第2話「分裂への道」
第2話 決裂への道
-1965年7月23日 午前10時00分-
東京都千代田区
都内某所 金融機関会議室
真夏の東京には、朝から強い日差しが降り注いでいた。
都心の道路を行き交う自動車の数は、年々増加していた。
トヨペット・クラウン、日産セドリック、プリンス・グロリア。大通りには国産の乗用車が走り、その間を小型トラックや路線バスが行き交っている。
わずか10年前には、まだ一般家庭にとって自家用車は高価な贅沢品だった。
しかし、高度経済成長の進展とともに、人々の暮らしは急速に変化していた。
1964年の東京オリンピックを契機に道路整備も進み、首都高速道路の一部区間が開通した東京では、自動車が都市の風景を形作る存在になりつつあった。
自動車産業は、まさに成長の時代を迎えていた。
だが、その成長の波に乗れる企業ばかりではなかった。
東京都千代田区。
都内の金融機関の会議室では、プリンス自動車工業の将来を左右する協議が行われようとしていた。
磨き上げられた長机の上には、分厚い資料が積み重ねられていた。
窓際には扇風機が置かれていたが、室内には緊張した空気が漂っていた。
プリンス側から出席していたのは、財務担当役員と経営企画部門の幹部たちである。
向かい側には、取引金融機関の融資担当者たちが座っていた。
「それでは、先日ご提出いただいた経営再建計画について、いくつか確認させていただきます」
金融機関側の担当者が口を開いた。
「まず、御社は日産自動車との合併協議を進めていると承知しております。その一方で、独立を前提とした資金支援を求めておられる。この点について、どのようにお考えでしょうか」
プリンス側の財務担当役員は、静かに頷いた。
「日産との協議を打ち切ったわけではありません。しかし、合併以外の選択肢についても検討する必要があると判断しております」
「つまり、独立再建の可能性を探っているということですな」
「そのとおりです」
担当者は資料をめくった。
「率直に申し上げます。御社の技術力については、我々も高く評価しております。しかし、技術力が高いことと、経営が安定していることは別の問題です」
会議室に沈黙が訪れた。
「御社はスカイライン、グロリアをはじめ、優れた自動車を開発してこられました。しかし、生産規模はトヨタや日産に及ばず、設備投資の負担も小さくありません」
「承知しております」
「今後も新型車の開発を続けるのであれば、さらに資金が必要になるでしょう。現状の経営体制を維持したまま融資を拡大することは、容易ではありません」
プリンス側の幹部たちは、無言で説明を聞いていた。
彼らもまた、会社が置かれている状況を十分に理解していた。
プリンスは、決して自動車が売れていない会社ではなかった。
しかし、自動車産業は大量生産によって製造原価を引き下げることが重要な産業である。
年間数十万台を生産する大手メーカーと、それよりも小規模なメーカーでは、部品の調達価格や設備投資の効率に大きな差が生じる。
さらに、新型車の開発には莫大な費用が必要だった。
エンジン、変速機、車体、足回り。
それぞれの開発に専門の技術者と試験設備が必要になる。
しかも、開発した車が必ず売れるという保証はない。
優れた技術を持ちながらも、企業規模の小ささが経営の重荷となっていたのである。
「では、どのような条件であれば、支援をご検討いただけるのでしょうか」
プリンス側の財務担当役員が尋ねた。
金融機関側の担当者は、机の上に置かれた資料を指差した。
「まず、設備投資の優先順位を明確にしていただきたい。不採算事業の整理、部品の共通化、生産工程の合理化も必要でしょう」
「販売網については?」
「当然、見直しが必要です。採算の悪い販売拠点をそのまま維持することはできません」
「開発部門についても縮小が必要ということでしょうか」
「一律に縮小するべきだとは申しません。しかし、すべての開発計画を継続することは難しいでしょう」
その言葉に、プリンス側の役員は表情を曇らせた。
「御社には優れた技術があります。しかし、その技術をどの分野に集中させるのか、経営として判断する必要があります」
金融機関側の担当者は、そこで一度言葉を区切った。
「我々が融資するのは、技術者の夢に対してではありません。事業として利益を生み出せる会社に対してです」
厳しい言葉だった。
しかし、それは企業に資金を貸し付ける金融機関として、当然の判断でもあった。
