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第二話「先輩、久しぶりだね」


 その日も任務を終えたミシェルは、

大学帰りのルシエルを自宅まで送り届けていた。


 最近ではそれがすっかり日課になっている。


 夜道の護衛という名目はあるものの、

本人たちにとってはただ一緒に帰るのが当たり前になっていた。


 ルシエルの屋敷へ到着すると、

ちょうど彼女の父であるカーライルと、

双子の兄ルーシーが帰宅したところだった。


「そうだ、ミシェル君」


 ジャケットを脱ぎ、代わりにエプロン姿になったカーライルが穏やかに笑う。


「夕食を食べていきませんか? 

今日はビーフシチューなんですよ」


「いいんですか!?」


 ミシェルの顔がぱっと明るくなる。


「やった! 博士の作ったビーフシチュー、

めちゃくちゃ美味いからな!」


 その言葉にカーライルは嬉しそうに目を細めた。


 やがて四人で食卓を囲む。


 温かな灯り、湯気を立てるシチュー、

今日一日の他愛ない会話。


 どこにでもあるような夕食の時間。


 けれどミシェルにとって、それは少し特別な時間だった。


 家族の団欒というものを、12年前に失った彼には……


 だからこそ、この場所はいつも心地良かった。


 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


 夕食後帰宅する前に、

ミシェルはルシエルの部屋へ立ち寄った。


 淡い紫とピンクを基調とした上品な内装。

整然と並ぶ本棚、存在感のある白いピアノ。


 柔らかな光を落とす間接照明。

誰が見ても、お嬢様の部屋だった。


「……改めて思うけどさ」


 ミシェルは部屋を見回しながら呟く。


「お前ん家、やっぱすげぇよな」


「まあ…そうかもね」


 ルシエルは小さく微笑んだ。


窓の外では夜風がレースのカーテンを揺らしている。


 ふと彼女は夜空へ視線を向けた。


「……バルコニー、出る?」


「ん?」


「今日は星が綺麗だから」


 そう言われて二人でバルコニーへ出る。


 見上げた先には、満天の星空が広がっていた。


「おお〜……」


 思わず感嘆の声が漏れる。


「星、きれー……」


「ふふっ。そうだね」


 二人は並んで手すりにもたれた。

風が吹いて、星が瞬く。


 見上げる二人に言葉はない。

それでも不思議と心地よい時間だった。


「……なあ」


 空を見上げたままミシェルが口を開く。


「こういうの、やっぱいいよな」


「うん?」


「みんなで飯食ってさ、こうやってお前の部屋で、星見ながらぼーっとして」


 ルシエルは静かに頷く。


「……うん」


 その声はどこか嬉しそうだった。


「……ねえ、ミシェル」


「ん?」


 ルシエルが何かを言いかける。


「もし――」


 しかし言葉を続けなかった。

夜風が吹き抜け、星色に光る金の髪を揺らす。


「……ううん、なんでもない」


彼女は小さく首を振り、その先の言葉を飲み込んでしまった。


「なんだよ、気になるだろ」


 ミシェルが軽く笑う。


 そんな彼の笑顔に、

ルシエルはほんの少しだけ彼に近づいた。


 その指先が。一瞬だけ、彼の袖へ伸びる。


 けれど触れる前に止まった。


 星だけが静かに瞬いている。


「……帰り道、気をつけてね」


「ははっ、なんだそれ?子供じゃねぇって」


 そう言って室内へ戻ろうとした時だった。


「ミシェル」


 呼び止められて振り返る、

ルシエルは少しだけ迷ってから言った。


「……また、来てね」


 ミシェルは当たり前のように笑う。


「ああ」


「明日も会いに来るよ」


 その言葉にルシエルは、

また嬉しそうに微笑んだ。



 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


 第七星船 《リブラ・セフィル》。


 セレスティアル・オーダー本部ロビー。


「おおーーーーい!」


 ロビー中に響く大声。


「リュカぁー! ミシェルぅー! ルーシーぃー!」


 振り向けば、体格の良い茶髪の青年が、

手を大きくぶんぶん振っていた。


「こっちだぞおお〜!!」


「わかったからうるせーな!

