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第十八話 最後の夜

前回のあらすじ 『真とキスした。念願が叶い、先に進みたいけれど、別離への時間は限られている』



ゼリー飲料のおかげか、それとも落ち着いてきたからなのか。

なんとか、起き上がってても平気なくらいまでは回復した。


それと共に、


『ぐぅぅぅぅぅぅぅ…』


お腹も鳴る。


少し前までの私なら、


『こ…これは違うのっ!お腹が空いたわけじゃなくって…っ!』


とかなんとか。


色々な理由をつけて誤魔化そうとしたり、周りに突っかかってみたりと、見苦しい事をしたに違いない。


でも、真と思いが通じた今なら…。


「瑠璃?動けそうなら、台所でご飯食べよう?俺も一緒に食べるからさ」

「…」


布団を頭から被って、羞恥に震えることになるわ。


仕方ないのはわかってるのっ!

生理現象だもの、どうしようもないの。

でも、恥ずかしいのよっ!

好きな人の前で、思いっきりお腹が鳴るのって、すっごく恥ずかしいのっ!


…こんなの、まるで私が『食いしん坊』みたいじゃないっ!!


「いや、瑠璃って食いしん坊じゃない」


…うぐっ。


「小学校の時、給食の時間にはしゃぎまわってたの、瑠璃だろ?」


…う。


「夏休みのお泊り会で、猪肉のバーベキューに齧りついて喉に詰めたじゃん」



「誕生日に『ケーキ1ホール食べてみたい』って言って、半分でダウンしたのも瑠璃だろ?」



「中学の時だって、部活してないのに『お腹空いた』って総菜パン追加で食べてたし」



「それから…」

「ごめん、私が悪かったからもう黙って」


布団を頭から被った上に、体育座りで壁に向かっている。


あぁ、もう最悪。

なんで直前までいいムードだったのに、こんなことになるのよっ!


絶対…


絶対許さないわよっ!過去の私っ!!


「…自業自得じゃん」


…抱えた膝に顔を埋めながら泣く以外に、この場を乗り切る方法ってあるのかしら。


壁に向かって何か呟く私の後ろで、真が呆れたようにため息を吐く。


「大人しくご飯食べようよ。それが一番の解決策だって…」


…爪でも齧ろうかしら。


『ぐぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ…』



「ほらぁ…ね?早く食べよう?…俺だってお腹空いたんだから」

「…うぅ…」


『ぐぅぅぅぅぅぅ…』



「…食べる」


空腹には勝てませんでした。


「…うん」


それでも、真は笑ったりしない。

優しく微笑み、そして、


「やっぱり瑠璃は食いしん坊だ」


追い打ちを掛けるだけです。


でも、そんなところも…ううん、真の全部が好きっ!



ふたりで階下に降り、台所へ。

台所から続くリビングで、真のご両親が寛いでいた。


おじさまもおばさまも、私の顔を見ると笑顔を返してくれる。


そして、パタパタとスリッパを鳴らしながら、小走りに台所に来てくれるおばさま。


「こんばんわ、瑠璃ちゃん。…もう具合はいいの?」

「はい、ご心配おかけしました。真が、ずっと付いててくれたので、安心でした」


いつもの笑顔と礼儀正しさは変わらない。


例え『猫を被ってる』と言われても、これは必要な事だもの。


「猫被ってるというより、布団被ってたけどね」


…真は時々、余計な事を言う。


「ふふっ」


おばさまは、手を口元にあてて笑う。

私も、将来はこういう品のある女性になりたい…。


「真も面白い事いうわね」

「そう?」


小さく頷きながら、


「えぇ」


と答える。


でも…


「私としては、お姫様扱いして欲しいけど?」


と、ちょっと不満を鳴らそうにも、


「おとぎ話には、『灰被り姫』はいても、『布団被り姫』はいないからなぁ」


そう言いながら、両手をヒラヒラさせている。


もう、ああいえばこういうんだからっ!


