第十二話 少しだけ昔の話。…陽太のこと。(前編)
前回のあらすじ『あの日、真に渡したのは、私の勝負下着。それを着けて、デートに行って、彼氏に抱かれるつもりだった…。それは、真を諦めるための逃げ…』
…高校での授業が始まって2日目。
いままでと変わらず、授業が終わった後、
「真っ!帰りましょう」
それまでと変わらず、声を掛けた。
クラスの数は多かったけど、幸いにして、私と真は同じクラスだった。
…中学までと同じ。
でも。
「え?あぁ、悪い。先に帰っててよ」
…
え?
「…な…なんで?」
思わず、間の抜けた声が出る。
なんで?
いつも一緒に帰ってたじゃない…。
なんで、急に?
真は少しだけ困ったように眉を寄せて、
「なんでって…。遅くなりそうだから、先に帰ってってこと」
「…遅く?…あ、じゃあ、私、待ってるから」
即答。
当たり前みたいに。
でも。
真は少しだけ視線を逸らして、小さく息を吐く。
「瑠璃は、部活とか入らないんだろ?」
「え…あ、うん」
「家の蜜柑山の手伝いあるって言ってたしさ。土日のどっちか潰れるって」
「…そう、だけど」
なんで、そんな話になるの?
「じゃぁ、何して時間潰すの?結構遅くなるよ?」
「それは…別に、教室で待ってるとか」
一緒にいた他の男の子たちが、教室の入り口あたりから声を掛ける。
「織部ーっ!先行くぞっ!」
「あぁ、俺もすぐにっ!」
その返事が、やけに明るくて。
なんだろう。
こんな真、見たことない…。
「じゃ、俺行くから」
カバンを肩にかけながら、ちらっとこっちを見て、
「…寄り道せずに帰れよ?」
「…あ」
軽く手をあげて、足早に教室を去る。
私は…ひとり残された。
…
「…なによ、もうっ!勝手なんだからっ」
4月なのに強い日差しだった日。
夕方前でもまだ蒸し暑く、身体がじわりと汗ばむ。
バッグから飲み物を出そうとしたけれど、
「あ…そっか。さっき全部飲んだんだ…」
もう残っていなかった。
仕方ない…お水でも買うか。
しかし。
「…五千円札しかない…」
交通系のカード残高も…
「…ない」
そうだ、朝バスが込んでてから、チャージするのを辞めたんだ。
…大きなため息が出る。
ついてない。
そう思い、自販機の前を離れる直前に…
ピッ!
横から伸びた手が、決済音を鳴らした。
何事かと振り返れば、見覚えのない笑顔。
取り出し口のお水を取り、渡してくれる。
「はい、これ」
「…?…なんで?」
警戒、というより、戸惑い。
彼は軽く笑って、
「ん?困ってるみたいだったから」
少しだけ首を傾げて、
「チャージ忘れてた、とか?」
…うっかりではないけれど。
「…チャージが無かったのは、そうね。でも…」
彼は軽く笑って、手を振り歩き…小走りに去ろうとする。
「あ、ちょっと…っ!」
一度足を緩めて振り返ると、
「じゃあねっ!うっかりさんっ」
余計なひと言を残して去っていった。
特別、カッコいい人…ではなかった。
髪は癖っ毛だし整えてもいないし。
背だって、特に高い訳じゃない。私と同じか…少し高いくらい?
普通にしてれば、もっさりさん…とでも言うのかな?
取り立てて特徴が無い。
…そんな印象だった。
でも。
手の中にあるお水は、いつもより美味しかったかもしれない。
…
翌朝。
…真は、早い時間のバスで、先に登校していた。
ひとりで揺られるバス。
眺める景色は変わらないはずなのに、何か…ううん、私の半分が、どこかに行ってしまったようで寂しい。
耳に入るお喋りの声も、どこか遠くの世界のよう。
揺れた時、いつもなら支えてくれる手が…今はない。
窓にもたれかかって、小さいため息を吐く。
『…つまんないな』
バスを降りても、ひとり。
周りの喧騒とは無縁に、ひとりゆっくりと学校に向かう。
時折吹き下ろす風がスカートを捲ろうとするから、都度バッグや手で押さえる羽目になる。
…なんでこんなところに作ったんだか…
少しだけ憂鬱な気分で、それでも視線を上げてみれば…
あれ?あの後姿…。
ちょっとボサっとした癖毛。
なんとなく、気の抜けた雰囲気。
あれは…。
少しだけ、速足になる。
距離が縮まると、もう少しだけ。
そして校門の手前くらいで追いついた。
「ねぇっ!」
思い切って声を掛ける。
少しだけ驚いたのか、肩が揺れた。
振り向いたその顔は…そう、昨日の彼だ。
「あ…」
「…あの…昨日は、ありがとう…」
驚いたような、少し呆れたような…なんか変な感じの視線を向けられ、こちらも戸惑ってしまう。
「えっと…あぁ、昨日のうっかりさん」
「…!?」
変な覚え方されてる…っ!
た…たまたま、チャージが切れてただけなんだしっ!
私の方に向き直ると、少しだけ笑ってくれる。
優しいけど…あんまり元気の良い笑顔じゃないわね。
でも、真とは違うけど…感じのいい人…かな?
「で、どうしたの?何か、あった?」
…特に事も無い風に言われると、少しだけ困る。
用と言えばあるのだけど。
ポケットから小銭を取り出すと、彼の手を取り握らせる。
「これ、昨日のお水代。…ちゃんと返したからね」
少しだけ頬が赤かった気もするけど、多分気のせい。
こんな風に男の子と接するなんて、真と祐也以外なかったから、慣れてないだけなんだからね。
彼はと言えば、握らされた小銭を見詰めて、少しだけ苦笑い。
私を見て、また少し笑う。
小さく息を吐いて、
「別に、これくらいいいのに…」
そう言って、ちょっと肩を竦めた。
「そういうわけにもいかないでしょ?こういう事は、ちゃんとしないとっ!」
…まぁ今からして思えば、余計なひと言。
面倒くさい女アピールみたいなものね。
でも…。
彼は、笑って頷いてくれた。
「そっか…そうだね」
それが…なんとなく嬉しくて。
でも、これで終わりなんだと思うと、少しだけ残念で。
「…」
「…」
お互い、なんとなく言葉が無い。
「じゃ、俺行くね」
「…え?あ、うん」
昨日の様に、軽く手を振って、また小走りに喧騒の中に消えて行った。
その背中を、もう追う理由はなかった。




