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VRMMOセンキ  作者: あなたのお母様
第二章 闇に蠢く
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第十六話 いきなり、アライアンス壊滅

 転送されたレットの目の前に広がっていた光景は、地面から生い茂る“無数の巨大な緑”であった。

天まで伸びているそれらは、野草というには余りにも大きく、しかし木と例えようにも幹が無い。


(クエストを受注した時にNPCに言われた通りだ……。ここは森じゃ無い。――“箱庭”なんだ!)


事前に調べていたIDの情報を、レットは思い返す。


このダンジョンの名は『エイン・ルルゥの庭』。

エルフの蒐集家である少女、エイン・ルルゥから依頼されるクエスト『小さな好奇心』を受注することで転送可能になるIDインスタンスダンジョンである。

クエストの内容は『趣味で自作している箱庭で起きている人為的かつ、偶発的な事象を、善意の第三者として観測して欲しい』というもの。


――これはテンションが上がった彼女の言葉であり、わかりやすく噛み砕くと要は『ダンジョンを体験して欲しい』という依頼(クエスト)である。


ここに転送される際にプレイヤーはエインルルゥの独自の魔法で「縮小」しているという設定がある(しかし、ゲームの仕様的に本当に縮小しているわけでは無い。専用のエリアに転送されているだけである)。


依頼主であるエインルルゥは箱庭を複数所持しているらしく、箱庭に入り直す度に内部の構造や敵の配置がランダムで変化するようになっている(あまりに多種多様なので、プレイヤーからは“いくつ箱庭を持っているんだ”とメタ的なツッコミを入れられることも)。




〘よろしくお願いします〙


〘よろしくですー〙


〘……シャース〙



聞き覚えの無い声が聞こえてきてレットは振り返る。

今彼が居る場所は巨大な“雑草”の生えていない小さな広場で、そこには自分達以外のパーティの姿があった。


(ああ、なるほどね。メンバー全体で使う専用の会話チャンネルがあるんだったっけ? えっと、確か――)


――Alliance(アライアンス)会話。

複数のパーティで攻略するレイドでは自動的に組まれ、特に混戦となったりプレイヤーの位置が頻繁に離れてパーティ同士での意思疎通が難しい場合に使われる。

レットも慌てて挨拶をしようとしたが、既に参加者の何人かは歩き始めていた。


[あ……ええっと。これ、オレどうすればいいですかね!?]


[落ち着いてくださいにゃ。とりあえず先行する人達について行けば平気ですにゃ]


パーティ会話でネコニャンの指示を仰ぎつつメンバーに同伴するために移動を始めるレット。

ダンジョンの道中には意匠の凝った小さな石像や合成の素材に使われそうな巨大なサイズのガラクタが落ちており、それらの中から様々なデザインの昆虫型モンスターが這い出てきた。


[ふむ……。通常のフィールドにいる昆虫型のモンスターとは、デザインもサイズも違うのですね]


[そうなんですにゃ。IDでは基本的に通常のフィールドと同じモンスターは出ませんのにゃ。例えば――]


タナカとネコニャンの二人が話し込む間もなく、先行していた他パーティのメンバーによって昆虫型のモンスターが見たことも無いようなスキルの雨霰でなぎ倒されていく。

凄まじい轟音とエフェクトの数々に抜刀することすらできずにレットは思わずたじろいだ。


[おわったたたたたたたた!? なんなんですか一体!? ここに居る人達、みんな凄え強いじゃないですか!]


[レベルの制限がかかっているけれど、スキル回しの効率が良すぎてあっという間にモンスターが倒されてしまってますにゃ……]


(なるほど。アライアンスには上級者プレイヤーがたくさん混じっているってことか……)


IDにはダンジョンごとのレベルの上限が設定されておりこれを超過した場合キャラクターのステータスが低減する。

しかし、使えるスキルの数に制限は無いので上級者に同伴した初心者が驚くことは少なくない。

以前の仕様ではレベルと同じように使えるスキルにも制限がかかっていたのだが、『キャラクターのレベルをがんばって上げたのにIDに入ると制限がかかるのはストレスである』という上級者プレイヤーの意見があったため現行の仕様に変更されたという経緯があった。


