コウノとイブキ 2
誰かに頼んだのか御簾が上がり、夕日が差し込む部屋から、イブキが呆けた顔をして外を眺めている。歩いた様子は聞いていないが、身体を起こし、飽きているのかいないのか微動だにせず座っている。
「なにしている」
「……何も。庭見てる」
「つまらないだろう」
「……そうでもない」
ふふと、柔らかに笑う様子を見せた。
「何かあったか」
「なにも」
御簾を降ろし、薄暗い部屋に入る。
「……ふと、気になったんだけど」
「なんだ」
「あたしの手当てってもしかしてあんたがやったの?」
「そうだ。いま医者の手が回らない。……なんだ?」
イブキは押し黙る。
「……あたしどのくらい寝てた?」
「三日、四日だな」
また押し黙った。
「なんだ?」
少し顔を伏せた。
「……今更だけど、変なことしてないよね」
「してほしくないなら、普通にしていろ」
「……殴っていい」
「断る。潔白だ」
イブキを寝かせ、胸元に布を被せる。衣をよけ、傷口に当てていた布を取っていく。膿が出始めていて、水で濡らした布で何度も拭ってから、薬を着ける。清潔な布を当てなおし、包帯を巻く。
衣を直し、イブキの顔を覘く。
「終わりだ」
「……どうも」
汚れた布をまとめて抱える。部屋を出るところで、イブキが身を起こす。
「ねぇ。それ、上げてって」
「……御簾をか?」
「うん」
「夜になったら下げるぞ」
「うん」
夜、部屋に明かりを灯しに行くと夕刻のときと同じ格好で外を眺めていた。会話をすれば今まで通りに小生意気な返事が返ってくるが、今までより無気力になっているように感じる。
「イブキ」
コウノが名前を呼ぶと、驚いたように目を丸める。そういえば、初めて名を呼んだときも大げさに驚いていたのを思い出した。
「名を呼ばれるのは嫌か」
「ちがう。多分、慣れないだけ」
「ならそのうち慣れる」
「……そうだけど」
腑に落ちないという顔をしてイブキは小首をかしげる。
「それより、長い間そうやって座っていたのか?」
「……なんだよ。ダメなの?」
「始めの頃より熱は下がったが、まだ熱が残っているだろう。さっさと治したいならあと三日は大人しく寝ていろ」
イブキは不服そうに口を尖らせた。
「それとも、村に戻りたいのか」
それを聞くと、顔を曇らせ視線をそらした。
「……わかんない」
コウノは御簾を降ろす。イブキは身動き一つしない。
「……どうした。覇気がないぞ」
「なんでだろ、わかんない」
頭が段々下を向く。
「わかんない。けど」
イブキが両手を擡げて見下ろした。
「なんか、全部、戻らない気がして」
「イブキ」
びくりと肩を大きく震わせた。
「私が、怖いか」
「……違う」
そう否定され、コウノは何故かひどく安心した。頬に手を伸ばし、伏せていた顔を上げさせた。
「同じものは作れないだろうが、少しずつ作っていけばいい」
柔らかな髪を撫でると、微かに果物の香が漂う。
「戻すことができなくても、残っているものもあるだろう。それを大切にすればいい」
「……、こうの」
「っ、なんだ」
「ありがとう」
確かに、いざ名を呼ばれると歯痒いものが湧く。慣れるだろうと言ってしまった分、それを耐えるのは自分だった。明かりに照らされた唇に目が行ってしまう。熱で少しだけ頬を紅くし呆けた無気力な顔は警戒すら見せない。これは何の悪い冗談だと頭を抱えなければならなかった。