「はいはい、ふたりとも椅子に座って。…もう遅い時間だし、軽めのご飯にしましょうか」

「はい」

「うん」


返事はそれぞれ。

でも、笑顔で。


私と真は、お互いに顔を見合わせれば、屈託なく笑いあえる。

そう、自然に…。



「お風呂、ありがとうございました」


夕飯を頂いて、少し真と話して、お風呂をいただいていた。

時計を見れば、もう11時。

おじ様とおば様にお礼を言って、改めて真の部屋へ。


久々に、真の部屋でお泊り。


…いつ以来だろう。


中学の時は無かったから、小学校以来か。


「ふふっ」


自然と頬が緩む。

それと同時に、懐かしさがこみ上げる。


そして。


『次に真の部屋に泊まる時は、きっと真とエッチする時』


なんて考えてた事も思い出し、ひとりタオルに顔を埋める。

くん…


あ、洗剤の…柔軟剤の匂いが違う。


…そっか。


ここは、真の家で


私は、まだこの家の人じゃなくて…


タオルの匂いを確かめながら、階段を上る。


…真が女の子になっちゃったから、私はお嫁さんになれなくて…


真の部屋のドアの手を掛け、止まる。


…真は、検査したあと、転校しちゃうんだ。


少しだけ、涙が浮かぶ。


もしかしたら、ここに来ることも、無くなるのかもしれない…。


でも。


口を結び、指で口角を上げる。


…真は帰って来てくれる。

私を、ここに居させてくれる。


…家族として。


「真、入るわよ」


そう言って、返事も待たずにドアを開ける。

部屋には、真がいつも使ってるベッドとは別に、布団がひと組。


「あぁ、瑠璃。…お帰り」


その笑顔が自然で、優しくて、たまらなく愛おしくて。


「うん、ただいま」


そう言って、真の隣に座る。


先にお風呂を使った真。


でも、髪はまだ生乾きだ。


「もう、ちゃんと乾かさないとっ!痛むし、抜け毛も増えるわよ?」

「そうなの?…でも、髪伸びて、面倒くさくって…」


「ダメよ?こういう事を疎かにしないのが、可愛い女の子になる近道なんだから」


そう言ってから気付く。


真は、別に可愛い女の子になりたい訳じゃないんだ…。


「…ごめん」

「え?あぁ、いいよ。…確かに、瑠璃の言う通りだもんね」


その言葉が重い。


私は、手近にあるドライヤーを手にして、真の髪を乾かしてあげる。

ゆっくりと、丁寧に…。


「ありがとう、瑠璃」


少し照れくさそうな声。

髪から漂う香りも、私が家で使ってる香りじゃない。

でも、好きな香り。


「…いいの」


短く答える。

私だって、そう丁寧な方ではないけれど、それでもこの時間は…触れる髪は、私の宝物。

そして…


「次は、私の髪を乾かして貰うから」


そう笑いながら言う。


「え?」

「…うん?」


ささっと手櫛を入れればよい程度に乾いてくれていたから、然して時間は掛からなかったけど、私の髪は洗い立て。

ドライタオルで水気は切ったし、汗や水分が滴る事は無いけど、でもまだ重い。


「じゃぁ交代。今度は、真の番だよ」

「えぇ…」


躊躇する真に、ドライヤーと櫛を押し付けて、その前に座る。

少しだけ、ワクワクする自分がそこには居た。



他愛もない話。


剣道の事


部活の事


友達の事


私の事


柚葉や、新しくできた友達の事


祐也の事


知ってる事も、ちょっとしか知らなかった事も、いろいろ、ふたりで話した。

布団に横になって。

ゆっくりと、笑いながら。


時計は、12時を大きく回っている。


明日は、学校…か。


「もう、寝る?」

「…ううん」


私は首を振ると、布団の上に座り、真を見る。

真も、ベッドに腰掛けて、私の瞳を覗き込む。


少しずつ、近づき…。


真のベッドの上に、ふたり、転がる。

明日は、学校なんて行かない。

怒られたって、どうしたって、真と一緒にいる。


真と…


「…大きな音、立てちゃダメだよ?」


囁くように言う。


「おじ様やおば様は…?」


小さく息を吐いて続ける。


「多分、もう寝てる。でも…」

「うん、わかってる。わかってるよ…」


唇が触れ、電気を消す。

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