〘あの、皆さんちょ~っと待ってくださいにゃ。ほんの少しだけゆっくり進んでもらえないですかにゃ?〙


〘はいー〙


ネコニャンがアライアンス会話でメンバーに呼びかけるも、返ってきたのは如何にもな生返事。

ほとんどのメンバーはこちらを向くことすらせず、そのまま先にどんどん進んで行く。


[こりゃ、アカンな。ハズレを、ひいたで]


[うう……たまーにいるんですにゃ。こういう感じで効率よくガンガン進めていく上級者プレイヤー達の集団が。ゲーム規約的には何の問題もないけど、ダンジョンに初挑戦する初心者からすればたまったもんじゃないんですにゃ]


[効率よくやりたきゃ。効率良くやりたい連中だけで、集まって他所でやれ。って話やな。タナカや、レットが、可哀想や]


[あ、いえ……。(ワタクシ)としては一向に構わないのですが……あちらのパーティに参加された初心者のプレイヤーさんはとても困っているようですね……]


タナカの言葉を聞いてレットが先行しているパーティを見つめる。

メンバーの中で、心配そうに周囲を見回しているプレイヤーの姿が何人か見受けられた。


(そうか……パーティ単位で参加してきたオレ達とは違って、一人で参加希望を出した人もいるってことか……)



 パーティメンバーはダンジョンを進んでいく。

ダンジョンの凝った背景を楽しむことすらままならず、独特のギミックもあったようだがそれが何なのか理解する前に解除されてしまう。

一行が進む速度は段々と早くなっていきレット達はモンスターを殴るどころか、段々と追いつけなくなりつつあった。


ところが、とある地点で突然先行していたメンバーが足を止める。

レットの視線の先には、光の線で隔てられた広間があり、中央に今までのモンスターと比較して二回りほど大きいサイズのトンボのようなモンスターが鎮座していた。


[紆余曲折ありましたが、最終的には待っていただけたようですね]


[タナカさん、違うにゃ。あのトンボはIDのボスなんですにゃ。流石にボスは全員で挑まないと時間効率が悪いから待機しているってだけですにゃ……]


[――あれ? ダンジョンにボスが居るっていうのはオレ知っていたけど、もうこれで最後なんですか?]


[いや、まだですにゃ。あのトンボは道中に立ち塞がる“中ボス”みたいなもんで、今回のダンジョンの主は別にいるんですにゃ]


〘Aパーティ、OK〙


〘Bパーティオッケーです〙


レット達が到着するや否や、アライアンスチャットで各パーティリーダーの点呼が始まった。


〘ちょっと皆さん、落ち着いてくださいにゃ。そっちのパーティだって、今到着したばっかの初心者さんがいますにゃ。難しくは無いけどこれから一応ボスなんだし、ちゃんと準備する時間を――〙


〘こっちは大丈夫です。すみません。急いで貰っていいですか? 俺達回数回さないと行けないんでよろしくお願いしますー〙


そう言っていかにもな装備品を付けた背の高いエルフの男性プレイヤーがこちらを見つめてくる。

笑みを浮かべているが目は笑っていなかった。


(こ……こええ…………なんか大切な物を失っているよこの人達……)


〘……うう……Cパーティオッケーですにゃ。“お待たせしました”にゃ〙


項垂れながら放たれたネコニャンの言葉と同時に、他パーティのメンバーの何人かがボスに殴りかかる。

それから数十秒の間、鐘のようなオブジェクトが空から振ってきたり――周囲の空気が蜃気楼のように歪んだり――血が飛び散るような派手なエフェクトが発生したりと戦闘は混沌の様相を極めた。


レットはそれらのエフェクトが“パーティメンバーのスキルによって発生した物である”ということは辛うじて理解できたものの、結局何が起こっているのかいまいち分からない。

あっという間にボスは撃破され、同時に一部のメンバー達が再び走り始めた。


[タ……タナカさん。こういうことを聞くのかなり変なんだけどさ。“ボスをちゃんと殴れた?”]


