表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
徒然っっっw 草生える 〜隠居したギャル男ケンコー、終末京都で人生バズらせます〜  作者: 五平


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

6/13

第六話:名声なんてゴミ箱へ

 都のざわめきが、湿った夜風に混じって双岡まで流れてくる。

 庭の隅では、湿った落ち葉がいぶり、白く重たい煙が這うようにして庵へと流れ込んでいた。目にしみるような、焦げ臭い秋の匂いだ。


 そんな静寂を、絶望に満ちた足音が踏みにじる。


「ケンコーさん……俺、もう人前に出られねえっす……」


 現れた信基は、懐からくしゃくしゃになった一通のふみを取り出した。そこには用件らしい用件はほとんどなく、端の方に小さく「本殿を人に尋ねし君へ」とだけ記されている。

 たぶん、宮中の連中の間で笑い草として回し読みされたのだろう。紙の角が何人もの指で触られたらしく、黒ずんで毛羽立っている。信基はその汚れを、何度も爪でこすり取ろうとした形跡があった。


「なんだ、その死に体は。せっかく『本質を突く行動』を選んだのに、今度は誰の視線に殴られたんだ?」


「……世間っすよ。俺が石清水で恥をかいたって噂、都中に広まってて。『信基は作法も知らない教養の欠片もない男だ』って。みんな俺を笑ってる。俺が歩くと、背中のあたりが冷たくなるのがわかるんす……」


 信基は縁側に崩れ落ち、泥のついた袖で顔を覆った。

 ちょうどその時、風向きが変わった。焚き火の白い煙が、信基の顔を直撃する。彼は激しくむせ込み、涙目をしながら必死に手で煙を払った。


「ほらな、信基。評判ってのは、だいたいこれだ。風に吹かれる煙と同じなんだよ。掴もうとした瞬間に指の間をすり抜けるし、お前の本体とは一ミリも関係ねーんだわ。」


「……でも、目にしみるじゃないっすか。匂いも消えないし!」


「目にしみるのは、お前がその煙を直視して、自分の『顔』だと思い込んでるからだ。さあ、連想ゲームを加速させるぞ」


 俺は、欠けた猪口に酒を注いだ。


「世の中にはな、死んだ後の評判まで気にして、生きてる間ずっと『徳がある立派な人間』のコスプレをしてるヤツが山ほどいる。だけどな、そういうヤツに限って、誰も見てないところじゃ草履の揃え方ひとつ雑なんだよ。死んだ後に『あの人は立派だった』ってエゴサするために、生きてる間ずっと息を殺す……それ、生前から半分死んでるのと何が違うんだよ」


 俺は庭を指差した。


「お前が死んで、肉体が腐って、骨すら粉になった後で、誰かが『あいつはバカだった』と言ったとして、それがお前に何のデメリットがあるんだ? 他人の評価を気にするってのはな、自分の人生のハンドルを他人に握らせてるのと同じなんだよ。 自分の価値を他人の口に預けるなんて、世界で一番安い生き方だぜ」


 都の方角で、誰かが奏でる笛の音が、かすかに、でも鋭く夜を刺す。


「いいか、信基。名声を追っかけてるヤツは、名声という檻の中に閉じ込められてる。お前はせっかくその檻から叩き出されたんだ。これ以上自由なことはねーだろ? 誰にも期待されてない、誰にも評価されてない。その『どん底』からしか、本物の言葉は生まれないんだわ」


 信基は、自分の袖の泥を見た。いつもなら慌てて隠すはずの汚れを、今日はしばらく、そのまま黙って眺めていた。


「……これ、洗えば落ちますよね」


「落ちるものを、人生の終わりみたいに抱えるな。名声も、泥も、煙の匂いもな」


 信基は、くしゃくしゃになった文を、焚き火の中に放り込んだ。

 紙は一瞬で火に包まれ、黒い灰となって夜風に舞った。


「……俺、笑われるのが怖くて、ずっと『正解』の自分を演じてました。でも、檻の中に自分を閉じ込めてたのは、俺自身だったんすね」


「おう。やっと気づいたか。他人の目は、お前を縛る鎖じゃねえ。お前を映す、精度の悪い鏡に過ぎないんだ。そんなもん、今すぐ叩き割ってこい」


 信基の笑い声が、夜の静寂に響いた。

 その声は、これまでで一番大きく、そして軽やかだった。


 信基はまだ、何者にもなれていない。

 名声を脱ぎ、正解を脱ぎ、見栄を脱ぎ、残ったのは、みっともないけれど熱い自分自身だけだ。

 だが、そこからしか、本当の人間は始まらない。


 夜は深い。

 だが、評判という煙が晴れた後の視界は、驚くほどクリアだった。

 

「……さて。第一段階は突破だな。次は、その軽くなったマインドで、どうやって『孤独』を楽しむかを教えてやるよ。……の前に、その袖、早く洗ってこい。見てるこっちが痒くなるわ」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