表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
徒然っっっw 草生える 〜隠居したギャル男ケンコー、終末京都で人生バズらせます〜  作者: 五平


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

5/14

第五話:仁和寺の法師、大暴走

 都の北、仁和寺のあたりから響く鐘の音が、湿った風に乗って双岡まで届く。

 今日の俺は、溜まりに溜まった書き損じの紙を整理しながら、冷めた茶を啜っていた。墨の匂いと古い紙の埃が混じった、隠居らしい静かな時間だ。


 だが、その静寂は、竹藪を荒々しく分ける足音によって破壊される。


「ケンコーさん! 見てください、この『鉄壁』の布陣を!」


 乗り込んできた信基は、背負った風呂敷包みを畳にドサリと置いた。パンパンに膨らんだそれは、重たい音を立てて砂埃を上げる。

 信基の手は、墨の汚れで真っ黒だ。


「……なんだ、その夜逃げみたいな荷物は。あと、手が真っ黒だぞ。またろくでもないものを書き殴ってたのか」


「これですよ、これ!」


 信基は鼻息も荒く、風呂敷から数巻の分厚い書き付けを取り出した。

 そこには、どこかの寺社の境内図が細かく写され、各地点での「想定される会話」「最適な表情」「想定されるトラブルへの対処法」が、狂気を感じるほどの密度で書き込まれている。


「……お前、これ全部自分で書いたのか?」


「当たり前じゃないっすか。もう感情に任せて叫んだりしませんよ。相手の好みを分析し、天候、混雑状況、すべてを計算に入れました。このマニュアル通りに進めば、俺たちの参拝は完璧。失敗の入り込む隙なんて、一ミリもありません!」


 信基は、自分の指の汚れを誇らしげに見つめている。

 俺は、その真っ黒な指と、文字で埋め尽くされた紙を見つめ、深く溜息をついた。


「いいか、信基。お前はまた、別の落とし穴にフルスロットルで突っ込んでるわ」


「えっ、なんでっすか!? 準備を徹底しろって……」


「『準備すること』に必死になりすぎて、本質を見失うヤツ……これが一番ダサいんだわ。 さあ、連想ゲームを加速させるぞ。仁和寺の法師の話、知ってるか?」


 俺は、信基が必死に書き上げた「完璧な地図」の端っこを、指で弾いた。


「昔な、そこにある法師が『一生に一度は石清水いわしみずにお参りしたい』って思い立ったんだ。そいつは真面目だったから、しっかり計画を立てて、一人で山を登り始めた。ふもとの極楽寺や高良こうらを参拝して、『ああ、これが憧れの石清水か、マジ感動!』って満足して帰ってきちゃったんだわ」


「……え、それの何がダメなんすか? ちゃんと参拝したじゃないっすか」


「お前はこれだから情弱なんだよ。そいつ、ふもとの社だけ見て、山の上にある『本殿』をスルーして帰ってきたんだよ。 周りのヤツらが山の上に登っていくのを見て、『なんか上にも道があるっぽいけど、俺の計画マニュアルには書いてないし、これでいいや』って勝手に自己完結しちゃったんだわ」


 信基の視線が、自分の書き付けに落ちた。

 そこには、彼が必死に調べた「ふもとの情報」が完璧に記されている。だが、その先の「未知の領域」については、一行も触れられていない。


「……本殿に、行ってない?」


「そう。マニュアルを信じすぎるヤツは、目の前にある『本物のチャンス』を見逃すんだ。 『ここが目的地だ』って思い込みすぎると、そのすぐ先にある一番大事な景色に気づかない。お前のその分厚い計画書も同じだ。相手の顔色を見ずに、自分の書いた台本をなぞることに必死になって、肝心の『相手の心』を置いてきぼりにするんだろ? それ、ただの自己満足なんだよ」


 外では、風に吹かれた竹林がザーッと騒がしく鳴り、庵を揺らしている。竹の葉が擦れる音が、まるで誰かの嘲笑のように聞こえる。


「いいか、信基。本当に賢いヤツはな、自分一人の『準備』なんてたかが知れてるってことを知ってるんだ。 だから、少しでも迷ったら、そのへんのヤツに『上には何があるんすか?』って聞けるプライドの低さを持ってる。仁和寺の法師が、たった一言『これ、上まで行かなくていいんすか?』って誰かに聞けてれば、一生の恥をかかずに済んだんだよ」


 信基は、墨で汚れた自分の手を見つめた。

 必死に書き溜めた知識が、急にただの「汚れ」に見えてきたのか、彼はその手を力なく握りしめた。


「……俺、失敗するのが怖くて。全部自分で決めなきゃ、正解を持ってなきゃ、相手に愛想尽かされると思ってました。人に聞くなんて、弱さを見せることだと思ってて……」


「逆だよ、信基。『自分は何も知らない』ってことを認められるヤツが、一番レベチな情報に辿り着けるんだ。 準備に殺されるな。準備は、想定外を楽しむための『心の余裕』を作るためにあるんだ。お前がやるべきなのは、完璧な台本を作ることじゃねえ。相手と一緒に、まだ見たことのない『本殿』を探しに行くくらいの、ゆとりを持つことなんだよ」


 信基は、ゆっくりと書き付けを風呂敷に戻した。

 その顔から、無理に張り付いていた武装が消え、代わりに少しだけ柔らかい、頼りなげな「隙」が生まれていた。


「……俺、ちょっと聞いてみます。あの人に、『どこに行きたいですか』って。俺の地図には、まだ上がないから、教えてほしいって」


「おう、それでいい。迷ったら聞け。恥をかけ。それが、最短ルートで本質に辿り着くための、究極のハックなんだからな」


 俺は、冷めた茶を飲み干した。

 茶葉の苦みが、喉の奥に心地よく残る。

 

 準備マニュアルは、世界を切り取るための定規に過ぎない。

 だが、その定規からはみ出したところにこそ、人生をバズらせる真実が落ちている。

 

「……さて。話は終わりだ。そんな重い荷物背負ったままじゃ、山に登る前に腰をやるぞ。とりあえず、その風呂敷の中身、半分くらいここに置いていけ。邪魔だわ」


 信基が「えっ、これは必要っす!」と慌てて荷物を抱え直す。

 その不格好で必死な姿は、ふもとの寺で満足して帰ろうとした法師よりは、いくらかマシに見えた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