[正直に申し上げますと……余計なことをしてはいけないのでは無いかと緊張してしまいまして、タウントを入れるだけで全く攻撃することができませんでした。……火力を出せず申し訳ないです……]


[そんなん別に気にせんでええにゃん……。気後れせずに別に好きに殴っていいんですにゃ!]


[そ――そうですよね! オレなんて普通に攻撃しまくってたし! ダメージあんまり出ていなかったみたいだけど……]


[うーん。隣で見てたけど……レットさんってスキルの回し方が独特なんですにゃ。それは安定した火力が出せない対人のスキル回しですにゃ。クリアさんはほんま教え方がいい加減なんですにゃ……。まあ、今度自分がちゃんと教えてあげますにゃ]


[それはマジで助かります。でも――ネコニャンさん、今は前見てちゃんと走らないと……置いてかれちゃいますよ!]


[うう……ちょっといくらなんでも早すぎですにゃ……。誘っておいてなんか申し訳ないですにゃ。せっかくの初IDなのに……]






「……しゃーないな。そろそろ。“わからせる”で」






突然、パーティ会話では無い普通の言葉でテツヲがぼそりと呟いたのをレットは聞いてしまった。


(何だろう……凄く嫌な予感がする……)


ネコニャン曰く、“道中の中ボス”は先程のトンボも含めて二体居るということで、そこから先はほとんど同じ流れであった。

先頭のプレイヤーが可能な限り多くのモンスターを引っ張りまとめて倒す。後続のプレイヤーが火力を出し切り殲滅する。


[あっという間に次のボスが見えてきましたね。……あれは食虫植物――ですか? 弱点は一体何なのでしょうか?]


[う、うーん……。結局あっという間に倒されちゃうからあんまり気にしなくてもいいんじゃないかな?]


しかし、ボス前に到着した段階で、最後尾に居たレット達は唖然として、完全に立ち止まってしまう。

なぜなら――














〘ABC、OK〙







――そう叫んで、いつの間にか集団の先頭を走っていたテツヲが全員の準備を待たずして、いきなりボスの居る広間にたった一人で突っ込んでいったためであった。


[ちょちょちょちょっとオオオオオオオオオオオオオオ!!]


戦闘エリアに入ることができぬまま、遥か後方で完全に置いていかれてしまったレットがパーティ会話で絶叫する。


〘あ……おいふざけるな! 何するんだ!!〙


既に先行しており“効率”が身に染みついていた故か、テツヲに釣られて、或いは釣られたメンバーにさらに釣られるように反射的に広間に入ってしまった上級者達。

慌ててその場から脱しようとしたが――時既に遅し、半透明の壁ができてテツヲごとボスとの戦闘エリアに閉じ込められてしまう。


〘馬……馬鹿野郎! お前……なんてことしやがるんだ!!〙


〘急いでたんやろ? ――なら。俺と一緒に。死に急ごうや〙


レベルに制限がかかっている以上、少人数でのボス撃破は困難であるのだが、閉じ込められたメンバーの全てが先行していた上級者。尚且つ“ぎりぎり撃破できてしまいそうな人数”であったため、そこからの戦闘は長引き苛烈を極めた。


「しっかりスキル回せって!」


「回復! ――回復たのむ!」


「全滅して、やり直した方が効率いいんじゃね?」


「ああもう……駄目か……畜生!」


しかし一人、また一人と倒されていき最後はテツヲも含めて閉じ込められたメンバー達は全滅。

戦闘不能となった“死体”はボスである歩行型の食虫植物に全員飲み込まれてしまった。


[ネ……ネコニャンさん。通常のフィールドと同じように戦闘不能になると何らかのペナルティがあるのでしょうか?]


