007-ハゲセンサー
切り株山の地下空間――セイクリッドネスト――は大進化を遂げていた。
豊富な部屋数に大浴場……。
そして、ドワーフ達によって製造された様々な日用品から魔道具……。
まるでホテルや温泉旅館のような快適空間になっていた。
しかも、様々な野菜やキノコの栽培ばかりか、数か月前に創造した地底湖には沢山の魚が泳いでいた。
そろそろ自給自足だって可能かもしれない。
でもね、大規模化するにつれて、幾つかの問題も発生しているみたいなんだ。
特に人手不足は早急に解決すべき課題なんだってさ。
そんなこんなで、早めの人員増強が僕の最優先課題となった。
かと言って、イグジストは基本スペックが高いし、創造にはそれなりの手間もかかる。
だから、闇雲にイグジストを創造するのは止めておこうと思うんだ。
そんな訳で、ここ数日は手っ取り早く人数を増やせる方法を模索中。
因みに、その他の問題は全部アイネスに丸投げする予定。
それと、レプテリアンの件。
あれから一週間近くが経過したけど、町長一家の三人は行方不明という事になっている。
町の人達は大騒ぎしているけど……これはもう確定だよね。
やっぱりあの三人はレプテリアンだったんだよ。
でも、真実は僕達だけの秘密にしておいた方がいいよね?
だってさ、彼等がレプテリアンだったって知っちゃったら、きっとパニックが起きちゃうもんね。
にしても、なんでレプテリアンなんてのが地球に棲息していたのだろうね?
その辺も調査してみる必要がありそうだね。
そうそう、ルキアの一件もあって、イグジストの強化をしてみたんだ。
だって、何かある度に死なれちゃったら……ちょっとね。
それに、次も復活できるとは限らないよね?
マキアにはマテリアルをプレゼントしてみたんだ。
そして、ルキアは再び現界させる前に、エイリアスの状態のまま融合させてみたんだ。
僕の中に存在している間はデータのような状態だからね。
二つのエイリアスを融合させる事はそれ程難しくはなかったよ。
ああ、次に二人と会うのが楽しみだな。
因みに、アイネスには次に会った時にマテリアルをプレゼントする予定だよ。
正直、彼女に更なる戦闘力が必要だとは全く感じていないけど……。
でも、他の三人はマテリアルと融合済みだし、イグジスト女子の四人をちゃんと平等に扱わないと……だよね。
まあ、それはさて置き、今日から僕は中学三年生。
朝から元氣に歩いて学校まで来た訳だけれど……。
正門を通り抜け、数十メートル歩いたところで、校長先生と立ち話をしていた優子先生……。
僕と目が合った途端、慌てた様子でこちらへと走り出した。
頻りに何らかの言葉を発している。
でも、声が小さ過ぎて上手く聞き取れない。
ひょっとして、他の生徒に聞かれては不味いような悪魔のような言葉でも囁いているのかな?
周囲に居る教師や生徒達が興味を示し始めた。
優子先生が必死過ぎるのがその原因だろうね。
あ、優子先生は二年生の時の担任ね。
「そんなに慌ててどうしたの、優子先生? もしかして、校長先生がヅラだって知らなかったの?」
「――こ、校長先生がハゲなのはとっくに知っています! そんな事より…………あっ」
優子先生が走り寄って来たのは、ある意味僕を助ける為だったんだ。
なのに、少々ひどい意地悪をしてしまった。
この埋め合わせはいずれしないとね……。
あ、三年生になっても優子先生が担任みたいだよ。
「……僕をぶっ殺す?」
「ええ、もう消しておいたけど、教室の黒板にそう書かれていたわ」
「えーと……他には?」
「そうね……夢幻に許さない、とも書いてあったわね」
「あらら……」
「きっと犯人は国語が苦手なのね」
――そうじゃないと思うけどねー!
でも、何となく状況は見えて来たね。
きっと犯人は優凛タンのファンだろうね。
始業式が終わってから一時間以上が経過した。
ホームルームも終わり、既に殆んどの生徒は下校した。
でもね、僕はまだ学校に残っている。
場所は校舎の屋上……。
ここでアイネスと待ち合わせをしているんだ。
そうこうしていると、聞き覚えのある声がドアの上方から聞えて来た。
見上げれば、そこには分厚いコンクリートに腰掛けたアイネスの姿があった。
ヒラヒラと風に靡くミニスカート……。
その奥にはチラチラと見え隠れしている黒い布切れ――――!
「おほっ!」
「……おほっ?」
一旦落ち着こう。
だって、ビキニアーマーのパンツでしかないのだし……。
「おほんっ……呼び出して済まないね。状況は念話で伝えた通りさ」
「……一つ質問があるのだけれど?」
「何?」
「人前で優凛の胸を触った記憶はある?」
「――あ、ある訳ねーじゃん!」
「あら、おかしいわね、熱狂的なファンがお怒りのようだけれど……それ以外に、貴方をぶっ殺したい、と思う理由なんてあるのかしら?」
こちらに向けられた琥珀色の瞳がちょっと怖い。
少し機嫌が悪いのかな?
