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第1話「岐路に立つプリンス」

第1話 岐路に立つプリンス


-1965年4月8日 午前8時30分-

 日本 東京都杉並区荻窪

 プリンス自動車工業 荻窪事業所


 春の柔らかな日差しが、工場の建物を照らしていた。


 広大な敷地には、機械の駆動音と金属を加工する音が響いている。


 プリンス自動車工業株式会社。


 戦後日本の自動車産業において、独自の技術力によって存在感を示してきた自動車メーカーである。


 その歴史をたどれば、かつての中島飛行機に行き着く。


 戦時中、陸軍の一式戦闘機「隼」をはじめとする数多くの航空機を生み出した中島飛行機は、終戦後、航空機の製造を禁じられた。


 航空機産業を失った技術者たちは、新たな仕事を求めて自動車産業へと進出した。


 その流れの中で生まれた企業の1つが、後のプリンス自動車工業であった。


 もっとも、その道のりは決して平坦ではなかった。


 企業の分離と再編、社名変更、そして富士精密工業との合併。


 複雑な歴史を経て、1961年にプリンス自動車工業という社名が誕生した。


 現在、同社が生産する主力車種は、スカイラインとグロリアである。


 スカイラインは、1957年に初代モデルが登場した小型乗用車であった。


 1963年には2代目となるS50型が発売され、従来よりも実用性を重視した小型セダンへと進化した。


 一方、グロリアは1959年に初代モデルが登場し、1962年には2代目となるS40系へと発展していた。


 特に上級仕様に搭載される直列6気筒エンジンは、プリンスの技術力を象徴する存在となっていた。


 そして、プリンスにはもう1つ、技術者たちが誇りとする車があった。


 スカイラインGTである。


 前年の1964年5月3日。


 三重県の鈴鹿サーキットで開催された第2回日本グランプリ。


 GT-IIクラスに出場したプリンス・スカイラインGTは、ドイツのポルシェ904カレラGTSと激しい戦いを繰り広げた。


 スカイラインGTは、S50型の車体前部を延長し、グロリア用の直列6気筒G7型エンジンを搭載した特別な車であった。


 排気量1,988cc。


 最高出力125馬力を発生するこのエンジンは、もともと上級乗用車のために開発されたものだった。


 しかし、プリンスの技術者たちは、それを小型セダンに搭載するという大胆な方法を選んだ。


 そしてレース本番。


 生沢徹の操るスカイラインGTは、式場壮吉が運転するポルシェ904を一時的に追い抜いた。


 最終的にはポルシェが優勝したものの、国産セダンが本格的なレーシングスポーツカーを先行した光景は、多くの観客の記憶に刻まれた。


 後に「スカイライン伝説」の原点として語り継がれる出来事である。


 その興奮から、まだ1年も経過していなかった。


 しかし、栄光の裏側で、プリンス自動車は深刻な経営問題を抱えていた。


 午前8時30分。


 荻窪事業所のエンジン開発部門では、今日も朝から作業が続けられていた。


「高城さん、昨日の試験結果がまとまりました」


 若い技術者が、書類の束を抱えて声をかけた。


「ありがとう。燃焼室の温度はどうだった?」


「高回転域で少し上がっています。冷却系統を見直した方がいいかもしれません」


「そうか。午後の試験までに確認しておこう」


 そう答えた男は、高城修一。30歳。


 プリンス自動車工業のエンジン開発に携わる技術者であった。


 1935年に生まれた高城は、幼い頃に戦争を経験し、焼け野原となった日本が復興していく姿を見て育った。


 戦後、日本の工業技術が再び世界に認められる日が来ることを夢見て、技術者の道を選んだ。


 そして今、彼はプリンスのエンジン開発に情熱を注いでいた。


 作業台の上には、試験に使用された部品が並べられていた。