[IDのボスの場合は装備品が消耗して挑戦前の地点まで戻されるにゃ……。経験値のロストは無いから心配はせんでええけどにゃ。こりゃあ揉めそうですにゃ……]


レットの背後で戦闘不能となったプレイヤー達がリスポーンし、テツヲに対して追究が始まる。


「あのですね――マジで理解できないようなことするの、やめてもらっていいですか? 次やったらパーティから追放しますんでご理解くださいね?」


――が、それもすぐに終わった。

先のエルフの男性プレイヤーがテツヲに対して笑みを浮かべつつも、しかし敢然とした態度で淡々とそれだけ伝えて死亡したメンバーを牽引して再び走り出そうとする。


「俺を蹴るかどうかを決めれるのは。俺のパーティのメンバーだけや。……いずれにせよ。知ったこっちゃ、ないで。お前らが――初心者を同じ土俵に入れようとしなかったからや。まとめて“隔離されて”満足やったろ」


対してテツヲは全く表情を変えない。

リスポーンした場所から一歩も動かずに、腰を降ろして綺麗な姿勢で座り込みを始める。


「――何も言い返せんからって立場の弱い初心者共に甘えるのも。大概にせえや」


その一言でエルフの男が足を止めた。


〘そうは言ってもね――〙


男は深く深く溜息をついて失笑しながらテツヲを見つめた。


〘――俺達だって好きで“こういう方々”とマッチしてるわけじゃないで〙


〘死ね〙


何の躊躇も無いテツヲの暴言が放たれた。

レットがエルフの男に対して『酷いことを言われた』と感じる間もない。余程場慣れしているのか、テツヲの返答は凄まじく早かった。

地の底から鳴り響くドスの聞いた言葉から明確な怒りが伝わってくるのを感じて、レットは思わず震え上がる。

テツヲの反応を予想できなかったのか、エルフのプレイヤーが思わず笑顔を崩し唖然とした表情を見せた。


〘お前らみたいのがいると。ゲームが。つまらんくなるんだわ。はよ抜けろや〙


〘え……いや、その……〙


〘はよ抜けろや〙


〘いや待てって――〙


〘抜けろ。今すぐ抜けろや。消え失せろや!〙


発言ごとに、テツヲの瞼が開いて真っ白な眼球に血が走り、顔を中心に幾つもの青筋が立ち始める。


〘さっさと抜けろや。予め言うとくが――走っても無駄やで。また。俺が戦闘無視して先頭走って。待機指示無視して“一人で勝手に戦闘始める”だけや。その間に全員の。準備と足並みは揃うやろ〙


〘マジでやめていただけませんか? もう誰も同伴しませんよ。すぐ死んで戦闘エリアの入り口開きますけどね〙


テツヲから顔を背けつつもエルフが負けじと言い返す。

依然変わらず敬語ではあったが、既に笑ってはいなかった。


〘全員の準備が揃うまでの時間稼ぎは。できるで。――俺は、パラディン。やからな〙


そう言い放ってからテツヲが座っている状態から跳ねた。

地面に両手を沿え、今にも走り出しそうなクラウチングスタートの姿勢をして見せる。

そして再び無言となったテツヲの前で、上級者達は何かを話し合い始めた。


「コイツまじでキモいんだけど……」


「やめとけよ……。あれ…………あのサーバーのテツヲだろ? …………で有名な…………これ以上絡むとめんどくせえ。こういう……は放っておけば――」


初心者のパーティメンバーを会話に入れないようにするためか上級者達のやり取りは周囲に僅かに聞こえる普通の会話であった。

しばらくするとその上級者のメンバーが一人、また一人とダンジョンから退出していく。

最終的に、エルフの男性も含めて全員が居なくなってしまった。


「あ……あの」


取り残された、おそらく初心者であろうメンバー達の内のヒューマンの若い男性プレイヤーがテツヲにおずおずと近づいてくる。


「あの――ありがとうございました」



















「――――――あ?  何。わけわからんこと、言うてんのや」


そう言ってからテツヲが若い男を凝視する。


「え……いや……あの僕ら……すごく困ってて、それでその……感謝の意をええと……述べたというか……」


「…………………………………………」


テツヲは無言で男を見つめ続けた。


「――ひっ!」


男は動揺したのかダンジョンから退出。残された他の初心者達も、無言で次々とその場から消滅する。

最終的にこの場に残っているのはレット達だけとなってしまった。






「さて、補充メンバーが来るまで。暇でもつぶして。のんびり待つで」


無表情に戻ったテツヲにタナカが恐る恐る話し掛ける。


「あの……テツヲさん。初心者プレイヤーの方々も、全員出て行かれてしまったようですが……」


「……あいつらに感謝される。筋合いは。ねーわ。俺は。あの連中の為に。やったわけやないで。チームメンバーのレットとタナカの為にやったんや」





『――テツヲさんは怖い人じゃないぞ。リーダーだからメンバーには優しいのさ。メンバー“だけ”にはな』




(クリアさんが言っていた通りだ……。身内にだけ優しいって、マフィアか何かかよ……。いや、こんな優しさいらないけどさ……)


