第十七話 再び、アライアンス壊滅
「うえぇ……しんどいよォ。体重い……」
体中にくっついた粘液の不快感にレットがうめき声を上げる。
「まあ、初心者が“食べられる”のは仕方ないですにゃ。終わった後も粘液のデバフは残るけど、今回はアライアンスの皆がちゃんと待ってくれてますから別に心配はいらんですにゃ」
さきほどのアライアンス解散から程なくして、新しく補充されたメンバー達と共に中ボスである食虫植物を無事に踏破したレット達。
その戦闘が長引いたためか、今まさに苦しんでいるレット以外にも食虫植物に丸呑みにされたプレイヤーが何人か居たようで――粘液と共に付与された鈍足効果のデバフが解除されるまでの間、補充されたメンバー達は和気藹々とエモートを交えて談笑をしていた。
レットは新しく補充されたメンバー達を改めて注視する。
彼らの装備品は量産されてプレイヤーの間で普及している物で、レットが街中で見かけたことのある物ばかり――要するに初心者向けの装備ばかりであった。
(新しいメンバーの中に上級者はいないみたいだな。ボスを倒した後に走り出すような人がいなくてホッとしたよ……)
[今度は、大丈夫そうやな。ネコニャ、みたいに。目が死んでるやつもおらんで]
[キャラの網膜が無くて眼球真っ白な人に、どーのこーの言われたくないですにゃ……]
全員の足並みが揃ってから、再び一行は箱庭を進んでいく。
二体目のボスを倒してから、レット達を取り巻く景色が段々と開けていく。
レットの目に、強い日差しが差し込んできた。
どうやら眼前には巨大なオブジェクトが立っていたようだが、目が眩みレットはそれが何なのかわからなかった。
(うえー。デカイ! なんだこれ?)
メンバーに追従して日陰に入り、レットは目の前のオブジェクトが“強大な樹木の切り株”だったことに気づく。
切り株は朽ちていたためか、ところどころに穴が開いていた。
[ああ今回は“このダンジョンパターン”ですかにゃ。こっからはこの朽ちた切り株の中を、上に上に進んでいくんですにゃ]
[落っこちんように、注意せいや。透明な壁なんて。ないで]
(ほえー。なんというか……凝ってるなあ)
一向は地面に接している穴から巨大な切り株の中に入っていく。
切り株の内部は、如何にもな一本道ができており、歩みを進めるごとに外につながる穴や木の窪みからモンスターが飛び出してきた。
先程まで上級者達に瞬殺されあっという間に消滅してしまっていた為、レットはここで初めてIDのモンスターをしっかりと確認する。
それらはプロペラのように羽が回転している竹蜻蛉のような虫であったり、太く短く蠕動しない斑色の毛虫など、奇妙で有りながらリアリティよりもファンタジーを重視するようなデザインがされていた。
故に、以前洞門で見た蜘蛛と違って生理的な嫌悪感を全く感じないことにレットは内心で安堵した。
(さっきのメンバーと一緒に戦った時よりもスキルのエフェクトも地味だな……プレイヤーのレベルが低いからかな?)
道中の戦闘には多少時間がかかったものの、しかし取り立てて苦戦するほどのものではない。
戦闘の合間に、雑談を挟む余裕があるほどだった。
[そういえば、さっきから沢山モンスターを倒しているけど、ボスも含めて何もアイテム落としませんよね? 普段なら、“戦利品リスト”ってウィンドウに色々入ってくるんじゃなかったっけ?]
[このIDで落とすアイテムには黒い枠がついてて“黒ドロ”って言われてるんですにゃ。“黒ドロ”は戦利品のリストに入らないでそのままプレイヤーの所持品に入ってくるものなんですにゃ]
タイミングを見計らって、レットがゲームのメニューを確認する。
ゲームのログを見るとアイテムの入手記録が残っており、虫の羽やら触覚やらいかにも使い道の無さそうなアイテムがレットの所持品のリストに大量に追加されている。
[あ、本当だ。勝手に追加されてる。……アイテムはIDだと個別入手なんですね]
[いいアイテムが出ても、黙っておいた方がええで。話しただけで、妬まれて晒されたり。するかんな。“闇の黒ドロ”ってやつや]
テツヲが発した不吉な単語を聞いてタナカが眉を顰める。
[恐ろしいお話ですね。アイテムを手に入れただけで見知らぬ方から恨みを買ってしまうのですか?]
