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第十七話 触れることの意味

前回のあらすじ 『真は検査入院することに。その後は転校するつもり。それを聞き、昏倒する瑠璃。夢の中で、真に執着する原点を思い出す』



「…っ」


唇から指を離し、改めて手を私の頭に回すと、優しい目のままに顔を近づける。

背を向けている私に覆いかかるように、そっと。


「ちょ…っ」

「…静かに」


吐息が触れ合う程に近い。


息を飲む音や、心臓が破裂しそうな程に打つ音が、嫌になるくらいの大音量で耳に響いている。


もう少し…。


あと僅か…。


緊張で耳鳴りがする。

顔に昇った血で、頭が沸騰しそうになる。


でも。


目の前にいるのは真だ。


いつもいつも優しくて。


私の事を一番に考えてくれて。


私が嫌がる事なんて、絶対にしない。


…大好きな真だ。


だから、きっとこれもからかっているだけ。


すぐに、


『驚き過ぎっ!俺がそんな事するわけないだろ』


そう言って笑うんだ。


私も怒ったふりをして、背中を向ける。


それでおしまい。


…だって、真は私が嫌がる事はしないんだから。



『嫌がる事?』



じゃぁ、私が『して』欲しい事…は?


…私は何度、真に触れられることを望んだの?


キスして欲しい


手を繋ぎたい


身体に触れたい


…触れて欲しい


そして、『抱かれたい』…


それは…嘘だったの?


どれだけ…どれほど…彼を求めて、自らを慰めたの?


何時から?


どれほどに深く?


…それは、私の身体が知っている。


そう、狂う程に。


ゆっくりと圧し掛かられ、背が布団に向かう。


互いの胸が触れ合って、柔らかく潰れるような感触。


頭が真っ白になっていく。


あと5cm…


「…真」

「…んっ」


恥ずかしくて、顔が見られない。

目を瞑り、息を止める。


きっと、ここまで。

ここまで…


でも


胸の触れる感触は大きく、強くなって


頭を抱く腕にも、緊張が伝わって


…私の腕も、真の背に回って…


唇に…温もりが伝わって来る。


「…んっ」


胸と唇から熱が広がる。


私の総てが…

心の奥底にある、私の醜い部分すらも…その熱で溶かされそう。


あぁ…どれほどに、この時を望んだか。

どれほどに熱望し、どれだけの絶望を積み重ねたか。


…溶かされた心が一筋、眦から零れ落ちる。


背が動けば、真の身体が動き、より胸が、唇が重なる。


僅かに走る緊張。


…それは、真も同じ。


私の腕が僅かでも動けば、真の背から力が伝わる。

柔らかな胸がを押し潰しつつも、少しでも息が出来るようにと位置を探る。


それでも少し息苦しくなり、どちからともなく唇を離した。


「…はぁ」


息を吸い込み、薄く目を開けば、離れていく真の姿が見える。


でも、今は…。


彼…ううん、彼女の顔が、まっすぐに見れない。

上気した頬が熱く、胸が締め付けられるようで…やっぱり息が苦しい。


布団の上で脱力しても、息だけが激しい。

口元に手を当て、感触を確かめると…さらに鼓動が激しくなっていく。


しちゃった…


真と…


真と…


夢?…じゃないよね?

今のこの息苦しさと、熱と、幸せは。


目の前が回る。

身体中がふわふわとして、遊園地の乗り物に乗った後のよう。


「…ねぇ、瑠璃?」


え?


「…え?あ、ひゃい?」


ひゃい?

どれだけ余裕がないの?私…。


それに比べて、真は余裕っぽい。

落ち着いてるし、それに…少し艶っぽい顔してる。


でも。


心に迷いだけは無い。


『誰かと経験したから落ち着いてるのかな?』…なんて、浮かんでも来なかった。


信じられる。


真は少しだけ笑って、


「…お腹空いてない?」

「…は?」


「いや、もう9時回ってるし」

「だからって…だからってっ!」


折角の余韻が台無しじゃないっ!!


