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第一話「きみの隣、モニターの音」


 セレスフィア――。


 それは宇宙を漂う十二隻の巨大星船群。


 人類が辿り着いた最後の方舟であり、星々を巡りながら新たな未来を探し続ける居住艦隊だ。


 人々はこの世界で、《エーテル》という星の光から得たエネルギーを使役しながら、

祈り、愛し、穏やかに暮らしていた。


 しかし、その平穏を脅かす存在がいる。


 黒く蠢く人類の敵 《イーター》。

突如として現れ、人々を襲い、エーテルを喰らう怪物。


 セレスフィアの人類は、その脅威と常に戦い続けていた。


 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


 第七星船 《リブラ・セフィル》。


 このリブラ・セフィルには、

セレスフィア統一政府 《星祈庁》直属の、

騎士団組織 《セレスティアル・オーダー》の本部があった。


 通称、《星騎士》。


 広大なロビーには、様々な色の戦闘服を纏った騎士たちが行き交っている。


 その中でひときわ目立つ青年がいた。


 鮮やかな金髪、翡翠色の瞳。

小柄で中性的な容姿。


 ミハエル・ナイト。


 仲間たちからは『ミシェル』と呼ばれている。


「次の任務は…惑星オルテスの探索調査だな」


 端末を眺めながら呟くと、隣に立つ赤紫色の髪の青年が肩をすくめた。


「探索任務かぁ。どうする? 二人で行く?」


 彼はリュカ・アルヴェイン。


 同じパーティー 《ブルーアゲート》に所属する、リーダーであり相棒だ。


「俺らだけで十分だろ」


 ミシェルは鼻を鳴らした。


「“アイツ”はどうせ戦闘しか興味ねぇし」


「あはは、違いないね」


 二人は顔を見合わせ、呆れたように小さく笑った。


 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


 惑星オルテスは、まだ人類の手がほとんど入っていない未開惑星だった。


 降下した小型戦闘艇のハッチが開く。


 目の前に広がるのはどこまでも続く深い緑。


 見たこともない植物、透き通る水源、未知の鉱石。


 調査員としての好奇心を刺激するものばかりだ。


「この鉱石、結構純度高そうだな」


「帰ったら研究部が喜びそう」


 採取作業は順調だった。


 だが――


 不意に森の奥から低いうなり声が響く。


「……っ!」


 次の瞬間、巨大な生物が茂みを突き破って飛び出した。


「上からだ! ミシェル!」


「分かってるって!」


 ミシェルは即座に武器を展開する。


 剣としても銃としても使える可変武装を構え、地面を蹴った。


「おらぁぁぁっ!」


 一閃。


 さらに空中で銃形態へ変形し連続射撃。


 轟音と共に獣が、地面へ崩れ落ちた。


 土煙が勢いよく舞う。


「…よし」


 ミシェルはしゃがみ込み、慣れた手つきで体毛を採取した。


「ついでにこいつもサンプル追加っと」


「さすが、仕事が早いね」


「あはは。基本だろ、基本」


 ミシェルは軽く笑う。


「今日はこんなもんで十分だろ。帰って提出しようぜ」


 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


 その日の任務は無事終了した。


 だが、ミシェルは帰還してから何度も時計を気にしていた。


「…さっきからちらちらと。何か予定でもあるのかい?」


 リュカが呆れたように尋ねる。


「べ、別に?」


 意味ありげに否定する。


 しかし、提出の手続きが終わった途端。


「よしっ!今日の仕事は終わったな!」


 晴れ晴れとした顔で手を一回叩いた。


「じゃ、俺このあと用あるから! おつー!」


「あっ、ちょっと――」


 リュカの声を置き去りにして、ミシェルは全力で走り去った。


 その背中を見送りながら、リュカは苦笑する。


「まったく、本当に分かりやすいなぁ」


 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


 足早に辿り着いた場所は、

星立オラクル大学の校門前。


 夕暮れの橙色が石畳を染める中、ミシェルは校門の近くをうろうろしていた。


 腕を組み、何食わぬ顔を装っているが、その視線は数秒おきに校舎へ向いている。


(よし、今来たって感じで……)