 ピストン、バルブ、カムシャフト。


 どれも一見すればただの金属部品である。


 しかし、それらの寸法や形状をわずかに変えるだけで、エンジンの性格は大きく変わる。


 高城にとって、エンジンとは単なる機械ではなかった。


 設計者の思想が、最も明確に現れるものだった。


「しかし、相変わらず忙しいですね」


 若い技術者が苦笑した。


「忙しいのは悪いことじゃない。仕事があるということだからな」


「それはそうですが、もう少し人手が欲しいですよ」


「それは俺も同感だ」


 高城は笑いながら書類を受け取った。


 開発現場では、限られた人員と設備をやりくりしながら、複数の計画が進められていた。


 新型車の開発、既存車の改良、エンジンの性能向上。


 仕事はいくらでもあった。


 しかし、会社が自由に使える資金には限りがある。


 必要な設備をすぐに導入できるわけでもなく、試験機材を複数の部署で共用することも珍しくなかった。


 それでも、技術者たちは工夫を重ねながら開発を続けていた。


 それがプリンスという会社の強さであり、同時に弱さでもあった。



-同日 午後0時15分-         

 日本 東京都杉並区荻窪

 プリンス自動車工業 社員食堂


 正午を少し過ぎた頃、高城は同僚たちと社員食堂に向かった。


 食堂には作業服姿の従業員が集まり、あちこちで仕事や家庭の話が交わされていた。


 その日の話題も、最初はいつもと変わらなかった。


 新しい試験設備のこと、スカイラインの販売状況、休日に出かけた場所。


 しかし、食事が半分ほど進んだところで、同僚の1人が声を落とした。


「そういえば、聞いたか?」


「何を?」


「日産との話だよ」


 その言葉に、高城は箸を止めた。


「合併の噂か」


「ああ。どうも、ただの噂じゃないらしい」


 日産自動車との合併。


 その話は、以前から社内で囁かれていた。


 日本の自動車産業では、国内市場の拡大とともにメーカー間の競争が激しくなっていた。


 トヨタ自動車と日産自動車は、生産規模と販売網を武器に勢力を拡大していた。


 一方、プリンスは優れた技術力を持ちながらも、両社と比較すれば企業規模は小さかった。


 車種を増やせば開発費がかさみ、生産設備を増強すれば借入金が増える。


 技術力だけで競争を続けることには、限界が見え始めていた。


「もし本当に合併したら、俺たちはどうなるんだろうな」


 同僚の1人が呟いた。


「日産の社員になるんじゃないか?」


「そういう話じゃない。俺たちが開発しているエンジンや車はどうなるんだってことだ」


「開発部門が統合される可能性はあるだろうな」


「じゃあ、スカイラインも日産の車になるのか?」


 その言葉に、誰もすぐには答えなかった。


 前年、鈴鹿でポルシェを追い抜いたスカイライン。


 その車を生み出した会社が、別のメーカーに吸収されるかもしれない。


 それは技術者たちにとって、簡単に受け入れられる話ではなかった。


「まだ決まったわけじゃないだろう」


 高城が口を開いた。


「俺たちがここで騒いだところで、どうにかなる話でもない」


「高城さんは平気なんですか?」


「平気なわけがないさ」


 高城は静かに答えた。


「ただ、会社がなくなったら困るのは俺たちだけじゃない。工場で働く人間も、その家族もいる。簡単に反対できる話じゃないんだ」


 食堂の喧騒が、どこか遠くに感じられた。


 誰もがプリンスという会社に誇りを持っていた。


 しかし、その誇りだけで会社を存続させられるわけではないことも、薄々理解していた。


-1965年4月20日 午前10時00分-

東京都内プリンス自動車工業 本社会議室


 会議室の中央には大きな机が置かれ、その周囲に経営幹部たちが座っていた。


 机の上には販売実績、生産計画、設備投資、資金繰りに関する資料が積み重ねられていた。