プリンス側の財務担当役員は、深く息を吐いた。
「……分かりました。再建計画を修正し、改めて提出いたします」
「その際には、具体的な収益改善の見通しも示していただきたい」
「承知しております」
会議は、それから1時間以上続いた。
独立再建への道は、決して平坦ではなかった。
それでも、完全に閉ざされたわけではない。
その事実だけが、プリンス側に残された小さな希望だった。
-1965年8月5日 午後2時00分-
東京都杉並区荻窪
プリンス自動車工業 エンジン開発部門
荻窪の開発施設では、今日もエンジンの試験音が響いていた。
試験台に据えられた直列6気筒エンジンが、低い唸り声を上げながら回転数を上げていく。
「3,500回転、異常ありません」
「油圧は?」
「正常です」
「冷却水温、上昇しています」
「記録を続けてくれ」
高城修一は計器を見つめながら、試験結果を記録していた。
彼が携わっているのは、プリンスが誇る直列6気筒エンジンの改良研究であった。
プリンスのG7型エンジンは、排気量1,988ccの水冷直列6気筒SOHCエンジンである。
1963年に登場したグロリア・スーパー6に搭載され、後にスカイラインGTにも採用された。
その滑らかな回転特性と高い性能は、プリンスの技術力を象徴する存在となっていた。
1965年2月には、スカイライン2000GTの高性能仕様である2000GT-Bが登場していた。
ウェーバー製のツインチョーク・キャブレターを3基装着したG7型エンジンは、最高出力125馬力を発生した。
さらに5速マニュアル変速機や前輪ディスクブレーキなど、当時の国産乗用車としては高度な装備を備えていた。
高城は、こうした高性能車の開発に強い誇りを持っていた。
しかし、現在の彼が取り組んでいる仕事は、単純に最高出力を引き上げることではなかった。
耐久性の向上、燃焼効率の改善、製造コストの削減。
いずれも量産車にとって欠かせない課題だった。
試験が終了すると、高城は記録用紙を手に取った。
「悪くないな。前回より冷却水温の上昇が抑えられている」
「それでも、高回転域ではまだ余裕がありませんね」
「そうだな。次は冷却水の流路を見直してみよう」
若い技術者が頷いた。
その時、別の同僚が試験室に入ってきた。
「高城、ちょっといいか」
「どうした?」
「R380の開発が、いよいよ本格的になってきたらしい」
その言葉に、高城は顔を上げた。
「ほう。あのレーシングカーか」
プリンスR380。
それは、プリンス自動車が新たに開発を進めていた本格的なプロトタイプレーシングカーである。
前年の日本グランプリでは、スカイラインGTがポルシェ904に挑戦したものの、最終的には敗れていた。
その経験から、プリンスの技術者たちは、量産セダンを改造した車では本格的なレーシングスポーツカーに対抗するには限界があると考えるようになった。
そこで、専用の車体と高性能エンジンを備えたレーシングカーの開発が進められていた。
R380には、直列6気筒DOHCのGR8型エンジンが採用される計画だった。
G7型とは異なり、競技での使用を主目的とする高性能エンジンである。
低く流線形の車体と、車体中央付近に搭載されるエンジン。
その構成は、従来のスカイラインGTとは根本的に異なっていた。
「本当に完成するのか?」
高城が尋ねた。
「開発は進んでいるらしい。ただ、相当な費用がかかっているようだ」
「そうだろうな。量産車とは何もかも違う」
「それでも、今度こそポルシェに勝ちたいんだろう」
高城は小さく笑った。
「俺たちだって同じさ」
前年の鈴鹿で見せた一瞬の逆転。
あの出来事は、技術者たちの心に深く刻まれていた。
しかし、R380の開発には不安もあった。
会社の経営状態が悪化すれば、モータースポーツ活動は真っ先に見直しの対象となる可能性がある。
しかも、日産との合併が実現すれば、開発計画そのものが変更されるかもしれなかった。
「もし合併したら、R380はどうなるんだろうな」
同僚が呟いた。
「分からない」
高城は答えた。
「だが、完成させる価値はあると思う」
「会社が認めてくれれば、ですがね」
その言葉に、高城は返事ができなかった。
技術者がどれほど優れた車を作ろうとしても、会社が開発費を認めなければ、その計画は実現しない。
高城は、改めて経営というものの重さを感じていた。
-1965年8月20日 午前9時30分-