 ちらっ。


(自然に、自然に……)


 きょろきょろ。


(待ってたわけじゃないぞ俺は。たまたま通りかかっただけだ。うん)


 誰に言い訳しているのか、自分でも分からない。


 そんな努力を続けていた時だった。


 校舎の奥から、一人の少女が姿を現す。


 淡い金色の長い髪。

毛先にはアイリス色のグラデーション。


 夕陽を受けて輝くその姿は、まるで物語に出てくる女神のようだった。


 ミシェルの顔がぱっと明るくなる。


「おっ! ルシエルー!」


 勢いよく手を振る。


 ルシエルはその声に気づき、ゆっくりとこちらへ歩いてきた。


「……ミシェル」


 少し眠たそうな瞳が彼を見る。


「また迎えに来たの? 任務は?」


「い、いや?」


 ミシェルは思わず目を逸らした。


「別に迎えってわけじゃねーし? たまたまだって! たまたま任務終わりで、そこのカフェに……」


「ふうん……」


 怪訝な眼差しだった。


「私の家、君の寮と反対方向なのに?」


「うっ」


 痛いところを突かれて思わず目を逸らす。


「わざわざ?」


 ルシエルは小さく首を傾げながら追随する。


「こ、細けぇことは気にするな!」


 いたたまれなくなって、耳まで赤くなりながら叫んだ。


「せっかくだし、今日も送ってくよ!」


「また、家に来るの?」


「またって何だよ」


「昨日も来た」


「…別にいいだろ」


必死に照れ隠しする彼を、

ルシエルは数秒じっと見つめた。


「……ふふ」


 その様子があまりにいつも通りの彼で、

口に手を当てながら小さく笑う。


 その笑顔だけで、ミシェルは今日の疲れが全部吹き飛ぶ気がした。


 こうして二人は並んで歩き始める。


 まるでそれが当然であるかのように。


 幼い頃から、ずっとそうしてきたように。


 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


 カーライル邸。


 セレスフィアでも有数の名家の子息が所有する巨大な屋敷である。


 門をくぐり、薔薇園を通り、広いエントランスを抜けた瞬間。


「んぅ……」


 ルシエルはリビングのソファへ倒れ込んだ。


「ねむい……」


「お疲れー」


 気が抜けた幼なじみの姿にミシェルは思わず微笑む。


 大学の講義に研究課題。

さらに彼女は学内でも優秀な成績を維持している。


 疲れていて当然だった。


「ほい」


 ミシェルは紙袋を持ち上げた。


「差し入れ」


 ルシエルの瞳が少しだけ輝く。


「……なに?」


「ドーナッツ」


「食べる」


 即答だった。


「だろ?」


 ミシェルも満足そうに笑う。


「茶も淹れるから待ってろ」


 もはや自宅のような手際でキッチンへ向かう。


 紅茶の香りが部屋に広がる。


 ほどなくして、テーブルの上にはドーナッツとティーカップ。


 窓の外では夕陽が沈み始めていた。


「……美味しい」


「そりゃ良かった」


 その一言だけで、ミシェルは嬉しくなってしまう。


 それを見て彼女も微笑ましそうに笑う。


それだけで十分だった。


 おやつを食べ終えた二人は、並んでソファへ座っていた。


 テレビでは天気予報が流れている。

明日の人工気象の安定について説明していた。


 けれど二人とも内容はほとんど聞いていない。

会話もなく、沈黙だけが続く。


 特に何もしない、そんな時間が、

不思議と居心地が良かった。


 ミシェルはそっと隣を見る。


 ルシエルが近い、すぐ隣だ。

 手を伸ばせば届く距離。


 あと少し。

 本当にあと少しだけ。


 指先が動く。


 しかし――。


(いや、いやいやいや!)


 途中で止め、慌てて手を引っ込める。


(迷うくらいならダメだ! 意気地なしすぎる!)