 窓の外では春の日差しが街路樹を照らしていたが、室内の空気は重かった。


「販売台数は伸びております。しかし、利益の改善は十分ではありません」


 財務担当者が資料をめくりながら説明した。


「新型車の開発費に加え、生産設備への投資も続いています。今後の資金需要を考えれば、現在の経営体制を維持することは容易ではありません」


「銀行側の反応は?」


「追加融資については慎重です。経営基盤の強化を求める声が強まっています」


 出席者の1人が深く息を吐いた。


「結局、日産との合併が最も現実的ということか」


「少なくとも、資金面では有力な選択肢です」


「しかし、合併すればプリンスの独自性はどうなる?」


 別の役員が問いかけた。


「我々は航空機技術を出発点として、自動車を作り続けてきた。技術者たちが築き上げた開発体制を、簡単に手放してよいものだろうか」


「会社が倒れてしまえば、技術も何も残らん」


 反対側の席から厳しい声が上がった。


「我々には従業員とその家族を守る責任がある。技術者の理想だけで経営はできない」


「それは分かっている。しかし、合併以外の道を十分に検討したと言えるのか?」


「では、どこから資金を調達するというのだ?」


 議論はそこで止まった。


 独立を維持するためには、資金が必要だった。


 そして、その資金を安定して確保する方法が見つかっていなかった。


 プリンスは決して技術のない会社ではない。


 むしろ、技術力では国内有数のメーカーだった。


 だが、自動車産業は研究開発だけで成立するものではなかった。


 工場を建設し、設備を導入し、部品を調達し、販売店を整備する。


 新型車を1台世に送り出すためには、膨大な資金と人員が必要になる。


 そして、どれほど優れた車であっても、十分に売れなければ会社の利益にはならない。


「技術では負けていないのですがな……」


 年配の役員が、誰にともなく呟いた。


 その言葉に、明確な返事をする者はいなかった。


-1965年5月12日 午後2時20分-

東京都杉並区荻窪

 プリンス自動車工業 エンジン試験室


 試験室に低い排気音が響き、計器の針が振れた。


 回転数が上昇するにつれ、エンジンの音は鋭さを増していった。


「回転数、上昇します」


「油圧は?」


「正常です」


「冷却水温は?」


「やや高めですが、許容範囲内です」


 高城は計器を見つめながら、記録用紙に数値を書き込んだ。


 試験台に据えられているのは、直列6気筒エンジンであった。


 プリンスはこの時代、G7型をはじめとする直列6気筒エンジンの開発に力を注いでいた。


 G7型は、排気量1,988ccの水冷直列6気筒SOHCエンジンである。


 滑らかな回転特性と高い性能を持ち、グロリアやスカイラインGTに採用されていた。


 しかし、エンジンの性能を高めることは、決して容易ではなかった。


 出力を向上させれば、熱負荷や機械的負担も増大する。


 高回転域での性能を重視すれば、低回転域での扱いやすさや燃費との両立が課題になる。


 量産車に搭載する以上、耐久性や整備性も無視することはできない。


 高城たちが取り組んでいたのは、そうした問題を1つずつ解決していく地道な作業だった。


 試験が終了すると、室内に静けさが戻った。


「悪くないな」


 高城は小さく頷いた。


「ただし、このまま量産できるわけじゃない。耐久性も製造コストも、まだ改善の余地がある」


「性能を上げるだけでは駄目なんですね」


「当然だ。速いエンジンを作るだけなら、方法はいくらでもある。だが、何万台も作って、誰もが安心して乗れるようにするのは別の仕事だ」


 高城は机に広げられた設計図を指差した。


「自動車は研究室の中だけを走るわけじゃない。北海道の冬も走れば、真夏の東京も走る。坂道もあれば、舗装の悪い道もある。そういう場所で壊れずに走ってこそ、本当に優れた車なんだ」