「むむぅ……そんなことよか、テツヲさん。――その初心者二人に何か言うことはないんですかにゃ?」


「うむ。引っかき回して、“ごめんなさい”や」


テツヲは立ち上がってレット達に深々と頭を下げる。

ネコニャンは深々と溜息をついた。


「ほんまそれにゃ……。レットさんもタナカさんもなんか色々申し訳なかったですにゃ……」


「そ、そう――ですね。ご好意はありがたいのですが、初心者の我々の為に何もあそこまでやっていただかなくとも……(ワタクシ)としては、多少乱雑に扱われても構いませんし……」


「タナカさんはきっちりテツヲさんに“迷惑している”って言ったほうがいいですにゃ。何事も事なかれが一番ですにゃ。あんな風に暴れんでも、上級者の連中なんて放っておけばええにゃん……」


「初心者と上級者の住み分けが、しっかりしているなら、こんなことせーへんで、ええのやけどな。泣き寝入りするのも癪やで。レットは、どう思うたんや?」


「ぶ……ぶっちゃけすげえありがたかったんですけどォ。そもそもオレもああいうのは気にしないタイプなんで大丈夫ですよ」


(まあ割とスカッとしたけど。“暴走するテツヲさんの方が怖かった”っていうのは黙っておこう……)


「ほむ……わかたわ。すまんな。次からは、お前らの前では、やらんようにするわ」


そう言って再びテツヲが再び深く頭を下げた。


「……まあ心配はいらないですよにゃ。“今回も”あの人達に恨みを買って、外部掲示板で最悪晒しものにされるのはどうせテツヲさんだけですしにゃ」


「インターネットを使った晒し行為か……うーん。なんだろ。前にも似たようなことがあったけど、このゲーム。結構殺伐としてるんですね……」


「こういうIDは特に、同じプレイヤーに二度と出会わんからって、初心者にマウント取りたがる馬鹿が、たまにおるんや。あの連中は、自分のサーバーでは、我が身可愛さから、絶対にあんなことは、やらんし、言わんやろな」


「成る程。そういえば、IDはサーバーが違っていてもマッチングがされるのでしたね。悲しい一期一会もあったものですね……」


「そうや。そのくせ、ああいう手合いは、手前が暴言吐かれると、黙るんや。やり返される覚悟のない。半端もんのカスやな。男なら、正々堂々、自分のサーバーで思うさま暴れて、きっちり捕まって牢屋に、ぶち込まれんとな」


そう言ってテツヲは手を添えずに首をボキボキと鳴らした。


(なんか、それもおかしくないか?)


「レットさん。気にせんでええんですにゃ。そのうち悪さした天罰がちゃんと下るからテツヲさんのことは放っておけばいいんですにゃ。そんなことよか、この場にクリアさんがいなくて良かったですにゃ。もしも居たらテツヲさんを囃し立てロクでもない悪戯して事態がさらに悪化してたに違いないですからにゃ……」


レットにはクリアが居た場合にどのような事態が起きうるのかまでは、全く予想できなかったが――


(どうしてだろう。メンバー全員が戦闘不能になっている光景だけは、なぜか想像できるんだよなあ……)


「とにかく。後少しでこのダンジョンはクリアできるし、途中参加で新しいメンバーがやってくるのを待ちましょうにゃ。補充待ちってヤツですにゃ……はぁ……」


直立不動のテツヲの真横で、ネコニャンは体をぐにゃりと曲げた。


「せやな。それまで。暇でも潰すで。前クリアがやってた遊びでも。やろうや」


そう言ってから、テツヲが“布でできたボール”をインベントリーからおもむろに取り出して、ダンジョンの通り道に乱暴に放り投げた。









「ほーれ。ネコニャ。…………とってこいや」


「ごろにゃーん! ――――――って、やりませんにゃ! 猫じゃ無いですにゃ!」


「むしろ犬だろォ!? 何やっているんですか、駄目ですよテツヲさん! ネコニャンさんだってこんなナリでもチームのメンバーなんだから優しくしないと……。というか暇つぶしとしておかしいしょコレェ!」