 心の中で自分を殴りたい気分だった。


 そんな葛藤が顔に出ていたのだろう。

隣から小さな笑い声が聞こえた。


「……ふふ」


 ルシエルだった。


 彼女はテレビを見たまま。

けれど確かに笑っていた。


 まるで全部気づいているみたいに。


 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


 その時だった。


 部屋中に警報音が響き渡る。

穏やかな空気が一瞬で消し飛んだ。


『緊急警報発令』


『第八星船スコルピア外郭にてイーターの出現を確認』


『第七・第十星船所属星騎士は直ちに出動せよ』


 ミシェルの表情が切り替わる。


 先ほどまでの幼なじみの顔ではなく、星騎士の顔だった。


「…んじゃ、行ってくるわ!」


「うん」


 ルシエルも立ち上がり、玄関まで見送りに来てくれた。


 扉の前、彼女は静かに言った。


「必ず、帰ってきてね…」


 その言葉に、ミシェルは笑いながら、力強く頷いた。


「ああ」


「終わったらすぐ連絡するからな!」


 そう言い残し、彼は駆け出していく。


 ルシエルはその背中が見えなくなるまで、ずっと見送っていた。


 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


 第八星船 《スコルピア》外郭エリア。


 到着したミシェルはリュカと合流する。

周囲では既に星騎士たちが交戦を始めていた。


 ミシェルは辺りを見回す。


「で? アイツは?」


「まだ来てないみたい」


「はぁ!? またかよ!

ほんっと自由人だなアイツ!」


 その瞬間。


『イーター掃討作戦、開始』


 号令が響いた。

闇の中から無数のイーターが押し寄せる。


「仕方ねぇ!」


 武器の銃剣を肩に担ぎながら叫んだ。


「一人いねーけど、ブルーアゲート出撃だ!」


「はは、相変わらずだねぇ」


 リュカが苦笑しながらロングソードを構えた。


 剣戟、銃声、爆発音。


 戦場が一気に熱を帯びた。


「市街地には行かせない!」


 ミシェルが駆ける。


「ここで止めるぞ!」


 リュカが剣術の他に魔法で援護を行う。


 二人は息の合った連携で敵を倒していった。


 だが。


「ミシェル!」


 リュカが叫ぶ。


「ネブラだ!」


 現れたのは四メートル級の巨大個体。

通常のイーターとは比較にならない脅威。


「ちっ……!」


 ミシェルの剣が弾かれる。


「やっぱ硬ぇな……!」


 巨体に押し返される。


 次の瞬間。


 空が裂けたかと思えば、

巨大なネブラが真っ二つになっていた。


 圧倒的な斬撃。


 黒い泥状の返り血が雨のように降り注ぐ。


「うわっ!?」


「わっ!?」


 黒泥まみれになるミシェルとリュカ。


 その中心に立っていたのは、

淡い金の髪を揺らす、一人の青年だった。


「ふ……大丈夫か、二人とも」


 ルーシー。


 ブルーアゲート最強の剣士。


 そして最大の問題児である。


「遅ぇんだよルーシー!!」


 ミシェルが即座に叫んだ。


「通常任務は押しつけるくせに、こういう時だけ美味しいところ持ってくな!」


「ははは」


 ルーシーは悪びれもなく笑う。


おれは破壊しか能がないのでな」


「開き直んな!!」


「ははは!まったくルーシーったら」


 リュカは思わず吹き出した。


 今日もブルーアゲートは平常運転だった。


 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


 ネブラを失ったイーターたちは撤退を開始する。


『作戦成功。各員帰還せよ』


 安堵の空気が広がった。


「お疲れ!」


「今回は楽勝だったな!」


 そう言った瞬間、

ミシェルは即座に通信端末を取り出した。


「もしもーし! ルシエル?」


 ルシエルへ即発信。

戦闘終了から数秒のことである。


『……無事?』


 端末に映し出された彼女にミシェルは笑った。


「余裕余裕!」


 親指を立てる。


「今回マジ楽勝!」


「いや、こんな戦場で電話するなって」


 リュカが呆れる。

ルーシーも苦笑した。


「君は本当に変わらんな、ミシェル」


 星々の光が輝く夜空の下、彼らは帰路につく。


 まだ誰も知らない。

これから始まる運命の戦いを。


 そして、この穏やかな日常が

どれほど尊いものだったのかを――

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