 若い技術者は真剣な表情で頷いた。


 高城自身、かつては最高出力や最高速度こそ技術力の証明だと考えていた。


 しかし、実際に量産車の開発に携わるうちに、その考えは少しずつ変わっていた。


 性能、耐久性、生産性、価格。


 それらを高い水準で両立させることこそ、自動車メーカーに求められる技術だった。


 そして、会社を存続させるためにも、そうした技術が必要になる。


-1965年5月12日 午後6時10分-

東京都杉並区荻窪

 プリンス自動車工業 開発施設


 午後6時を過ぎた頃、高城は作業を終えて開発棟を出た。


 敷地の一角には、試験に使用されたスカイラインが停められていた。


 高城はその車の前で足を止めた。


 直線的な車体、長いボンネット、控えめながら力強いフロントグリル。


 それは、スカイライン2000GTの開発に用いられた試験車両であった。


 前年の日本グランプリで活躍したスカイラインGTは、競技参加を目的とした少数生産車として登場した。


 その成果を受け、1965年2月にはスカイライン2000GTが一般向けに発売されていた。


 中でも高性能仕様の2000GT-Bは、ウェーバー製キャブレターを3基装着したG7型エンジンを搭載し、最高出力125馬力を発生した。


 前輪ディスクブレーキや5速マニュアル変速機など、当時としては高度な装備を備えたスポーツセダンである。


 高城は車体に映る夕日を見つめた。


「まだ残っていたんですか」


 背後から声がした。


 振り返ると、同僚の技術者が立っていた。


「ああ。少し考え事をしていた」


「合併のことですか?」


「……まあな」


 同僚は高城の隣に立ち、スカイラインを見つめた。


「去年の鈴鹿、覚えていますか?」


「忘れるわけがないだろう」


「あの時は、本当に世界に追いつけると思いました」


「今でも追いつけると思っているよ」


「でも、会社がなくなったら……」


 そこで言葉が途切れた。


 高城はしばらく黙っていたが、やがて口を開いた。


「いい車を作れば、必ず売れる。昔はそう思っていた」


「今は違うんですか?」


「それだけじゃ足りないんだろうな」


 高城は車体に映る夕日を見つめた。


「販売店がなければ客は買えない。工場がなければ大量に作れない。金がなければ新しい車も開発できない」


「技術だけでは会社を守れない、ということですか」


「残念だが、そういうことだ」


 遠くで工場の終業を告げる音が響いた。


 従業員たちが次々と門へ向かって歩いていく。


 彼らの多くは、会社が置かれている状況を詳しく知らなかった。


 明日も工場に来て、昨日と同じように働き、月末には給料を受け取る。


 その当たり前の日常が、決して永遠ではないことを、高城は初めて強く意識した。


-1965年6月18日 午前10時00分-

 東京都内

 日産自動車・プリンス自動車工業            

 合弁会議会場


 日産自動車とプリンス自動車の合併に向けた協議は、重要な局面を迎えていた。


 東京都内の会議室には、両社の関係者が向かい合って座っていた。


 机上には、経営統合後の組織体制、生産設備、販売網、研究開発部門などについての資料が並べられていた。


 協議は当初、比較的穏やかに進んでいた。


 生産設備の効率化、販売網の相互活用、部品調達の合理化。


 いずれも企業規模を拡大するうえで重要な課題だった。


 日産自動車は、この時代すでに国内有数の自動車メーカーとして成長していた。


 1959年に登場した初代ブルーバードは、堅実な性能と実用性によって人気を獲得した。


 1963年には2代目となる410型が登場し、トヨタのコロナと激しい販売競争を繰り広げていた。


 また、1960年に登場した初代セドリックは、日産の上級乗用車として市場で存在感を示していた。


 日産にとって、プリンスとの合併は技術力の獲得と事業規模の拡大につながる可能性があった。


 一方、プリンスにとっても、日産の生産能力や販売網は大きな魅力であった。


 しかし、開発体制の扱いについて話が及ぶと、空気が変わった。


「研究開発部門については、統合後に全体の効率を考慮した再編が必要になると考えております」


 日産側の担当者が説明した。


「重複する設備や研究については、整理を進めることになるでしょう」


 プリンス側の出席者が資料から顔を上げた。