でも、呼び出したのは僕だし、文句は言わないよ。
「ふぅ……そうかもしれないけど、ちょっと協力してよ」
「……仕方ないわね」
「ありがとう……あ、これはお礼って訳ではないけど……はい」
「これは……ず、随分とファンタジーな生き物ね」
――君も十分にファンタジーだけどねっ!
「それで、この生き物をあたしにどうしろって言うのかしら?」
特に理由はないのだけれどね。
何故か無性にカッコつけたくなっちゃた。
「むふふふ……僕からのプレゼントさ」
「えっ……そ、そうなの?」
「ああ、見た目は小さくて可愛らしいが、とある小説の中では最強の妖精と呼ばれていた存在――――アダマンタイトキャットだ!」
パッと見は猫のロボットみたいな感じだよ。
骨格と皮膚に当たる部分がアダマンタイトでできていて、物理・魔法どちらの攻撃にも高い防御力を備えている……そういう設定だね。
「あ、ありがとう……す、凄く嬉しいわ!」
何と愛らしい笑みだろうかっ!
ちょっと小憎らしいところもあるけど、やっぱりアイネスって可愛いねっ!
ああ……必死にラノベを読み漁った甲斐があったよ。
「くふふふ……そうか。それと、これはオマケだ」
「まあ、これって……宝石? キラキラと輝いていてとっても素敵だわ!」
「まあ、確かにそう見えなくもないが……でも、それ食べ物……って言うか飴みたいなものらしいな。その小説に登場する王女の大好物で、美容にもかなり良い……ら、らしいぞ」
「へー……じゃあ、早速食べてみるわ!」
――ちょ、ちょっと待ったぁぁぁっ!
まだ説明は終わっていないのだけれど……。
でも、食べちゃったものは仕方ない……よね?
「……お、お味は?」
「うーん……飴みたいなものだって言うから、甘いのかと思ったけれど……どちらかと言えば塩味ね。でもね、イメージとは違ったけれど結構美味しいわ。ありがとう、ステファン!」
弾けるような笑顔だねっ!
ちょっと小憎らしいところはあるけど、偶に見せてくれるアイネスの笑顔って最高だよっ!
それにしても、美味しいなんて意外だよ。
僕はとても食べる氣にはなれなかったけど……。
「そ、そうか……そ、それは良かった。じゃあ、これからは遠慮せずに好きなだけ食べてくれ!」
「え? 一粒だけじゃないの?」
「むふふふ……ある意味無限だ。何故ならアイネスが食べたキラキラはアダマンタイトキャットのウンチだからな。だから、そいつが便秘しなければ一日一回は――」
「あ、あ、貴方なんか死んでしまいなさいっ!!」
ちょっと意外な展開となっている。
てっきり、僕と優凛タンが一緒に居るところを偶然目撃しちゃったキモオタが勝手に嫉妬した、的なイベントだと思っていたのだけれど……。
アイネスが様々な魔法を駆使して調査した結果、どうやらあのハゲが関わっていたらしい。
あ、校長先生の事ね。
そんなこんなで、その校長先生を探しているのだけれど、何故か一向に見つからない。
生徒達の間では、よく花壇の辺りを暇そうに歩いているってのが常識なのだけれど……。
「おかしいわね。あたしのセンサーに反応が無いなんて……」
アイネスのセンサーは訳あってハゲの発見に特化している。
【夜明けのストラーダ】の作中では、ハゲセンサーなどと揶揄される場面もあった。
「だね。ハゲの癖にハゲセンサーを潜り抜けるなんて――」
「センサーよっ!! 次は殺るわよ?」
「うっ……ご、ごめん」
すかしっ屁しちゃった。
だって、アイネスの琥珀色の瞳がすっごく怖かったんだもん。
でもね、スカンクの氣持ちは少し理解できたよ。
そういえば「本人に言うのは絶対にNGだ」っていう誰かのセリフがあったような……。
氣を付けないと、マジで殺られちゃうかもね。
「ふんっ……あら? ちょっと臭うわね」
「そ、そ、そう?」
――バレ……た!?
僕は風下のはずなんだけれど……。
でも、ここはアイネスの嗅覚を褒めちぎって機嫌をとるべき場面……かな?
「……レプテリアンかもしれないわ。あの時と似た臭いが微かにしたわ」
「あ、そっちね」
「はあ?」
「な、何でもないよ。それより……マジな感じ?」
「ええ、間違いないわ。うふふ……この魔法を早速使えるなんて……」
周囲の空間が紫色に染まり始めた。
やがて極限まで濃くなると、凄まじい勢いで膨張する――――!