こういう空気を読んでくれないところって、ほんっと、昔から変わらない。


…全然、変わらないんだから…。



でも。


それはそれとして、お腹は空いた。


お昼にお弁当を食べて、今。

途中、モールでちょっとだけ買い食いしたけど、そんなのお腹の足しにもなってない。


なってないんだけど。


起き上がろうとすると、やっぱりまだ目の前が回る。

ゆっくりと身体を回せば、なんとか座る事が出来るくらい。


それでも、疲労感は拭えない。


少し息を吐いて、真に目を向ければ、


「…瑠璃?」


不安そうな目をしている。


だから、


「…うん、お腹空いた」


そう答えて、少しだけ笑った。


肩を竦めながら、真も少しだけ笑う。


でも、どうしよう。

ここは真のうちだから、私の晩御飯なんて…。


そもそも、今あんまり動けないし。


「うん、ちょっと待ってて」


軽やかに立ち上がると、部屋を後にして、階段を降りて行く。


私はひとり、部屋に残された。


見慣れた部屋。


一緒に遊び、学び、眠ったこともある。


私にとっては、もうひとつの居場所…というと、厚かましいか。


どこに何があるか。


目を瞑っていても、椅子やベッドに腰を下ろすなんて、朝飯前だと思ってたのにな。


「…離れたく…ないな」


俯きながら、小さく呟く。

でも、私の我儘だけで、真の検査入院の邪魔をするわけにもいかない。

それに、転校の事だって…。


女の子になった姿で、今の学校に通うなんて、真には…ううん、誰であっても無理だろう。

奇異の、好奇の目は、どうやっても止められない。

悪意の有無なんて関係ない。


真がどう捉えるか、が大事なんだから。


『今の学校に通うのは無理』と思うのであれば、素性を知らない人しかいないところで、『女の子』として生きていく方が楽なのだろう。


「…私だって、そうだろうな」


そんな真の気持ちを…心の安寧を、私の勝手で壊して良いわけがない。


『それは、私には言う資格ないわね』


…そうなんだけど。


検査入院をして、その間に転校先が決まれば、退院と共にそちらに行く事になる。

つまり、今夜を逃せば、真と一緒にいられる時間は無くなってしまう…。


「今夜が、最後…」


俯いたまま膝の上の両手を握ると、僅かに汗ばんでいた。


両手を強く握る。

震え、うまく握れなくても、必死に。


じわりと涙が込み上げてくる。


幸せなのに…


やっと気持ちが届いて、お互いの気持ちがわかったのに…


なのに、なんで…。


その気持ちと涙を、必死の思いで飲みこむ。


泣いちゃダメだ。


真の未来のためにも、私が縛っちゃいけないんだ。


だから、笑顔で。


笑顔で…。


「瑠璃っ」


部屋の扉が開き、真が戻ってくる。


手に抱えているのは…


「それ、私の服?」


小さく頷き、跪いて手渡してくれる。


でも、どうして?


「瑠璃のお母さんが持ってきてくれたんだよ」

「…お母さんが?」


「瑠璃が寝てる間に、電話を入れたんだ。…事情を話したら、もし無理そうなら泊めてあげてって」

「…そう」


「うちの母さんにも電話して、瑠璃の分のご飯も用意してる。…けど、無理しないで。まずは、これを」

「…」


真が差し出してくれたのは、ゼリー飲料だった。

まずは、これでお腹を落ち着かせるって事ね。


「ふう」


部活やってる子が、朝から飲んでるの見た事あるけど、意外と少ないのね。

でも、飲みやすいし、すっきりする感じ。


いいわね。

私も、冷蔵庫に入れておこうかしら?


その冷たさが、頭に籠っていた熱を取り去ってくれたよう。

幾分かは気持ちも良くなり、少しは動けそう。


「まだ無理しちゃダメだよ?」

「…うん」


それでも、真は心配してくれる。


本当なら、自分の事だけで手一杯だろうに、それでも私の事を優先してくれる。


私は、それに甘えっぱなし。


そうだね。だから、真は心配だったんだね。



馬鹿だな、私。

不安になる事なんて、どこにも無かったじゃない。


真は、やっぱり真だ。

私が大好きで、大好きで、どうしようもなく大好きな真だ。


少しくらい離れても、私の事を想ってくれる、そんな特別な人。


だから…


「…しばらくは、離れなくちゃいけないんだね」


そう呟くと、真は少しだけ俯いた。


「…うん」


「…ちゃんと戻ってくる?」

「戻るよ…瑠璃の元に」


ちょっと恥ずかしい事を、事も無げに言ってくれる。


私が言葉を継げずにいる間に、そっと頭を撫でてくれた。


「…じゃあ、待ってる」


少しだけ、涙が浮かんだ。


「ちゃんと、待ってるから…」


そう答えるのが、今の私には精一杯だった。

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