「我々のエンジン開発部門についても、再編の対象になるということでしょうか」


「具体的な範囲は今後の検討事項ですが、経営合理化の観点から例外を設けることは難しいと考えています」


「スカイラインやグロリアの開発については?」


「既存車種の継続については、市場性や収益性を踏まえて判断することになるでしょう」


 プリンス側の役員たちは互いに視線を交わした。


 それは経営統合を進めるうえで、決して不自然な説明ではなかった。


 日産にも自社の技術者がおり、自社の工場があり、自社の販売網がある。


 同じ役割を持つ部門をそのまま残せば、合併による合理化の効果は小さくなる。


 しかし、プリンス側にとっては、それこそが最も懸念していた問題だった。


「我々としては、プリンスがこれまで培ってきた技術開発の自主性について、一定の保証を求めたいと考えております」


「その点については理解しております。ただし、統合後の経営判断をあらかじめ制限することは難しいでしょう」


 丁寧な言葉が交わされていた。


 だが、双方の考えには明確な隔たりがあった。


 プリンスは技術の独自性を守りたい。


 日産は統合による経営効率の改善を重視する。


 どちらの主張にも理由があった。


 そして、どちらも簡単に譲ることのできない問題だった。


 協議は結論を持ち越したまま終了した。


 会議室を出たプリンス側の役員の1人が、小さく呟いた。


「このままでは、会社の名前だけでなく、我々の開発体制まで失うことになるかもしれんな」


 隣を歩く役員が答えた。


「しかし、独立を続けるだけの資金がない。そこを解決しない限り、交渉で強く出ることもできん」


「分かっている」


 男は足を止め、廊下の窓から外を眺めた。


「だからこそ、別の道を探さなければならないのかもしれん」


-1965年7月9日 午後1時30分-

 東京都内

 プリンス自動車工業 本社会議室


 梅雨明けを待つ東京には、蒸し暑い日が続いていた。


 プリンス自動車の経営陣は、日産との協議を継続する一方で、独立存続の可能性についても検討を始めていた。


 その日、通常の経営会議とは別に、少人数の幹部による非公式の会合が開かれていた。


 机の中央には、1冊の資料が置かれていた。


 表紙には「経営再建計画試案」と記されている。


「これが、現時点で考えられる独立再建案です」


 資料を作成した担当者が説明を始めた。


「まず、新規設備投資の優先順位を見直します。次に、生産車種の整理と部品共通化を進め、製造原価を引き下げます。販売網についても、採算の悪い地域の体制を見直す必要があります」


 出席者たちは無言で資料に目を通した。


「開発部門については?」


「全面的な縮小は避けるべきだと考えています。ただし、すべての開発計画を従来どおり継続することは困難です」


「つまり、何かを諦めなければならないということか」


「残念ながら」


 担当者は頷いた。


「現在の規模で、あらゆる分野に独自技術を投入することには限界があります。今後は重点分野を明確にする必要があります」


 別の役員が資料をめくった。


「資金調達についてはどうなっている?」


「既存の取引金融機関との協議に加え、新たな出資や長期融資の可能性を探っています」


「見込みはあるのか?」


「現時点では、確約を得られておりません」


 その回答に、室内の空気が重くなった。


 独立再建計画は、紙の上では成立していた。


 しかし、それを実行するための資金がなければ、ただの理想論にすぎない。


「金融機関は、日産との合併を前提に考えているのではないか」


「その傾向はあります」


「ならば、独立再建案を持ち込んでも相手にされんだろう」


「それでも、交渉する価値はあります」


 資料を作成した担当者は、静かに言葉を続けた。


「プリンスには技術があります。スカイラインもグロリアも、一定の市場を持っています。事業そのものに将来性がないわけではありません」


「問題は、その将来性を数字で示せるかどうかだ」


「はい」


 会議室に沈黙が訪れた。


 やがて、年配の役員が資料を閉じた。


「日産との交渉は続ける。ただし、独立再建の可能性についても、最後まで検討する」


 全員の視線が集まった。


「会社を存続させることが第一だ。そのために合併が必要なら、我々はその道を選ばなければならん。しかし、独立して生き残れる道があるのなら、最初から捨てるべきではない」