「……レットさんはほんま一言余計だけど、その通りですにゃ。自分もチームメンバーなんだからちょっとは(いたわ)ってくださいにゃ……」


「別に、拾いに行ってくれても、ええやろ。発案者のクリアが。前やったときと違って。俺は。モンスターのいる場所には。投げてへんで。あん時、みたいに、ネコニャが絡まれて。そこからメンバーが全滅することも。ないやろ」


(クリアさんは本当に普段から何をやらかしてるんだよあの人は馬鹿かよ……)


「まあ確かにこれなら安全だし、あの時みたいに死ぬことは無いし……うーん……」


「ええやろ。ネコニャがボール拾うの、結構見てて、楽しいで。頼むで、この通りや」


そう言ってテツヲは直立不動の姿勢を取り続ける。

しかし――頭は下げていなかった。


「……しょうがないですにゃあ。これをやるのは今回だけですにゃ。待機中に“もっと危険な遊び”をやられて全滅されても困りますからにゃ?」


猫背になった背中から哀愁漂わせつつ、ボールに向かってトボトボと歩き始めるネコニャン。

そして、それを直立不動の姿勢のまま待ち続けるテツヲ。


「ふ……普通に拾いに行かれるのですね……」


(なんなんだこれ……スゲえシュールな光景だ……)


レットとタナカはメンバーが補充されるまでの間。

暇つぶしをする二人を、生暖かい目で見つめていた。

【GODDEATH チームルール (発案者:Tetsuwo・Goddess 作成者:Clear・All)】


①メンバー同士の争いは殺し合いで決める。争いで解決しない場合はぶつかり続けろ。白黒つくまで徹底的に潰し合え。

②険悪な空気を推奨する。暴言や脅迫も推奨。

③メンバーのリアルの私生活や犯罪歴などに必要以上に干渉しないこと。(自分から話す場合は例外)

④互いのやり方を尊重するかどうかは自由とする。自分を殺してまで他者に迎合しようとすることは禁止する。

⑤メンバーの選出は気分次第。無言で勧誘することもあればメンバーからの勧誘も許可する。脱退は自由。

⑥リーダー不在時はあんまり手伝えないから許せ。

⑦笑えないような“裏切り行為”をしたものは殺す。

⑧死にたくなければ住所や実名を濫りに漏らすな。




「最初見たときは背筋が凍るほどヤバいと思ったけどォ――その割にはここって平和じゃないですか?」


「人間ってのは不思議なもんですにゃ。“皆で楽しく”って書くとなあなあになって揉めるのに、こんな風に“揉め事推奨”って堂々と書くと揉めないんですにゃ……」


「へぇ~。そこまで考えて決めたのか。テツヲさんって結構頭良いんですかね?」


「いや、普通に争いたかったんじゃないですかにゃ?」


「……………………」




【訴訟に弱い運営会社】

かつて本作ではアカウント利用の『真の永久停止』という概念があった。

これはアカウントを作り直しても「同一プレイヤーであると判断された段階でゲームプレイを再び永久停止にする」という文字通り永久にゲームを遊べなくする措置である。

しかし、同一プレイヤーであると誤判断された米国のプレイヤーが運営会社に対して訴訟。

運営会社の企業に関する法律事務を請け負う部署である法務部が立ち上がるも――個人に対してあっさり敗訴してしまいこの措置自体が無くなってしまったという経緯がある。

現状、アカウントを削除されても何事もなかったようにゼロからゲームを始めるプレイヤーには運営は成す術がない。

モグラ叩きのように潰し続けることしかできないのである。


「わかったかレット? テツヲさんがリーダーだからこそこのチームは存在している。そして、このチームが永遠に存在する限りテツヲさんが常にリーダーなわけだ。他の誰にもできない」


「……このゲーム。悪は滅びないですね」

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