「――うわっ!」
途轍もないスピードだ。
校舎や校庭を一瞬にして突き抜けて行った。
だが、何も破壊してはしない。
それどころか、宙を舞っていた桜の花弁すらその軌道を変えてはいない……。
すると、校舎の隅の方から大型肉食獣のような野太い悲鳴がっ!
「――レ、レプテリアンの悲鳴……だったよね?」
「うふふ……あのハゲ、やっぱり人間にトランスフォームしていたのね」
「ん? 人間にトランスフォームした状態がハゲなんじゃない?」
「……ちっ」
多分僕の方が正しいよね?
でも、今はアイネスを怒らせちゃ不味いよね。
話題を変えよっと。
「お、おほんっ…………え、えーと……い、今……何をしたの?」
「特殊な波動よ。レプテリアンの死体を調べたら面白い発見があったのよ。それで……」
レプテリアンの骨には地球には存在しない特殊な物質が含まれていたらしい。
だから、その物質にのみ反応す周波数の波動を魔法で飛ばしたのだそうだ。
魔法創造という特別な能力を持つアイネスだからこそ可能なのだろうね。
「さすがアイネスだね!」
「うふふ……兎に角、悲鳴が聞えて来た方に行ってみましょう」
校舎一階の奥の方……。
そこには職員室に放送室、それと生徒会関連の部屋が幾つかあった。
そして更にその奥には倉庫として使われている部屋が……。
最も怪しいのは倉庫として使われている部屋だ。
でも、物陰から様子を窺うに、廊下には教師や生徒会関係者らしき姿がちらりほらり……。
「どうする、アイネス?」
「どうもしないわ」
特に氣にした様子も見せずに廊下のど真ん中を歩き始めたアイネス……。
仕方なくその後を追う。
すると、開かれた職員室のドアから担任の優子先生が!
「――げっ!」
特に用事が無ければとっくに下校していなければならない時間だ。
間違いなく優子先生に怒られちゃうよ!
などと思っていると、脳内にアイネスの声が響く。
『ステファン、このまま真っ直ぐ進むわよ』
『いやいや、念話に切り替えても姿は消せないよね?』
『氣が付かなかったのかしら? 既に不可視化の魔法を発動してあるわ』
確かに見え方がちょっと違う。
でも、アイネスも僕自身もしっかりと見えている。
『……ちょっと不思議な感じだね』
『うふふ……あたしも初めての時はそんな風に思ったわ。ただ、音と物理的衝突には氣を付けなさい』
『了解』
近くを歩いていた優子先生がA4サイズの紙の束を落とした。
床一面に散らばる印刷物……。
僕は咄嗟に距離をとる。
『……あっ』
『何かあったのかしら?』
『あははは……すかしっ屁しちゃった』
『……さ、最低ね』
すると、一人の生徒がこちらに近づいて来た。
口が軽い事で有名な放送部の男子生徒だ。
いや……僕じゃない、印刷物を拾う優子先生に近づいているようだ。
嫌なタイミングで親切ぶりやがってっ!
『ちっ!』
『どうしたのかしら?』
『こっちに歩いて来る男子生徒が邪魔なんだよね』
『ステファン、あのヒューマンには貴方の姿は見えていないのよ? 簡単に避けられるでしょ?』
『そ、そういう事じゃないんだよね』
『じゃあ、何が問題なのかしら?』
『こ、このままだとアイツに……』
『アイツに……?』
『優子先生がオナラをしたと思われちゃうよ!』
『――ほ、放って置きなさいっ!』
タイミングを見計り、倉庫として使われている部屋に侵入した。
あちらこちらを入念に調べてみたら、床の一部に違和感があった。
慌てて床を戻したら、少しズレちゃった……みたいな感じだね。
すると、アイネスはその少しずれていた床を魔法で浮遊させた。
『――か、階段じゃんっ!』
『この感じだと、この学校の下にも地下空間がありそうね。うふふ……少し楽しくなってきたわ』
階段のステップに足を乗せたアイネス。
そして、片方の肩紐を外すと、黒のミニドレスは無数の光の粒となって霧散した。
ああ~、こういうファンタジーな演出って、すっごくテンション上がるよね!
他の皆も同じことができるようにアップデートしちゃおっと!
あ、僕自身にもね。
おっと、僕も負けてはいられないよね。
カッコイイ喋り方でこの場をドカーンと盛り上げよっと!
『くふふふ……このまま先に進むつもりか?』
『ええ……何か氣になる事でもあるのかしら?』
『無い、と言ったら噓になるな』
『……なら、先ずはそれを解決してしまいましょう』
『うむ……アイネスならばそう言ってくれると信じていたぞ』
『それで、一体何がそんなに氣になっているのかしら?』
『むふふふ……結局、優子先生がオナラした事になっているのかな?』
『――そ、そんな事はどうでもいいじゃないっ!』
アイネスって冷酷だよね。
優子先生の一大事なのに……。




