第十三話 少しだけ昔の話。…陽太のこと。(中編)
前回のあらすじ 『彼氏に抱かれるつもりだったことを、真に告げた瑠璃。その胸に、彼との記憶が去来する』
教室にいてもつまらない。
理由なんて簡単。
知り合いがほとんどいないから。
私と真が通っていた中学校から、この高校へ来た子は多い。
多分、同級生の半分くらいは来てるはず。
でも。
今年の新入生は、400人くらい。
そのうち15人くらいしか、知った顔はない。
さらに言えば、仲が良かった子なんて、その内何人だろう。
真以外、そこまで仲が良かったわけでもないんだし。
そんなわけで、教室に居場所もない。
ちらりと横目で真を見れば、近くの男の子たちと談笑している。
「ははっ、マジでそれやったのかよ」
「だから言ったじゃん、無理だって」
「いや、いけると思ったんだって!」
『あんな顔…するんだな』
たったそれだけのことなのに、なんだか真が遠い。
知らない事なんて無いと思ってたのに、ほんの数日で、それが幻想でしかないと思い知らされていた。
…胸がざわつく。
今までは、こんなこと無かったのに。
目を伏せ、小さく息を吐く。
暇だ。
休憩時間って、こんなに暇だっけ?
友達や知り合いがいないと、こんなものなのかな…。
仕方ない。
お手洗いでも…。
立ち上がろうとした時に、後ろの方から声が掛かる。
「ねぇ、北条さんっ」
…聞き覚えの無い声。
誰かしら?
些か不思議に思いつつ振り向けば、そこには笑顔の可愛い女の子。
黒髪を長めのボブにして、ちょっとギャルっぽいメイク。
ささやかな胸元を少し開けて、ちょっとだけ着崩した制服。
スカートも短め…。
そんな『可愛い』女の子がいた。
「…あ、えっと…何、かな?」
…我ながら、何テンパってるんだか。
相手は、ただの同級生でしょうに。
「ん~…な~んか暇そうだったし、一緒にお喋りしようよっ」
「え?」
「ずっと下向いてたしさ。もしかして、迷子?」
「ま、迷子じゃないわよっ!」
思わず否定すると、くすっと笑われる。
「ふふっ、ごめんごめん。なんか話しかけにくそうだったから」
「…そう見えた?」
「うん。でも、今は大丈夫そう」
…なんなの、この子。
でも。
「…ダメ?何か、用があった??」
「…そういうわけじゃ…ないけど」
…用は無いけど、こういう経験もないのよね。
小さな学校だったから、みんな知り合いみたいなものだったし…。
「じゃあさ、こっちで話そうよっ。あたしは、秋山柚葉」
「北条瑠璃よ。よろしく、秋山さん」
その言葉に、花が空いたような笑顔を返してくれた。
「柚葉でいいよっ。苗字呼びって距離感じるし」
その言葉に、思わず頬が緩む。
「じゃあ、私のことも瑠璃で」
…なんだろう。
少しだけ、胸のざわつきが薄れた気がした。
…
柚葉のおかげで、徐々に友達も出来始めたけど、真と言えば昨日と変わらない。
男友達と話してばかりで、私のことは構ってくれない。
放課後だって、さっさと教室を後にした。
みんなが教室を後にしてからも、私はひとり、ぼんやりと教室に佇む。
…つまんない。
つまんない。
真がいないと、毎日がつまらない。
大きくため息を吐いて、バッグと共に教室を後にする。
ひとりで歩く廊下。
すれ違うのは知らない人ばかり。
俯き、足早に昇降口へ向かう。
靴に履き替え、校舎を後にしようと足を進め出した時に、
ガタガタっ!
何かが倒れるような音が響いてきた。
何事かと覗いてみれば、簀子の上で転んでる人。
足元にはスニーカー。
…もしかして、履こうとして転んだ?