東京都内
プリンス自動車工業 本社会議室
会議室には、朝から重苦しい空気が漂っていた。
机の上には、金融機関との協議結果をまとめた資料が置かれている。
「それでは、独立再建計画について報告します」
財務担当役員が立ち上がった。
「金融機関側は、一定の条件を満たすのであれば支援を検討する余地があるとの見解を示しています」
その言葉に、数人の役員が顔を上げた。
「つまり、融資を受けられるということか?」
「いいえ。現時点では正式な約束ではありません。経営改革の内容と収益改善の見通しを示すことが条件となっています」
「具体的には?」
「設備投資の抑制、販売網の再編、生産工程の合理化、そして開発計画の優先順位の見直しです」
出席者たちは資料に目を落とした。
そこには、これまでの経営方針を大きく変更する内容が並んでいた。
プリンスは、技術力を重視する企業であった。
しかし、その技術力を維持するためには多額の研究開発費が必要だった。
新しいエンジン、新しい車体、新しい変速機。
それぞれを独自に開発することは、企業としての誇りである一方、経営上の負担にもなっていた。
「これでは、技術開発を縮小することになるではないか」
開発部門を担当する役員が声を上げた。
「すべてを縮小するわけではありません。重点分野に資金を集中させるということです」
「言葉を変えただけではないか」
「しかし、今のままでは会社が持たないのです」
会議室に緊張が走った。
「私は、やはり日産との合併を進めるべきだと思う」
別の役員が口を開いた。
「日産には資金力があり、販売網もある。合併すれば、少なくとも経営基盤は安定するだろう」
「その代わり、プリンスという会社は消える」
「名前を残すために従業員を危険にさらすつもりか?」
「そうは言っていない!」
声が大きくなった。
「我々が守るべきなのは、会社の看板だけではない。これまで培ってきた技術と、それを生み出してきた人材だ」
「日産と合併したからといって、技術者が全員職を失うわけではないだろう」
「だが、開発の自主性は失われるかもしれん」
「独立して倒産するよりはましだ!」
その言葉を最後に、会議室は静まり返った。
誰もが、相手の主張に一理あることを理解していた。
合併を進める者たちは、決してプリンスを嫌っているわけではなかった。
むしろ、会社を守りたいからこそ、日産との統合を現実的な選択肢として考えていた。
一方、独立を主張する者たちも、経営の厳しさを理解していないわけではなかった。
彼らは、プリンスが独自の技術力を失うことを恐れていたのである。
長い沈黙の後、議長役の役員が口を開いた。
「双方の意見は理解した」
出席者たちの視線が集まった。
「現時点で、どちらか一方に決めることはできない。日産との交渉は継続する。同時に、独立再建計画をさらに具体化する」
「しかし、それでは時間が……」
「分かっている」
議長は静かに答えた。
「だからこそ、次の交渉が重要になる」
会議は終了した。
しかし、プリンスの未来を巡る対立は、まだ始まったばかりだった。
-1965年9月16日 午後1時00分-
東京都内
日産自動車・プリンス自動車工業
合併協議会場
9月に入っても、東京には残暑が続いていた。
日産自動車とプリンス自動車工業の合併協議は、再び重要な局面を迎えていた。
会議室には、両社の幹部が向かい合って座っている。
机の上には、合併後の組織体制についてまとめられた資料が置かれていた。
「それでは、研究開発部門の統合について説明いたします」
日産側の担当者が口を開いた。
「両社には、それぞれ独自の研究開発施設と技術者が存在しています。合併後は、これらを効率的に運用する必要があります」
プリンス側の役員が尋ねた。
「具体的には、どのような再編を想定されているのでしょうか」
「現段階では詳細を決定しておりませんが、重複する研究分野については統合を進める方針です」
「我々のエンジン開発部門についてもですか?」
「当然、検討対象になります」
プリンス側の役員たちは互いに視線を交わした。
日産には、すでに独自のエンジン開発体制が存在していた。
小型乗用車用のエンジンから大型乗用車用のエンジンまで、幅広い分野で研究開発が進められていた。
プリンスのG7型エンジンと、日産のエンジン系列。
両社の技術にはそれぞれ特徴があったが、合併後にすべてを並行して開発することが合理的とは限らなかった。