 誰も異論を唱えなかった。


 こうして、表向きには合併協議が進められる一方で、プリンス自動車の独立存続を目指す動きが、水面下で静かに始まった。


-1965年7月9日 午後6時45分-

 東京都杉並区荻窪

 プリンス自動車工業 開発室


 窓の外はすでに薄暗くなり、工場の建物には照明が灯り始めていた。


 高城修一は、最後の試験記録を整理していた。


 机の上には設計図と試験結果の書類が積まれていた。


 その端に、前年の日本グランプリで撮影された1枚の写真が置かれていた。


 鈴鹿サーキットを走るスカイラインGT。


 その背後には、ポルシェ904の姿が写っている。


 高城は写真を手に取った。


 あの日、サーキットに集まった観客は、国産車が世界の名車に挑む姿に熱狂した。


 プリンスの技術者たちもまた、自分たちの努力が報われたように感じていた。


 しかし、今になって思えば、あの光景はプリンスという会社の姿そのものだったのかもしれない。


 大きな相手に、限られた資金と人員で挑む。


 技術と情熱を武器に、決して諦めずに戦う。


 それは誇らしいことだった。


 だが、レースで一時的に先頭を走ることと、最後まで走り切ることは違う。


 企業経営もまた、同じなのだろう。


「高城さん、まだ帰らないんですか?」


 入口から若い技術者が顔を覗かせた。


「ああ、もう帰るよ」


「最近、遅くまで残っていますね」


「考えることが多くてな」


 高城は写真を机に戻した。


「会社のことですか?」


「まあ、それもある」


 若い技術者は少し迷ったような表情を浮かべた。


「もし日産と合併したら、俺たちは今までどおり車を作れるんでしょうか」


 高城はすぐには答えなかった。


 合併すれば、会社の経営は安定するかもしれない。


 新しい設備を導入できるようになるかもしれない。


 より大きな販売網を通じて、プリンスの技術を多くの人々に届けられるかもしれない。


 それは決して悪い未来ではなかった。


 しかし、同時に、プリンスという会社が築いてきたものの一部が失われる可能性もあった。


「分からないな」


 高城は正直に答えた。


「ただ、どんな会社になっても、俺たちがいい車を作らなければならないことに変わりはない」


「そうですね」


「それに、まだ何も決まっていない」


 高城は立ち上がり、窓の外を見た。


 工場の敷地には、帰宅する従業員たちの姿があった。


 自転車に乗る者、同僚と談笑しながら歩く者、家族への土産を手にする者。


 彼らの生活は、この会社によって支えられていた。


 そして、この会社が生み出す自動車を待っている人々も、全国に存在していた。


「俺は、まだプリンスの車を作りたい」


 高城は小さく呟いた。


「スカイラインも、グロリアも。それに、まだ世の中にないような新しい車もな」


 若い技術者が笑った。


「だったら、明日も頑張らないといけませんね」


「ああ。そうだな」


 2人は照明を消し、開発室を後にした。


 廊下には、まだどこかの試験室から機械の音が響いていた。


 会社の未来が不透明であっても、技術者たちの仕事は止まらない。


 明日もまた、新しい設計図が描かれ、新しい部品が作られ、新しい試験が行われる。


 その積み重ねが、いつか未来を変えると信じて。


-1965年7月16日 午後4時00分-

 東京都千代田区

 都内某所 会議室


 窓の外では、夕立が降り始めていた。


 会議室の机には、プリンス自動車工業の経営再建計画と資金調達に関する資料が置かれていた。


 向かい合って座っているのは、プリンス側の担当者と金融関係者たちであった。


「それで、独立再建の件ですが……」


 金融関係者の1人が口を開いた。


「非常に難しい案件であることは、十分承知しております」


 プリンス側の担当者は頷いた。


「それでも、可能性があるのなら検討していただきたいのです」


「日産との合併を見送るということになれば、相応の覚悟が必要になりますよ」


「分かっています」


 担当者は資料を差し出した。


「ですが、我々には、まだ守るべきものがあります」


 金融関係者は黙って資料を受け取った。


 表紙には「プリンス自動車工業 経営再建計画試案」と記されていた。


 資料をめくる音が、静かな会議室に響いた。


 数分後、金融関係者の1人が口を開いた。


「……なるほど。少なくとも、検討する価値はありそうですな」


 プリンス側の担当者は、思わず顔を上げた。


「ただし、条件があります」


「条件、ですか?」


「現状の経営体制のままでは、融資は難しいでしょう。販売網の再編、設備投資の見直し、そして経営責任の明確化。これらを実行できるという保証が必要です」


「承知しております」


「それに、日産との交渉がどうなるかも重要です。正式な合併方針が決まる前に、独立再建の道筋を示さなければなりません」


 担当者は静かに頷いた。


 容易な条件ではなかった。


 しかし、完全に門前払いされたわけでもなかった。


 その事実は、彼にとって大きな意味を持っていた。


 窓の外では、雨脚が次第に弱まり始めていた。


 厚い雲の切れ間から、わずかに夕日が差し込んでいる。


 1965年。


 日本の自動車産業は、大きな転換期を迎えていた。


 高度経済成長の波に乗り、自動車は一部の富裕層だけのものから、一般家庭にも手が届く存在へと変わりつつあった。


 これからの時代、自動車メーカーに求められるものは、優れた技術だけではない。


 大量生産を可能にする設備、全国に広がる販売網、そして莫大な開発資金。


 企業の規模そのものが、競争力を左右する時代が訪れようとしていた。


 その中で、プリンス自動車工業は決断を迫られていた。


 大企業との合併によって安定を手に入れるのか。


 それとも、困難を承知のうえで独立の道を歩み続けるのか。


 本来の歴史において、プリンス自動車工業は翌1966年8月1日、日産自動車との合併によって独立企業としての歴史に幕を下ろすことになる。


 しかし、この世界では、その結末はまだ決まっていなかった。


 技術者たちの誇り。


 経営陣の苦悩。


 そして、会社の存続を願う人々の思い。


 それらが交錯する中で、歴史は静かに、本来とは異なる方向へ動き始めていた。


 後に日本の自動車産業を大きく変えることになる、1つの決断。


 その始まりは、まだ誰にも知られていなかった。


 ――プリンスの物語は、ここから始まる。

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