[“物によりけり”ですにゃ。なかなかアイテムが出なくて苛立っている廃人がポッと出のプレイヤーに『なんかレアそうなアイテム出ました!』とか言われて発狂したり失神したりは普通にありますにゃ……。ま、少なくともこの仕様ならレアなアイテムが出てもメンバーに妬まれたり浮き足立ちませんから心配しなくてもいいですにゃ。横取りされることもないし~]
(“失神に発狂”ってどういうことだよ……。レアなアイテムが絡むとそんなに違う物なのか!?)
[というかそもそも、ここ以外でアイテムの取り扱いってどうなってましたっけ? モンスターからのドロップ品にこんな黒い枠ついてなかった気がするけどォ……タナカさんと前にレベリングのパーティを組んだときはどうしてたっけ?]
「私の記憶が正しければ、全てのアイテムをリーダーのレットさんが入手の希望を出すことで獲得していたはずです……。“革新的なリーダーさんだな”と思った記憶があります……」
[革新的――かなあ? アイテムがほしいならちゃんと希望を出すものじゃないの?]
首を傾げるレットを見てネコニャンはとても渋い表情をした。
レットは“野良猫が梅干を間違って食べたような顔をしているな”――と思った。
つまり――そのくらい渋い表情だった。
[本来なら何も希望を入れないでおけば各々の所持品に自動で分配されるんですにゃ。そういう野良パーティでのアイテムは、欲しいアイテムがあったら一言皆に言わないとマナー違反ですにゃ……]
[せや。そういう希望の出し方は、気をつけんとあかんで、戦闘中でも“ゴミも含めて全部のアイテム俺に寄こせ”って言うとるようなもんや。がめついやつやと、思われるで]
無意識にノーマナープレイをしていたことを指摘され、レットはひどく狼狽する。
[え゛っ!? い、いや。知らなかったんですよォ……その場で教えてくれてもよかったじゃないかタナカさぁ~ん……]
「まあ、あの時はその……色々な出来事がありましたからね……」
(“色々な出来事”か)
レットはタナカとパーティを組んだときの記憶を思い出して、少し苦しそうに首元を擦った。
[いやいやいやいや、何しみじみとした表情してるんですかにゃ! 知らなかったとはいえ普通に反省しないと駄目ですにゃ。レットさんって、本当に無自覚無意識にそういうヤバいことやらかしますよにゃ……]
[うぐぐぅ、反省してますよォ。とにかく外だと自動で分配するのが基本なんですね?]
[状況によりますにゃ。ほとんどのアイテムには薄い赤色の枠がついていて“赤ドロ”って言われてますにゃ。こういうアイテムはリーダーが分配の仕方を選べるんですにゃ。デフォルトならさっき言ったようにランダムな数字を出し合って持ち主を決める形式だし~競売形式だったりとか~話し合いで決めたりとか~一旦リーダーがアイテムを預かってパーティが終わってから分配したりすることもありますにゃ]
[あ……あ~。そっちのほうがなんか一手間あって冒険とか協力してる感はあるなあ]
[レアアイテムが出ると。予め。取り決めてても揉めまくるで、こっちは“血の赤ドロ”や。公の場で罵詈雑言やるから、こっちのほうが。俺は好きやな]
[もう何やっても結局ロクデモナイことになってんじゃねえか! どうなってんだよこのゲーム!! もう勘弁してくださいよ! さっき揉めたばっかりなのに間髪いれずにまた揉めるのいやですよオレ!]