「では、スカイラインやグロリアについては、どのようにお考えでしょうか」
プリンス側の代表者が尋ねた。
「既存車種については、市場での競争力と収益性を踏まえて判断することになるでしょう」
「継続生産を保証していただくことは難しいのでしょうか」
「現段階で将来の車種構成を確約することはできません」
日産側の説明は、一貫していた。
合併後の経営判断は、統合された企業全体の利益を優先して行う。
それは企業経営として、当然の考え方だった。
しかし、プリンス側が求めていたものとは異なっていた。
「もう1点、確認させていただきたい」
プリンス側の役員が続けた。
「現在進めているモータースポーツ活動についてです」
「レーシングカーの開発計画ですね」
「はい。R380の開発を継続することについて、どのようにお考えでしょうか」
日産側の担当者は、少し考えてから答えた。
「競技活動については、広告宣伝効果や技術開発上の意義を含めて検討する必要があるでしょう」
「つまり、継続が保証されるわけではないと」
「現時点では、そのようになります」
会議室に沈黙が訪れた。
プリンス側にとって、スカイラインもグロリアもR380も、単なる製品ではなかった。
それらは、自分たちが築いてきた技術の象徴だった。
しかし、日産側にとっては、合併後の経営資源をどのように配分するかという問題だった。
双方の考え方には、埋めがたい隔たりがあった。
「我々としては、技術開発の自主性について、一定の保証をお願いしたいと考えております」
プリンス側の代表者が静かに言った。
「その点については理解しております。しかし、統合後の経営判断をあらかじめ制限することは難しいでしょう」
日産側の回答は変わらなかった。
協議は数時間に及んだ。
しかし、結論は出なかった。
会議室を出たプリンス側の幹部たちは、廊下で足を止めた。
「……難しいな」
1人が呟いた。
「ああ。向こうの言っていることも間違ってはいない」
「しかし、この条件では、我々が守りたいものを守れる保証がない」
「だからといって、独立できる保証もない」
誰も答えなかった。
廊下の窓からは、夕方の東京の街並みが見えていた。
その下を、無数の自動車が行き交っていた。
日本の自動車産業は成長を続けている。
しかし、その成長の中で、すべてのメーカーが生き残れるわけではなかった。
-1965年9月29日 午後4時00分-
東京都千代田区
都内某所 金融機関会議室
秋の気配が感じられるようになった東京。
プリンス自動車の幹部たちは、再び金融機関の会議室を訪れていた。
今回、彼らが持参したのは、前回の指摘を踏まえて修正した経営再建計画であった。
「それでは、改めてご説明いたします」
プリンス側の財務担当役員が資料を開いた。
「今回の計画では、量産乗用車事業の収益性改善を最優先といたしました」
資料には、スカイラインとグロリアを中心とした事業計画が記されていた。
スカイラインについては、小型乗用車市場における販売拡大を目指す。
グロリアについては、上級乗用車としての品質と性能を維持しながら、生産効率の改善を進める。
さらに、部品の共通化や製造工程の見直しによって、原価の削減を図る方針だった。
「開発部門については、どのように考えていますか」
金融機関側の担当者が尋ねた。
「すべての開発計画を従来どおり継続することは困難と判断しております。今後は、量産車の競争力向上に直結する分野を優先いたします」
「具体的には?」
「エンジンの信頼性向上、製造コストの削減、車体の改良、そして将来の新型車開発です」
「モータースポーツ活動については?」
その質問に、プリンス側の担当者は少し間を置いた。
「規模と費用について見直しを行います。ただし、技術開発と企業イメージの向上に一定の効果があると考えております」
金融機関側の担当者は頷いた。
「なるほど。前回よりも現実的な計画になっていますな」
プリンス側の幹部たちは、わずかに表情を緩めた。
「ただし、問題は資金です」
担当者は続けた。
「御社が独立を維持するためには、短期的な資金繰りだけでなく、今後数年間の設備投資と運転資金を確保する必要があります」
「承知しております」
「我々としても、支援を検討する余地はあります。しかし、それには明確な経営改革の実行と、関係金融機関の協調が必要です」
「つまり、単独での支援は難しいということですか」
