第十五話 私がどれだけ好きでも、真も同じなわけなんてないのにね。でも…そうであって欲しかった。
前回のあらすじ 『真と疎遠になりそうだった時、偶然知り合った陽太と一緒にいるのが、なぜか楽しかった。でも、付き合い始めても、真のことは忘れられなかった。だから、陽太に抱かれる決意をした…』
…真の両目に射竦められ、身動きが取れなかった。
見た事のない目。
頭が奥が冷えていく。
呼吸は浅く、胸の奥だけが痛いほど熱い。
ただ無言で見つめられるだけなのに、心の奥底まで見透かされるみたい…。
私の悪いところも。
醜いところも。
全部。
…ううん。
『気がした』じゃない。
真は、ちゃんと見てくれてる。
外を走る車の音も、遠く聞こえる。
部屋の空気まで静かで、私達だけが、現実から取り残されたみたいだった。
それでも真は、ずっと私を見てる。
…見て、くれている。
でも。
何も言わない。
…沈黙が怖い。
怒られる方が、ずっと楽。
それはどれほどの時間だったのか。
無限とも思えるほど短く、瞬きするほどに長い…。
やがて、真の唇が小さく動いた。
「…ごめんな…瑠璃」
それは謝罪。
…なんで?
なんで、真が謝るの?
勝手に離れたのは、私の方なのに。
陽太と付き合って、真を置いったのは私なのに?
真を諦めるために、彼に抱かれようとしたのも…私…なのに…。
それなのに、なんで…。
「…俺、瑠璃のこと、ちゃんとわかってなかった」
「…え?」
頬に触れる手から、僅かに力が抜ける。
「ごめん…寂しかった…よね」
「…」
ゆっくりと、頬を撫でてくれる。
その手が、あまりにも優しくて。
「…俺さ。瑠璃から、少し離れようと思ったんだ」
「…な…んで?」
乾いた喉から、それだけが零れた。
宵闇が迫るなか、残った夕日が瞳を染める。
…今はもう、真の声しか耳に届かない。
少しだけ目を逸らし、俯き、困ったように微笑んでくれる。
「…瑠璃は、優しいからさ…」
「…え?」
いつもの、優しい真の声。
「いつも、俺のこと放っておけなかっただろ?」
「…それは」
当たり前じゃない。
剣道を始めるまでは、身体の弱かった真。
いじめられて、泣きそうな顔して…それでも絶対に泣かなくって。
だから、私が代わりに怒って。
相手をぶん殴って。
…先生に怒られて。
いつも、真は困った顔してた。
「でも、放っておいたら…我慢するだけじゃない…」
「…そうだけどさ…」
「そんなの…見たくなかったの…」
「…うん」
少しだけ、真が笑う。
「そんな瑠璃に、高校ではちゃんと友達作って欲しくて」
「…だからって」
だからって、距離なんか取らなくても。
「別のクラスだったら、そんなことしないよ?…でもさ」
「同じクラス…だもんね」
小さく頷く。
「他の人とも話して、仲良くなって欲しかった。それだけなんだよ」
…そっか。そのままじゃ、私は変わらないんだ。
「…そうだね」
「…」
触れていた手が離れ、少しだけ俯いて息を吐く。
『真に嫌われていたわけじゃなかった』
胸の奥にあった閊えがほどけたようで、幾分か息が軽い。
でも。
だからと言って、私の過ちが許されたわけじゃない。
勝手に傷ついて。
勝手に諦めようとして。
陽太を利用するみたいなことまで考えて。
真に頼られた瞬間、陽太を捨てた。
…本当、最低だ。
身体から力が抜けて蹲り、涙がラグに滲む…。
『なんで私は…』
こんなに、大事なものを壊してしまえるんだろう…。
…
なのに、真は笑顔を向けてくれる。
手を差し伸べてくれる…。
「…瑠璃」
声が降ってくる。
涙に塗れた顔をあげれば、いつもの優しい笑顔。
「…真…わたし…」
小さく首を振り、肩を抱きしめてくれる。
…温かい。
けれど、その温かさが私を責める。
「…ごめん」
…え?
真の腕に力が入り、少しだけ…痛い。
いつもの真とは違って、加減してくれない。
…胸の柔らかさはよくわかるけど、今はそれを喜んでる場合じゃない。
締め付けられる感覚が強くなり、腕が所在無げに宙を掻く。
何?…どういうこと?
…
「…悔しかった…」
…え?
「瑠璃を取られて…悔しかった」
小さく呟く。
…真?
「…それって…?」
答えてくれない。
「…瑠璃が、俺の知らない人になっていくみたいで…嫌だった」
「…」
「…自分から離れたのに…勝手だよな」
…そんなこと…。
私だって…『真の知らない誰か』になろうとしてたんだよ…。
肩に何かが落ちる。
その瞬間、宙を掻いていた腕が、自然と真の背を抱いた。
…息を飲むのがわかる。
「…俺、剣道好きだし、高校では部活頑張るつもりだった」
「うん…」
「…個人戦も団体戦もレギュラー取りたかったんだ」
「うん…」
「結果出せたら…そしたら…」
…
沈黙。
お互い、何も言えない。
でも…うん。
「…言わなくていいよ」
「…」
「…ううん、何も言わないで…」
「…」
肩を抱く腕の力が抜ける。
身体がゆっくりと離れて…。
途端に、心が冷えていく。
また真がどこかに行くような…そんな気持ちが顔を擡げる。
「…あ」
離した手がまた宙を掻き、掴むものを見つけられず、所在なさげに私の元に戻る。
違う、違うよ。
真が悪いんじゃない。
私が…
私が勝手に怖がって。
勝手に諦めて。
勝手に傷ついただけ。
…ほんと。
「…馬鹿」