[ま、まあ少なくとも今は揉める心配はいらないですにゃ。ここの一番のレアアイテムは“マウント”とかなんでレットさんの場合は間違いなくゲットできませんからにゃ。クエストをクリアしてマウントに乗れる状態にしておかないとそもそも所持品に入ってこないんですにゃ]
聞き覚えのある言葉(といっても、それはアニメの知識に基づく物であったが)にレットは表情を輝かせる。
「“マウント”って、クリアさんが乗っていた馬みたいな奴ですよね?」
[そうそう。微妙に乗れる人数とか、操作性とか、地形に対する走破能力とか移動速度とか、色々違いがあるんですにゃ]
マウント。このゲームでの徒歩以外でのプレイヤーの移動手段の内の一つ。
騎乗できるのは馬だけではなく、古代文明の技術を使った機械や神話上の生物等。その種類は多岐に渡る。
(いいな~。オレも早くカッコいい黒馬とかに乗ってフィールドを走り回りたいな)
荒野を颯爽と走る自分の姿を思い浮かべてニヤつくレット。
それを見てネコニャンが何かを察したのか――
[レットさんのレベルなら、もうちょっとしたらマウント習得のクエスト受けられますけど――あんまり期待しないほうがいいですにゃ」
――レットに釘を刺した。
[ああ、分かりました。いつものやつですね? またどうせ何か制約があるんでしょ? もう慣れてきましたよ]
「察しがいいですにゃ。マウントは乗れる場所や搭乗可能時間に細かな制限があったり、プレイヤーの技量とかも結構速度に影響するせいで、なっかなかスムーズに移動できんのですにゃ]
[しかもここは、PKできるサーバーやしな。目立つと、撃ち落されてリンチされるで]
[“世界の全容がわかるとプレイヤーのやる気が削がれる”っていう開発者の意見に基づく制約ですにゃ。まあ、わかるっちゃわかるんですけど、いろいろ不便すぎるのが残念なんですよにゃ]
(そういえばこのゲーム、船とかも移動に結構時間がかかったなあ……)
今までのゲームプレイの移動を思い出して、レットは落ち込み肩を落とす。
[もちろん“例外”もありますけどにゃ。操縦に長けた人が走らせると、本当に風みたいに走って文字通り他の追従を許しませんからにゃ。大切なのは安全な道を覚えたり操縦技術を高めたりする練習ですかにゃあ]
[――よっしゃあ! じゃあ頑張ります! 100倍頑張ります! 頑張って“疾風のレット”と呼ばれるくらいの男になりますよ!!]
[マウントについて教わりたいなら、ケッコが一番ええ。あいつの走らせる馬車は、ほんまに一流のスピードや]
[ケッコさんか……。やっぱり、何かコツとかあるんですかね? 馬の前によく“ニンジンぶら下げて走らせたりする”じゃないですか? ああいうことやったりしてるのかな?]
フェアリーのケッコが馬車に乗ってニンジンを掲げている光景を想像して、その微笑ましさに思わずほっこりとするレット。
[……むしろ逆ですにゃ。“前を走る馬の尻に興奮したケモノ好きのケッコさんが馬に追いつこうとして馬車を走らせる”から結果的に速いんですにゃ]
[変態かよ!]
[変態、やで]
レットのツッコミに対するツッコミを聞いてか、剣を振ろうとしていたタナカが思わずその場で蹴躓いた。
[ケッコさんで思い出したんですけど、たまに“プレイヤーをマウント代わりにするような人”も居ますにゃ]
[え!? どういう意味ですそれ?]
レットの質問を受けて、ネコニャンはしみじみと語り始める。
[あれは少し前の出来事でしたにゃ――]
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「というわけで、【四速歩行式ネコニャンニャン号】、はっしーん! ヨーソロー!!」
「ぐえーっ! クリアさん重いですにゃ! 重い重い重い重いー!!」
「もう~しっかりしてくださいよ! こんなんじゃあエールゲルム一周なんて夢のまた夢じゃないですか」
「勝手に話を大きくしないでくださいにゃ!! クリアさんは何でこんなときに限って銅鐸みたいな重装備着てくるんですにゃ! 重いですにゃ!」
「もう……ネコニャンさんはだらしがないんだから。仕方ないわね~♪ 私もちょっと応援してあげようかしら? 頑張れ頑張れ♪」
「どっちかって言うとクリアさんよりも肩で跳ねてるケッコさんの方が精神的に100倍は重いですにゃ! ゲロ吐く~ゲロ吐くぅ~」
「考えすぎよ! 現実でやったら間違いなく床が抜けて地面が揺れるけどゲームの中なら平気平気♪」
「だからそういうの聞いちゃうと余計にしんどいですにゃ! やっぱ二人とも降りてくださいにゃ! 潰れる! 潰れる~~~!!」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
[ということが前にあってぇ――[子供かよ! クリアさんはまだしもケッコさんまで何やってるんだよ!! というかネコニャンさんもネコニャンさんで何でそんなわけわからんことやってるんですか!]