「そのとおりです」
担当者は資料を閉じた。
「しかし、計画が実行されるのであれば、協議を進める価値はあると考えています」
その言葉は、プリンス側にとって大きな意味を持っていた。
正式な融資決定ではない。
独立が保証されたわけでもない。
それでも、合併以外の道が完全に閉ざされているわけではないことが、初めて明確になったのである。
会議を終えたプリンス側の幹部たちは、建物を出た。
夕暮れの東京には、涼しい風が吹き始めていた。
「……ようやく、少しだけ道が見えてきましたな」
若い幹部が言った。
「ああ。しかし、まだ入口に立っただけだ」
財務担当役員は静かに答えた。
「これからが本当の勝負になる」
-1965年10月15日 午前11時00分-
東京都内
日産自動車・プリンス自動車工業
合併協議会場
秋晴れの東京。
都内の会議室には、日産自動車とプリンス自動車工業の幹部たちが集まっていた。
これまで数か月にわたって続けられてきた合併協議は、いよいよ重大な局面を迎えていた。
机の上には、これまでの協議内容をまとめた資料が置かれている。
両社の間では、生産設備の統合や販売網の再編など、多くの項目について意見が交わされてきた。
しかし、最後まで隔たりが残った問題があった。
技術開発の自主性である。
「それでは、最終的な確認をさせていただきます」
プリンス側の代表者が口を開いた。
「我々としては、合併後もスカイライン、グロリアを中心とする車種の開発体制を維持し、一定の自主性を確保することを希望しております」
日産側の代表者は、静かに頷いた。
「そのご希望については、これまでの協議でも十分に承知しております」
「また、現在進めているR380をはじめとする技術開発計画についても、継続を認めていただきたいと考えております」
「技術開発の重要性については、我々も同じ認識です」
日産側の代表者は、そこで一度言葉を区切った。
「しかし、合併後の経営判断について、特定の部門や車種だけを例外として扱うことはできません」
プリンス側の代表者は、黙って相手の言葉を聞いていた。
「統合後の企業全体として、最も合理的な判断を行う必要があります。研究開発部門の再編についても、同様です」
「つまり、我々の求める自主性について、保証することは難しいということでしょうか」
「現時点では、そのように申し上げざるを得ません」
会議室に沈黙が訪れた。
窓の外から、遠くを走る自動車の音が聞こえてきた。
プリンス側の代表者は、机の上の資料に目を落とした。
そこには、これまで両社が積み重ねてきた協議の内容が記されていた。
合併によって得られる利益は、決して小さくなかった。
日産の生産能力と販売網を活用できれば、プリンスの車をより多くの人々に届けることができる。
経営基盤も安定し、従業員の雇用を守れる可能性は高まる。
しかし、その代償として、プリンス独自の技術開発体制が失われる可能性もあった。
それは、会社の歴史そのものを変える決断だった。
長い沈黙の後、プリンス側の代表者が口を開いた。
「……誠に残念ですが」
出席者たちの視線が集まった。
「現在の条件では、我々は合併に同意することができません」
その言葉が、静かな会議室に響いた。
日産側の代表者は、しばらく黙っていた。
やがて、ゆっくりと頷いた。
「御社のお考えは理解いたしました」
「これまでの協議に対し、深く感謝しております」
「こちらこそ、残念です」
両社の代表者は立ち上がり、握手を交わした。
それは、決して敵対的な別れではなかった。
双方とも、自社の将来を考えた末の判断だった。
しかし、その結果として、両社が歩む道は分かれることになった。
こうして、日産自動車とプリンス自動車工業の合併交渉は、事実上決裂した。
1965年10月15日。
この日、日本の自動車産業の歴史は、本来とは異なる方向へ動き始めたのである。
-1965年10月15日 午後5時40分-
東京都杉並区荻窪
プリンス自動車工業 エンジン開発室
夕方の荻窪事業所では、いつもと変わらない光景が広がっていた。
工場では機械が動き、開発室では技術者たちが設計図を広げていた。
高城修一もまた、試験結果の整理を続けていた。
その時、同僚の技術者が慌ただしく部屋に入ってきた。
「高城さん!」
「どうした。そんなに慌てて」
「日産との話、どうやらなくなったらしいですよ」
高城は手を止めた。
「……何?」