周りの人びっくりしてんの気づけ!」


 ミシェルが即座に突っ込む。


「相変わらず声でけぇなジーク!」


「しかもお前が手振ってると熊みてぇなんだよ!」


「ちょっとミシェル!」


 リュカが眉をひそめる。


「ジーク先輩に熊だなんて!まったく君はいつもいつも」


「ハッハッハッハァ!」


 ジークは豪快に笑った。


「いいんだいいんだ! 俺は声も体も懐もでかい熊さんだからなぁ!」


 昔と変わらない屈託のない笑い顔。

その姿に三人も自然と笑みを浮かべた。


 かつてブルーアゲートが六人だった頃。

ジークは彼らの仲間だった。


 現在は情報開発部へ異動し、

ジャーナリストのような活動をしている。


 それでも定期的にこうして集まっては、

互いの近況を報告し合っていた。



 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


レストランエリアに着いた四人は、

それぞれ好みの料理を注文し談笑しながら食事をする。


「さ、せっかく久しぶりにお前たちと会えたんだ。

何でも好きな物を食え食え!」


「 お兄ちゃんが、なんでも奢ってやるからなあ〜♪」


「テンションたか」


「しっかしジーク忙しそうだな。

俺達とつるんでた時よりずっと走り回ってるぜ」


「ハッハッハぁ、確かになあ」


ラーメンを美味しそうに啜るジーク。


「 " 情報開発部 " は、あらゆる情報を

いの一番に仕入れて、正しく公表するのが

仕事だからなあ」


「おかげで5キロも痩せたぜぇ」


すると、ミシェルを見ていたジークがにやりと笑った。


「そういやミシェル〜。お姫とはどうなった?

やっと付き合えたか?」


「なっ…!」


お姫とは、仲間内で話すルシエルのことだ。

急にルシエルの話が出て顔を真っ赤に染める。


「いや?お互いそんな素振りはないな」


ルーシーが代わりにさらっと答えた。


「なんだぁ、まだ付き合ってないのかぁ。

もう二年くらい経つのにー」


「うっうるせーな!どいつもこいつも」


からかわれていると感じ立腹するミシェルだが。


「無理して付き合わなくていいよ。

幼なじみって言ったって、ただの友だちでしょ?」


「ルシエルさんと付き合いたい男は、

他にもいるからね」


「あん?」


リュカが鼻で笑い、ミシェルが彼を睨んだ。


「ふふ…さて、どちらがおれの義弟となるのか、楽しみだよ」


ルーシーも不敵に笑っていた。


「勝手にあれこれ言いやがって!」


「そーいうお前はどうなんだよジーク!

確か、二年前に付き合ったってゆう彼女がいるんだろ!」


「俺か?俺は順調だぞ〜!

そろそろ結婚しようかと考えていてな♪」


「マジか!!」


「わあ!それはおめでとうございます、

ジーク先輩!」


「ハッハッハッ!気が早いぞリュカぁ!

でももし、結婚式をやるとしたらお前らももちろん招待するからな!」


楽しそうに笑う三人を眺めていたルーシー。


「……それでジーク」


 デザートのアイスを口に運びながら、

ルーシーが静かに言う。


「何をもったいぶっているんだい?」


おれらに見せたいものがあるんだろう?」


 その瞬間、ジークの笑みがなくなる。


 数秒の沈黙……

そして彼は決意したように口を開いた。


「……見つけたぞ」


 重い声だった。


「あの時の"アレ"を」


 空気が凍る。


 ミシェルとリュカの表情が変わった。


「……ッ!」


 ジークは続ける。


「見つけたはいいが……」


「これを見たら、もう後戻りはできないだろうな」


 リュカが息を呑む。

だがミシェルは即座に言い返した。


「後戻りなんか」


 拳を握る。


「とっくの昔にできねぇんだよ」


「だから見せろ」


「一人で抱え込んでんじゃねぇ!」


 その言葉にジークは、

どこか安心したように苦笑した。


「……頼もしくなったな」


 そして端末を操作する。


「じゃあいくぞ、これを見てくれ」


 映し出された監視映像。


 場所は立入禁止区域。


 そこに立つ人影。


 しかしそれは人間ではなかった。


 輪郭が崩れ、肩から触手が伸び。

下半身は霧となって地面へ溶けている。


「ネブラ……」


 リュカが呟く。


「これが、あの時の……」


 さらに映像が再生される。


 ネブラが歩く。


 そして、止まった。


 ゆっくりと、こちらを向く。


 三秒後――


 その顔を見た瞬間。


 ミシェルの全身から血の気が引いた。


「……は?」


 リュカも震えていた。


「そんな……」


「こんなことって……」


 ジークは苦しそうに唇を噛む。


「…見ての通りだ」


 次の瞬間。


 ガタンッ!!


 ミシェルが立ち上がった。


「ふざけんな……」


 怒りで肩が震える。


「ふざけんなッ!!」


 ダンッ!!


 拳がテーブルを叩く。


 店内の視線が一斉に集まった。


「落ち着いてミシェル!」


 リュカが慌てて肩を押さえる。

だが彼自身も顔面蒼白だった。


「こんなの……」


 ミシェルは歯を食いしばる。


「許さねぇ……」


 拳を握る。


「絶対に許さねぇ……ッ!!」


 画面には静止したネブラの姿。


 その横顔は…


 確かに記憶の中の "彼" に似ていた。


 だが、

決して同じではなかった。


 まるで何者かに歪められ、

冒涜されたかのように――。

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