[……いや、実はその時リアルの仕事で患った腰痛が結構酷くてぇ……背中に乗ってもらったら精神的に多少はらくになるんじゃないかなあと思ったんですにゃ]
[オッサンかよ!]
[オッサン、やで]
レットのツッコミに対するツッコミを聞いてか、タナカがモンスターの攻撃をかわし損ねてダメージを受けた。
[本当にしんどかったですにゃ。一人じゃプレイヤーを何人も何人も背負えるもんじゃないんだなって実感できましたにゃ。いつもマウントとしてプレイヤーを乗せてくれるお馬さんに感謝しちゃいましたにゃ。マウントされる側になんてなるもんじゃないですにゃ]
[クリアさんとネコニャンさんの間柄ですと……“マウントを取る”の方が正解な気がしますね]
[タナカさんもタナカさんで、そういう面白いこと突然言うのやめてよ!]
レット達が駄弁っている間に、いつの間にかアライアンスは切り株の頂上に到着していた。
頂上は切り株ということもあってか綺麗な円形の広場となっているようだった。
(如何にもな場所だし。ここでボスと戦うってわけだな!)
[ようやく到着しましたにゃ。ボスは何が出てくるかはエリアの中心に全員が入ってみないとわからないから、ま、最初は強く当たって後は流れでって感じですかにゃ?]
[広いけど、落ちんように。せいや。ボス戦でも。透明な壁なんて。ないで]
ネコニャンが言った通り、メンバーが広場の中央に進むと同時に、空から巨大な何かが降って来る。
それは今まで出てきたモンスターと比べると二回り大きい甲虫だった。
特徴としては顔部分以外がほとんど完璧な円形で光り輝く銀色であったということ。
その独特の外見ゆえに、レットは自身の体が縮んでいたということもあってか一瞬“学生服のボタンが落ちてきた”のではないかと一瞬錯覚したほどであった。
(【銀耀のアマルガム】。Lvは29か。途中で出会ったモンスターよりレベルが高いな……一体、どんな攻撃をしてくるんだ?)
最初に咄嗟にタウントを行ったタナカに対して甲虫が攻撃を繰り出す。
攻撃は重く、そのHPが大きく減った。
[タナカさん? 大丈夫!?]
[ご心配は無用です。盾ができるプレイヤーさんは他にもいますので]
タナカの言うとおり、心配は無用だった。
確かに攻撃力はボスらしく高く設定されていたようだが盾は複数人いるため交互にターゲットを切り替えれば戦闘不能の心配はない。
しかもこの甲虫、攻撃はしてくるものの広場の中央に鎮座したまま動く気配がなかった。
他のモンスターと違って盾を行っているプレイヤーがその場を離れてしまったとしても追いかけてくることはなく他のプレイヤーにターゲットが向くだけであったため、危なくなったら距離を開ければそれで充分だった。
(あれ、ひょっとすると余裕なんじゃないか?)