「合併交渉が打ち切られたって話です。まだ正式な発表はありませんけど、上の方から聞いた人がいるらしくて」
高城はしばらく黙っていた。
日産との合併がなくなった。
それは、プリンスが独立企業として存続する可能性が残されたことを意味していた。
しかし、同時に、会社が自らの力で生き残らなければならないことも意味していた。
「本当なのか?」
「詳しいことは分かりません。でも、かなり確かな話らしいです」
高城は机の上の設計図に視線を落とした。
そこには、改良を進めているエンジンの断面図が描かれていた。
ピストン、コンロッド、クランクシャフト。
幾何学的な線で描かれた部品の1つ1つが、彼らの仕事そのものだった。
「……そうか」
高城は小さく呟いた。
「高城さんは、どう思います?」
若い技術者が尋ねた。
「嬉しいですか?」
高城は少し考えた。
「嬉しくないと言えば、嘘になるな」
「ですよね。これでプリンスは残るんでしょう?」
「いや」
高城は首を横に振った。
「まだ何も決まっていない」
「え?」
「合併しないということは、日産の力を借りずに会社を続けるということだ。今の経営状態を考えれば、簡単な話じゃない」
若い技術者は黙り込んだ。
「むしろ、これからの方が厳しくなるかもしれない」
高城は椅子から立ち上がり、窓の外を見た。
夕暮れの工場では、従業員たちが帰宅の準備を始めていた。
彼らの生活は、この会社によって支えられている。
そして、その会社の未来は、まだ何も保証されていなかった。
「高城さん」
「ん?」
「それでも、俺はプリンスの車を作り続けたいです」
高城は振り返った。
若い技術者は、真剣な表情をしていた。
「スカイラインも、グロリアも。いつか、世界中で売れるような車を作りたいんです」
高城は、しばらく彼の顔を見つめた。
そして、小さく笑った。
「……俺も同じだ」
机の上には、前年の日本グランプリで撮影されたスカイラインGTの写真が置かれていた。
あの日、鈴鹿で見せた一瞬の逆転。
それは、決して偶然だけで生まれたものではなかった。
限られた資金と設備の中で、技術者たちが知恵を絞り、努力を積み重ねた結果だった。
プリンスという会社も、同じなのかもしれない。
大企業に比べれば、資金も生産規模も小さい。
しかし、それでも挑戦することはできる。
高城は、試験室の奥に置かれた直列6気筒エンジンを見つめた。
「これからが、本当の勝負だな」
その言葉に、若い技術者は力強く頷いた。
同じ頃、東京都内のプリンス自動車本社では、経営幹部たちが再び会議室に集まっていた。
机の上には、独立再建計画の資料が置かれていた。
日産との合併交渉は決裂した。
しかし、金融機関からの支援は、まだ正式に決定していない。
設備投資の見直し、販売網の再編、開発計画の整理。
会社を存続させるためには、数多くの課題が残されていた。
「……これで、後戻りはできなくなりましたな」
役員の1人が呟いた。
別の役員が答えた。
「いや。まだ後戻りできないと決まったわけではない。だが、我々が選ぼうとしている道が、厳しいことだけは確かだ」
会議室に沈黙が訪れた。
やがて、議長役の役員が静かに口を開いた。
「明日から、再建計画を本格的に進める」
全員の視線が集まった。
「我々には、守らなければならないものがある」
その言葉に、誰も異論を唱えなかった。
1965年10月。
日本の自動車産業は、大きな転換期を迎えていた。
高度経済成長の波に乗り、自動車は人々の生活に欠かせない存在へと変わりつつあった。
トヨタ、日産、そして多くの自動車メーカーが、国内市場と海外市場で激しい競争を繰り広げていた。
その中で、プリンス自動車工業は、独立存続という困難な道を選ぼうとしていた。
本来の歴史では、1966年8月1日、プリンス自動車工業は日産自動車に吸収合併され、その社名は独立した自動車メーカーとしての歴史から姿を消すことになる。
しかし、この世界では違った。
1965年10月15日。
日産との合併交渉が決裂したことで、プリンス自動車工業は、もう1つの未来へと歩み始めた。
もっとも、その道の先に栄光が待っているのか、それとも破滅が待っているのか。
この時点では、誰にも分からなかった。
ただ1つ確かなことがあった。
プリンスの技術者たちは、まだ夢を諦めていなかった。
そして、彼らの挑戦は、ここから本当の意味で始まるのである。
――第2話「決裂への道」完。




