第十四話 少しだけ昔の話。…陽太のこと。(後編)
前回のあらすじ 『高校生活が始まっても、私はひとり取り残されていた。そんな私が出会った…それが、陽太』
放課後
今日も真は、友達と教室を後にする。
そんなに急ぐほど、大事なことがあるのかしら?
…この私よりも。
真の後姿を見送り、大きくため息を吐く。
「…瑠璃はため息ばかりだねぇ」
先日、友達になった柚葉が、笑顔で声を掛けて来る。
可愛いし、一緒にいても楽しいんだけど、どうにも少しデリカシーに欠けるようで、不用意に踏み込み過ぎるきらいがある。
ま、本人に悪気はないし、指摘されれば素直に謝るからいいんだけど。
「気になるなら、追いかけてみればいいじゃんっ」
と、簡単に言ってくれる。
…それは、確かにそうなんだけど。
でも、本人が言わない理由を、私が追いかけて追及していいものか…。
「百聞は一見如かず、だよっ!」
そう言うが早いか、私の手を取り歩き出す。
行先は…
「体育館?」
「そうだよっ。真くんって、剣道部の期待の新人なんだからさ」
何処から話を仕入れて来るのか、一度聞いてみたいけれど。
でも、そっか。それは納得できる。
中学の時は剣道部が無かったから、真が稽古出来るのは、通っていた道場のみ。
高校に入ったら、剣道部で活躍したいって言ってたっけ。
…でも、それなら、私を放っておく理由にならなくない?
体育館に着いてみれば、剣道部が練習する一角を囲むように、女の子が十重二十重。
「…ナニコレ?」
「生徒会長さんや、学年のカッコいい人が、結構剣道部にいるの。女子には人気なんだよーっ」
…何それ、聞いてないんだけど?
女の子の壁の後ろの方から、背を伸ばして覗いてみれば…なるほど、カッコいい人が何人も。
でも、この状態を見れば、モテたいから剣道部に入るって不純な人だっているかもしれない。
真がそうだとは思わないけど。
…些か不安にはなる。
この中から、真に告白するような人が出たら…。
真が、それを受け入れたら…。
私は…私の居場所は、どこになるんだろう…。
素振りくらいまでは、女の子たちが見ててもいいらしいけど、打ち込みや掛かり稽古が始まる頃には、解散させられるらしい。
稽古に集中するため…だって。
でも、私はそれより早く、その場を後にした。
…ここは、真の居場所なのね。
もう少し見ていく柚葉とは、そこで別れて私は帰る。
昇降口に続く廊下に、見覚えのある背中。
「あれは…」
ちょっと小走りに駆け寄り、軽く背中を叩く。
「うわっ!…何さっ…って、北条さんか」
「偶然ね。…今帰り?」
それは、先日来、何かと縁のある天城陽太だ。
彼は頷くと、そのまま足を進める。
私も、隣…でもないかな、を歩く。
別に、何か話したいことがあるわけじゃない。
ただ、隣に誰かいないと落ち着かない…それだけ。うん、それだけ。
だから、今日も一緒に坂を下る。
次の日も、その次の日も。
金曜の授業が終わり、特に話すでもなく、ふたりで坂を下る。
それでも、最初に比べれば、ちょっとだけ距離が近かったのかもしれない。
たまたま、彼が見ていたスマホの画面が目に入る。
それは、映画のサイト。
今日から公開の映画の広告サイトで、私も気になっていた。
「…なに?天城くんも、その映画気になるの?」
「え?…あぁ、原作も知ってるから、気になるんだけどさ…うん…」
いまいち歯切れが悪い。
「私は、主演の俳優さんが好きだから見たいんだけどね。天城くんは、見たくないの?」
「…いや、見たいんだけどさ。…でも…」
なんだろう?
「はっきりしないわね」
「原作付きの邦画って、当たり外れ激しいだろ?」
「あぁ…まあ、わからなくもないけど」
「好きな作品ほど、怖いんだよ。イメージ壊されたらどうしようって」
…なるほど。
「でもさ」
「うん?」
「それで見ないのも、なんかもったいなくない?」
私がそう言うと、彼は少しだけ考え込む。
「…確かに、それはある」
「でしょ?」
「北条さんは?」
「私は単純よ。主演の俳優さんが好きだから見たいだけ」
「理由が軽いな」
「悪い?」
少し睨むと、くすっと笑われる。
「いや、わかりやすくていいと思う」
「でしょ?」
そういえば、どこの映画館でやってるんだっけ?
スマホで調べてみれば…街中の、大きなモールの映画館が入っていた。
あ、ちょうどいいや。
買い物したいものもあるし、行こうかな?