レットがそう思い始めた矢先に――突然天気が変わったのかというほどに周囲が真っ暗になった。
そして、頭上から聞いたことのある声が鳴り響いた。
《やあ皆! ちゃんとまだ息してる~! 箱庭の主のエインルルゥだよ!》
レットが天を見上げると“覗き込んでいた”のはハイダニアでレットにクエストの依頼を行った箱庭の主であるエインルルウの、巨大な笑顔であった。
《こんな新種を見つけてくれるなんて感謝感激雨霰! ニヘヘヘヘ。ちょっと実験させて貰うね~!!》
言うだけ言ってエインルルゥの顔が離れると再び日が差し込んでくる。
(え、何? ……これ一体どういうイベン――)
そこで、視界が真っ白になりレットの思考が止まった。
そう、“日が差し込んできた”のである。
光線と化した日光が空から降り注ぎ、銀色に輝く甲虫に反射して火花が散った。
《じゃじゃ~ん! 覚えてる? 君たちに箱庭の調査を頼んだときにボクが持っていた虫眼鏡だよ! 何事も実験実験! 次はもっと出力を上げるから隠れないと溶けちゃうかも! 君たちの安全に関しては……そうだな……じゃあ、この銀紙を落っことすから――後はヨロシクね!》
甲虫と同じように輝く謎の三つのオブジェクトがアライアンスメンバーの上に降り注いだ。
身に迫る危険を察知して慌てて周囲を見回すレット。
メンバー達も困惑しているようで――
〘あの! 申し訳ないんですが、これは一体何をすればいいんですか?〙
――レットが質問をする前に他のプレイヤーがアライアンス会話で質問を飛ばした。
〘モンスターとの戦闘中に、プレイヤー目掛けて切り取られて塊になった銀紙が空から落ちてくるから、落とされる対象のメンバーは位置を調整して銀紙を被って、他のメンバーはその影に隠れるんですにゃ!〙
発言すると同時に移動を始めたネコニャンの返答を受けて、慌ててアライアンスメンバーがそれを模倣し始める。
《ふんふふふんふ~♪ ふふふんふんふ~♪》
空から鼻歌が聞こえてくる。
同時にそれまで流れていた戦闘用のBGMがぴたりとまる。
新しく流れはじめたBGMはエインルルゥの鼻歌と一体化し奇妙なアレンジを加え始めた。
まるで玩具箱をひっくり返したような軽快なリズムのBGMにレットは困惑する。
[このゲームのIDのボス戦って毎回こんな感じなんですか!?]
[これは割とレアなイベントですにゃ! しかも“悪いほう”の!]
光に包まれる視界と、爆発音と揺れる地面。
レットは内心ビクビクであったものの、他のプレイヤーの動きを模倣してなんとか“銀紙の安全地帯”を見つけてそこに隠れる。
銀紙の陰に隠れて――しばらくすると光が広がって――目の前の銀紙が蒸発し消滅し――そうなったらボスを殴り――また隠れては殴るを繰り返す。
(うへ~。激しい戦いだけど大分慣れてきたな……。さて、次はどこだ!? 次は一体どこに銀紙が落ちてくるんだ?)
[レットさん。上です!]
[――――――え?]
レットが頭上を見上げるとそこにはエイン・ルルゥの手に握られた“巨大な銀色”が広がっている。
タナカの指摘は素早いものであったが――しかし、これがマイナスの方向に作用した。
他のメンバーと違ってなまじ“自分にめがけて降り注いでくる”という情報を事前に知ってしまったのが良くなかったのか。
頭上から降ってくる巨大な物体に対して恐怖感を抱いてしまったレットは慌てた挙句、それを反射的に避けようとその場から離れて一人で走り出してしまったのである。
[ちょ――ちょっとまずいですにゃ! レットさんが下手に動くと落下地点がズレて他のメンバーが上手く隠れられませんにゃ!]
慌ててネコニャンがレットを止めようと追いかけ始める。
[だだだだだって実際怖いんですよ怖い怖い!]
話し掛けられて後ろを見ていたレットが視線を前に遣ると、そこは断崖絶壁、気がつけばレットは切り株の縁に立っており、焦って危うくレットはそこから転落しそうになる。
――が、そこでちょうど巨大な銀紙の塊が降り注いでピッタリとレットの体を覆う。お陰でレットは辛うじて落下せずに済んだ。
無事に事が済んで安心したレットの耳に、銀紙に近寄ろうとするアライアンスメンバーの声が何人か聞こえてくる。
「ボスはあと少しで倒せそうだけどいいのか!?」
「いや、やっぱり一度先に隠れた方がいいって!」
「ちょっと邪魔邪魔!! どいてよもう!」
「この銀紙に入り込むスペースが全然ないんですよ! こんな狭い隙間が安全地帯になるんです? もっと詰めてください! 時間がない!」
(――あ、待てよ? ここが切り株の“縁”で中央のボスから虫眼鏡の光が反射してくるわけだから……)
「み……皆さんだめですにゃ! ここに集まって隠れちゃ駄目ですにゃ! 他にも銀紙はあるからちょっとどいてくださいにゃ! 動けんにゃん!!」
「おい狭いってもっと奥に行けよ!!」
「いやいや押すなって押すなって落ち……――ウワアアアアアアアア!」
直後、プレイヤー達の絶叫と共にレットの視界が眩い光に覆われ地面が再び震える。
思わず目を瞑って視界が真っ暗になったレットの耳に――どこからか荘厳としたファンファーレが聞こえてきた。
〘あ……あーなんとかクリアですにゃ。あ~~~~……なんというか、お疲れ様ですにゃ……〙
(無事に……ボスを撃破……できたんだよな?)
