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徒然っっっw 草生える 〜隠居したギャル男ケンコー、終末京都で人生バズらせます〜  作者: 五平


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第三話:雅(みやび)という名の生存戦略

 都の喧騒が遠くに聞こえる双岡ならびおかの夕暮れ。

 今日の風は、昨日よりも少しだけ湿り気を帯びている。庵の軒先に吊るした枯れた薬草が、風に揺れてカサカサと乾いた音を立て、青臭い残り香を運んでくる。


 俺は、信基から巻き上げた上等な酒を、欠けた猪口に注いだ。縁の欠けた部分が、唇に当たると少し冷たく、ざらついている。

 すると、案の定。竹藪を分けて、あの「型から入りたがる男」がやってきた。


「ケンコーさん! 見てくださいよ、この座り方。背筋ピンと伸ばして、膝の間隔も完璧。これなら文句ないっしょ?」


 信基は部屋に上がるなり、いかにも「お手本」のような姿勢で正座してみせた。気合の入りすぎた衣擦れの音が、静かな庵にやけに大きく響く。

 俺は酒を飲み込み、そのドヤ顔をじっと見つめた。


「……信基。お前、それ『置物』としては満点だけどな、マインドはゼロ点だわ」

「えっ、またっすか!? 昨日の今日で、めちゃくちゃ練習したんすよ!?」


「いいか、信基。お前はまた『形』に支配されてるんだよ。『みやび』ってのは、上品に澄ましてることじゃねーんだわ。 それは、荒波の中でいかに優雅にサーフィンするか……つまり、冷酷な現実を美学で塗り替える『生存戦略』のことなんだよ」


 俺は、信基の前に一通の、墨が掠れた古い手紙を放り出した。さあ、連想ゲームを加速させる。


「宮中ってのはな、香の匂いと笑顔で包んだ戦場なんだよ。誰も刀は抜かない。その代わり、扇の角度、笑う間、返歌の一文字で、相手を社会的に殺す。かつて俺の隣に、そいつは完璧な言葉遣いをする高貴なヤツがいた。だが、そいつが一番レベチだったのは、飲み会の席で見せた『隙』の作り方だった」


「隙、っすか? 完璧な方がいいんじゃないんすか?」


「お前はこれだから情弱なんだよ。完璧すぎるヤツは、他人を遠ざける。 そいつは、杯を受け取る時、決して相手の言葉を遮らなかった。けれど、場が沈みかけた瞬間だけ、まるで灯芯に火を移すみたいに一言だけ置いたんだ。続けよとも、面白いとも言わない。ただ、杯を少し傾ける。それだけで場がほどけた。ああ、こいつは言葉じゃなく、空気の首根っこを掴んでる……俺はそう思ったね」


 信基は、背筋を伸ばしたまま固まっている。俺は構わず、畳み掛けた。


「お前みたいにトレンドのワードを連発して『俺、わかってます』アピールをするのは、情報に踊らされてるだけのノイズなんだよ。雅がないヤツは、戦場で鈍器を振り回す子どもと同じだ。本当に美しい言葉ってのはな、沈黙という余白の中に、一滴だけ落とすからこそ輝くんだ」


 外では、カラスが不吉な声で鳴きながら、都の方角へ飛んでいく。宴の笛や鼓の音が、風に乗って微かに聞こえてくる。


「信基、お前がさっきから必死にキープしてるそのポーズ。それは自分を『守る』ための盾だろ? でもな、雅ってのは、相手との『間合い』を支配する技術なんだ。力まず、淀まず、でも芯はブレない。まず、お前がその口を開く前に、三秒だけ黙ってみろ」


 信基は口を開きかけた。

 だが、そこで止まった。


 一つ、枯れ薬草がカサリと鳴る。

 二つ、酒の匂いが湿った畳に沈む。

 三つ、遠くで烏の鳴き声が途切れる。


「……俺、たぶん、今まで黙るのが怖かったんすね」


 信基の声は、さっきまでより一段低く、落ち着いていた。ゆっくりと姿勢を崩した彼は、さっきのようなガチガチの正座ではない、リラックスした、生きている人間の座り方をしていた。


「おう。雅ってのは結局、自分も他人も傷つけずに、しなやかに生き抜くための武装なんだ。雅がないヤツは、言葉のナイフを剥き出しで持ち歩いてるようなもん。でも本当に強いヤツは、その刃物を最高級の布で包んでる。……ま、お前にはまだ、この武装は重すぎるかもしれねーけどな」


 信基は、初めて何も言い返さず、自然な動作で俺が注いだ酒を口にした。


「……ケンコーさん。俺、明日の宮中の集まり、三秒黙ってから喋ってみます。クソつまんねーこと言わないように、一晩練りますよ」


 信基が、今日初めて自然な笑い声を上げた。その声は、さっきまでの張りつめたポーズより、ずっと品があった。

 

 欠けた猪口に、酒の光が揺れる。

 完璧じゃない。だから、人が座れる余白がある。

 

 雅。それは、崩れそうな時代の中で、相手を傷つけず、自分も折れず、ほんの少しだけ美しく立つための、命の間合いなんだ。


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