尻もちをついてる人に近づき、少しだけ心配。
「ねぇ、大丈夫…?…って、あなた」
「え?…ごめん、平気だから…って」
それは…。
昨日の彼、だった。
「…」
こんな形でまた会うとは…ね。
「あぁ、昨日のうっかりさん…」
…その呼び方はやめてくれるかしら?大体、今うっかりさんなのはあなたの方じゃないっ。
「ははっ違いないな…」
私の抗議に、笑ってくれる。
なんというか、毒気を抜かれる。
簀子の上に座り込んで、改めてスニーカーを履き始める彼。
特に怪我も無いようなら、私がいる必要もないから、その場を離れることにする。
「それじゃあね…今度は転ばないでよ?」
「努力するよ、うっかりさん」
「だからやめてって言ってるでしょ!」
小さく笑い声が返ってくる。
彼に背を向け、短い階段を下る。
朝の登校時ならともかく、この時間は、私以外誰もいない。
グラウンドの方からは、部活の声が聞こえて来るし、見学してる子の声援もあるけれど、私がそこに混じる事はない。
でも。
そこに背を向けても、私の前には虚がある。
ひとり、ただ…目的もなく歩くだけの虚が…。
…
真と一緒だった今までがなくなって、私には…何があるんだろう。
そんなことを考えていれば、自然と足は止まってしまう。
声のする方を眺めていた時間が、どれくらいかわからない。
ほんの一瞬だったのか、それとも長いながい時間だったのか。
わからないけれど、終わるのは一瞬だ。
「…どうしたの?」
耳に届く声。
叩かれた肩。
意識が現実に引き戻された時、そこにいたのは、さっきの彼。
…不思議そうな顔。
そうよね。
うっかりな女の子が、ぼんやりと突っ立っていれば、何事かと心配になるのでしょうね。
小さく息を吐き、少しだけ笑顔を作る。
いつもなら…
こんな時、声を掛けてくれるのは…隣にいてくれるのは、真だったのに…な。
胸の奥に、声が落ちていく。
周りの音も、自分思考も、何もかもが虚に吸われる…。
何も…。
「…気分でも悪いの?」
近くから聞こえる彼の声。
小さく首を振って答えとしても、彼の心配は消えないようだ。
「日陰で休んだ方がいいんじゃない?」
「…ううん、平気」
消えそうなほど、小さな声。
彼に目を向ければ、困ったような顔が可愛らしい。
少し下がり気味な眉が、言葉を裏付けているよう。
その様子に、少しだけ元気を貰ったのかもしれない。
ちょっとだけ笑って、
「…帰るわ」
そう言って、彼に背を向け歩き出した。
…はずだったのに。
隣には、何故か彼がいる。
ふたり分ほども間を空けて、歩幅を揃える様に歩いている。
「…なによ」
「別に」
無言。
「…別に平気だってば」
「…心配してる訳じゃないよ」
無言。
「…心配性」
「…バス亭はこの先だろ?同じ方向なだけさ」
はあ、とため息。
こんな奴、真だけだと思ってたのに…違ったのね。
ふたり、何か話をするでもなく、ただ並んで…並んで?歩いている。
坂を下り、川に掛かった橋を過ぎ、大きな道路に出る前、彼は駆け出す。
…バスが来たのかな?
そう思い、背を見送るつもりだったけれど、彼は途中で足を止める。
振り向いて私を見つつ、自販機の前。
首を傾げつつ歩けば、何かを買っている。
…取り出したのは、お水が2本。
また駆け寄って来て、1本を渡してくれた。
「…なんで?」
また笑って話すのかと思えば、真面目な顔。
「帰りのバスの中で、頭冷やしな」
「…え?」
「さっきから、顔がずっと固い」
「そんなこと…」
「あるよ。ずっと何か考えてる顔」
言い当てられて、言葉が詰まる。
「何を心配してるのか知らないけど、焦って良いことなんてないだろ」
「…」
「…慌てたって、変な失敗するだけだよ」
「…うるさいわね」
なんなの?
余計なこと言って…。
私のことなんて、何も知らない癖にっ。
それでも…。
その気遣いに、言葉に、私は反論できなかった。
小さく頷き、
「…うん」
そう答えるのが、精一杯だった。
お水を飲みつつ、バス停でバスを待つ。
別に、お喋りするような事も無く、ただ並んで。
でも、不思議と居心地は悪くない。
半分ほど飲んだ頃に、私が乗るバスがやって来た。
「じゃあ、私はこれで」
「うん」
目の前にバスが止まる。
「…」
ドアが開き、足を進めようとして、彼の方を振り返った。
「私、北条瑠璃。…あなたは?」
少しだけ驚いたような顔をしたけど、また笑って答えてくれた。
「俺は、天城陽太。…またね、北条さん」
その言い方が、妙に自然で。
まるで、また会うのが当たり前みたいで。
だから、私も少しだけ笑って、
「ありがとう。…またね、天城くん」
小さく手を振って、バスに乗り込んだ。
進むバスの中から振り返れば、まだ手を振ってくれる彼…天城くん。
私も、小さく手を振り続けた。




