表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/33

コウノとイブキ 3

 日が昇る前にコウノは屋敷を出て行く。出かける前に必ずイブキの部屋の様子を見、戻れば先にイブキの部屋に顔を出す。それを教えてくれたのはこの屋敷に出入りしている少女だった。

 この屋敷はコウノだけが住み、世話の人も入れないのがほとんどらしく、イブキが来てから少女は呼ばれたそうだ。

「そんな早い時間から来てるのかい?」

「たまに。今日もたまたま、でございます」


少女は高坏(たかつき)に持ってきた果物を山盛りと置く。

「おくさま、今日はびわがいいのが入りまし、た。えっと、よろしければご賞味ください、ませ」

「……うん、有難う」

たどたどしく、けれど一生懸命に言い直す様子を見ると、なんと言って誤解を解こうかと悩んでしまう。

「いいよ、普通にしてて」

「でも、」

「あたしも、本当はここの人じゃないから」

「そんな!やっと帰ってきたとばかり!」

「や、や。都の人間じゃないんだよ、あたし」

「お、おはなしはうかがって、おります!太子様の義姉さまで、ずっと太子様を守るために、偽王のところにいらっしゃったと!」

 熱のこもった目線を輝かせ、イブキを見つめる少女は少しだけ楽しそうだ。

「だんなさまが、先の戦で、お二人をお救いしたと、いま都中で持ちきりなんです!!だんなさまがずっとおくさまを屋敷に呼ばなかったのは、ただ呼べなかっただけで、偽王の男に捕らえられていたのだと……」

 素敵です!と息巻いて、少女は夢見心地に目を輝かせる。

「……うん、美談だ」

 腹を抱えて笑いたい話しだが、傷がまだ疼いて上手く笑えない。あと少しこの状態が続くのかと思うと、イブキは少しだけ勿体無い気がした。

「おくさまは、だんなさまのことが、おきらいですか?」

 その質問に、堪えていた笑いが止まる。考えたこともなかった。彼が悪い人間でないことは確かで、気を許しているところはある。けれど、それ以前の問題だ。彼の身分はいい、イブキはどちらかというと罪人だろうし。

「その前に、不釣合いだしな」

 女以前のイブキより、都のたおやかな娘とのほうがお似合いだろう。

「なぜですか!どうしてですか!!あんなに仲がよいのに!」

「……いいかな?」

それを聞き返すと、少女は顔を真っ赤にした。

「わ、わ、わたくしは、うかがいしらぬところにご、ご、ございます!!」

 少女があまりにも慌てて、逃げようとするものだから、イブキも慌ててなだめに入る。

「ご、ごめんごめん。逃げないで。貴女が居なくなったらつまらない」

「あ、わ、わ、わかりました」

 少女を縁側に座らせて、びわを一つ剥いて渡した。

「今日のお礼。もうちょっとお話し聞きたいから、もう一個」

皮を剥かないで、少女の手の平に乗せる。

「だ、ダメですよおくさま。ちゃんとお代は貰ってます」

「だめ?」

「だめです」

「でもこんなに食べられないから、貰ってね」

「……おくさま、寂しいですか?」

「んー?んー……」

 寂しいという言葉ではない気がする。けれど今、空しいとも思わない。村のことを考えると、罪悪感が少し湧くだけだろうか。カズキは地位が確立したのなら、守ってくれる人も出てくるだろうし、そんなに心配はない。

「わかんないなぁ。……ふふ。へんだね」

 少女はそんなイブキに気落ちした目を向ける。けれどすぐに皮の剥かれたびわを口に放り、勢いよく立ち上がる。

「わかりました!おまかせください!わたし!がんばります!」

「あ、うん。忙しくないときに来てくれればいいよ?」

「はいです!」


 少女は屋敷を飛び出して、いつも目をかけてくれる、もう一人の女性のところへ駆け込んだ。歳は若いが素養もあり気品は勿論、貴族には中々いない慈愛を持ち、市民の中でも評判の姫君様だった。

「あら、お嬢ちゃん。こんにちは」

この屋敷の女房たちとも顔馴染みになり、少しではあるけれど商売をさせてくれる。

「こ、こんにちわ!あの、先ほど、コウノさまのおくさまのところへ、う、うかがったのですが」

「あら。あらあら、まぁ!それで?それで?」

「おくさまがとても寂しくして、いらっしゃる、ので、ので、えっと、何か、できること!教えてください!」

「まぁ。それはお可哀想に」

御簾の向こうから、若い声が聞こえる。

「こちらに戻られても、なかなかコウノ様もお忙しいでしょうが……それはいけないわ」

 声がひそひそと会話をすると、御簾が少し動く。

「こちらの文を、父へお渡しくださいな」

 少女は文を預かると、急いで彼女の父のところへ持っていった。



 娘が可愛がる小鳥から文を貰ったセトは、娘の流れる字を二度読み直した。扇で口元を隠し、目元は動かさないまま、思案するフリをする。

 コウノが女を屋敷に入れた話しは宮中でも話題だが、戦の前線に出ていなかった男達はその妻の顔を知らない。だからよけいに突かれているのを見かけるが、セトは助け舟を出さないで眺めていた。

 妻ですらないが、都ではもう妻になっている。ここが職場でなければ笑い転げているだろう。彼女もとばっちりを食ってさぞ大変だろうが、面倒事を減らすにはそう合わせたほうが楽なのは楽だ。コウノも最初は否定の色を滲ませて、ただの噂と高を括っていたのだろう。ほぼ既成事実となりつつあり、彼も少し焦りを見せるかと思いきや、どこ吹く風と表情一つ変えなかった。

 これでは、面白みが半分なのも事実。や、友人で遊ぶのも……と気を使っていた矢先、可愛い娘の知らせを貰ってしまうと、娘を優先するのが当然だった。

「いやはや。いやはや」

しかし、扇の下でにやけてしまうのは致仕方ない。

 直ぐに返事を書いて、小鳥に渡す。

「ああ、これで飴でも買いなさい。それと、またよろしくね」

「は、はい!」

 小鳥は嬉しそうに飛んでいく。それを見送って、セトはコウノの仕事予定を確認した。確か一泊またいで仕事が続いているはずだった。扇の下で笑いが収まらない。細君とともに酒を飲みながら話しをするのが楽しみで仕方がない。明日、あさって、くらいが話しが盛り上がるだろう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