「ねぇ、ひとりで見に行くのが嫌なら、一緒に行かない?」
「…え?」
「私もその映画見たいし。それに、そのモールで買い物もしたいしね」
少しだけ、軽く言う。
重くならないように。
「…つまり、ついで?」
「そうとも言うし、そうじゃないとも言う」
「…荷物持ちで付いて来いってこと?」
ちょっとだけムっとする。
「…なぁに?私って、そんなわがままに見える?」
「…見えなくもない」
…うぐ。
あははと笑う陽太。
でも私は、少し憮然としてる。
「…ごめん。俺からお願いするよ。…気になる映画見たいから、一緒に行ってくれない?」
「もうっ!最初からそう言えば良いのに。素直じゃないんだからっ」
そう言って、ふたりで笑いあう。
バスが来るまでの短い時間。
ふたりで映画の話をしていた。
日曜に、一緒に見に行く約束をして…。
…
「映画、面白かったね」
「そうだね。原作と違うところもあったけど、あれくらいはね…」
私は、ふふんっと笑いながら、
「あーっ原作しっかり読んでますアピールだっ!…いいじゃない、面白かったんだから」
「そうだけどさ。…」
まだ何か言いたいのかしら?
「いや…北条さんと一緒に来れたのが、一番楽しかった…かな」
…
な…何を言ってるの?
た、たまたま私も見たかっただけなんだからっ!
「はいはい。感謝してるよ」
「…本気で言ってないでしょ?」
「言ってるよ」
「…うそ」
「本当だって」
「…」
「…」
「…信じてるわよ」
そう言って、肩を竦めて見せる。
陽太も安心したのか苦笑い。
つられて、私も笑いだす。
なんだろ…肩の力が抜けるな。
その後は、私の買い物に付き合って貰って。
遅めのお昼を食べながら、映画の感想で笑いあって。
夕方の電車で、駅まで…。
こんな風に友達と遊ぶのって、何気に初めてかもしれない。
…うん、いいな。こういうの…。
「じゃあまた、学校で」
「うん、またね」
駅で別れて、バスで家まで帰れば今日は終わりだ。
多分、普通の高校生の休日なんだろうな。
バスを降り、家まで帰る途中で…
「あれ?真??」
「あ、瑠璃…」
ご近所さんでもある、真に偶然会った。
「あ、何?おつかい?」
「あぁ、瑠璃のうちに届け物でね」
そのひと言が、胸の奥を大きく鼓動させた。
真は聞いたんじゃないのかな…。
私が、今日、真以外の人と出掛けたって…。
真…どう思ってるんだろう…。
「あ、あのね…今日は…その…」
「…ん?何か…あったの?」
えっ?
「何かって…それは…」
「…」
聞いてるよね?
知ってるんだよね?…真。
「…それは…」
「…」
「…そ…の…」
「…瑠璃」
…
「俺、明日朝早いし、もう帰るよ」
「…うん」
そう言って、ちょっとだけ手を振って、踵を返す。
…何も…言えなかった…。
楽しかった…。
楽しかったのに…。
なんで、真じゃなかったんだろう…。
でも、嫌じゃなかった。
嫌じゃなかったんだよ…。
少しだけ、涙が浮かんだ。
でも、後はもう進むだけだった。
それからしばらくして、陽太に『好きだ』って言われて。
「…うん、ありがとう」
涙は流れたけど、でもそう答えて…。
それまでよりも、ふたりで過ごす時間は増えていって。
朝、坂道で、彼の背中を追い掛けて。
夕方、一緒に坂を下って、寄り道をして遊んで。
一緒に、海沿いのモールで買い物をして。
海の見えるカフェでランチをして。
駅前や島を会場にした、芸術祭で展示を見て回って。
『よくわかんないわね』って一緒に笑って。
帰りの船で、海を見ながら初めて手を繋いで。
それがぎこちなくって、でも温かくて…。
その間に、真との距離は広がって行って…。
もう、真の隣に、私の席はないって思ったら、悲しくて悔しくて…。
でも、それを選んだのも自分だって思えば、誰のせいにもできなくって…。
ベッドの中で、何度、真に抱かれる自分を思いながら慰めたか…わからないくらいで…。
真の唇を求め、胸に顔を埋めたくて、その腕で抱きしめられたくて…。
それももう、諦めないといけないって、思う様になって…。
あの前日に…ひとりでモールに行って、下着を選んだの。
特別な…下着を。
陽太に抱かれるための下着を…。
そして、夜。
泣きながら、真を思って、自分を慰めた…。何度も…何度も…。
これが最後だって、言い聞かせながら…。
そして眠りに落ちる前に…
「もう一度…もう一度だけ、やり直せるなら…。絶対に手放さないのに…」
涙の海に溺れながら…
「お願い…神様…」




