恐ろしい。

「動くなと、いったはずだったが」

「う、それはてめぇらの方だ!!こいつが血まみれになってもいいのか!ああ!!」

「……イブキ、あと三日は大人しくしていろと言ったはずだが」

 男が怯むように後ずさる。イブキはやっぱり視線をそらす。ずっとそらせていたいほどコウノの目は鋭かった。

「散歩くらい、いいかなぁと」

「イブキ」

 イブキは舌打ちをする。

「悪かったよ。自分で片付ける」

「動くんじゃない」

 叱られた気分だ。いや、叱られたのだろう。自覚すると身体の力が一瞬抜ける。息を思い切り吸い気を引き締める。小太刀を持っていた手に、イブキは爪を立てながら掴む。コウノの目が一瞬見開く。男が悲鳴を上げると同時に身体を屈め、力いっぱいその腕を斜め下に引っ張ると同時に腰を上げた。男の体は翻り、地面に叩きつけられた。

「あたー……」

 予想していたように、腹部に激痛が走る。

「当たり前だ!馬鹿!!」

 首根を捕まれ、引き上げられたと思うと、さっきいた場所から少し離された。検非違使達が群がるように、男のところに走っていく。

「傷は、開いたか?」

「……痛いだけだろ」

「自分の身体だろう!何をしている!」

「悪かったって言ってるだろ!」

 コウノは片手を頭に当てる。

「わかった。帰るぞ」

「あーもーいいよ!あたしもこのまま村に帰る!」

「馬鹿を 」

 コウノの声が止まる。直ぐにイブキの身体を引き寄せた。

「え、あ」

 視界の端に小太刀の刃が迫っていたが、コウノの腕がそれを遮る。

「ばか!!」

検非違使達が三人がかりで男の上に乗る。

「コウノ様!!」

「問題はない、しっかり捕らえろ」

「問題ないわけあるか!」

「お前が言うな。後は任せる」

 検非違使達にそういうと、イブキは何故か抱きかかえられた。

「降ろせ!歩ける!」

 何も言わず、雑木林の入り口にいた馬に乗せられる。

「医者!」

「言ったはずだ。今、医者は足らないくらいなんだ」

 大人しくしていろと、抱き込まれるように胸に頭を押し付けられる。

「世話がかかる」

 呆れたように言われて、イブキも好きで世話になっているんじゃないと言い返したかった。けれど、申し訳ない気持ちも少なからず、あるのだ。

「悪かったって……悪かったよ」

 逃げ出したい気持ちを押し殺して、イブキは精一杯自分を保とうとした。

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