嫌な予感が拭えないまま、レットが恐る恐る目を開くと――
――その周囲には銀紙の影に入ることができず、焼け焦げたプレイヤーの戦闘不能になった大量の“死体”が転がっていた。
「ひぇっ!!」
自分でやらかしておきながら、思わず後ずさりするレット。
再び切り株から落ちそうになってなんとか振り返って姿勢を持ち直す。
「ひええええええ!!!」
そこで切り株の下を見て再びレットは叫んだ。
遥か下に見える地面にもプレイヤーの死体が横たわっていた。
どうやら、“存在しない安全地帯”に隠れようとして他プレイヤーに押し出されて落下死したようであった。
[あ……あの……レットさん……この惨状は……]
別の銀紙に隠れて難を逃れていたタナカが、気の毒そうな表情でレットに歩み寄って来る。
[そう……これぞ“クリア”ですにゃ。“クリア式銀紙”ってヤツですにゃ]
レットが足元をよくよく見ると巻き添えを食らって横たわっているネコニャンの死体がそこにあった。
[な……なんなんですか――その邪悪な単語は!?]
もう笑うしかなかったのか、レットは引き攣った笑顔でネコニャンの死体に対して質問を投げかける。
[……ここのボスを使ってよくクリアさんがクリア前にやる悪戯の一種ですにゃ……。銀紙を端に寄せてぎりぎり“隠れられそうに見える”場所を作って近くに居た反応の良いプレイヤーを罠に嵌める卑劣な技ですにゃ――
『どうせクリアは確定でペナルティもほぼ無いし、クリア前に周辺をクリアした方がいいんですよ。俺の名前もクリアオールだし!』
――とかわけわからんこと言いながら堂々とやってましたにゃ……。でも、レットさんがこれをやるなんて……心底…………見損ないましたにゃ……]
[え!? ――いやいやいやいやいや! 違うんです! オレはわざとやったわけじゃないんです! 信じてください!!]
[ふむ。流石。クリアの“弟子”やな。将来が、楽しみや]
気がつけば真横に立っていたテツヲが、力強くレットの肩を叩く。
[いやいやいやいやいやだから違うんです! 狙ってやったわけじゃないんです! 悪気があってやったわけじゃ――]
[……レットさん……私、流石に度し難いです]
「「うわああああああああああああああん! わざとじゃないんです本当にごめんなさあああああああああああああああああああああああああいッ!」」
太陽の光が差しこむ箱庭の中に、少年の慟哭が鳴り響く。
レット、初挑戦のIDで致命的な判断ミス。
ダンジョン踏破パーティを――たった一人で半壊させる。
【エイン・ルルゥの鼻歌】
『A story for you OST Vol2.宵闇』に収録。
ボーイッシュな声で流れる鼻歌が主旋律のエイン・ルルゥの庭のボス戦BGM。
プレイヤーがこの鼻歌をゲーム内で模倣することで他プレイヤーの煽り行為に使われたりすることもある。
エルフの女性、エイン・ルルゥはその独特な個性の強さとプレイヤーに対する使いっパシリぷりが特徴的であり、出会ったプレイヤーに強烈なインパクトを残すNPCである。
トラブルメーカーであり、本人がプレイヤーに対して好意的かと言われるとやや怪しい部分もあるが、なんやかんやプレイヤーに対する益が多いためかゲームプレイ的なヘイトはあまり買っていない模様。
何より見た目と仕草が抜群に可愛らしいということもあってかプレイヤー間の評判は然程悪くなかったりする。
「なんやかんや言って、ボクに付き合ってくれるのは君だけだからね♪」
【E―インセクトシリーズ】
ダンジョン内の虫を倒すとドロップする装備品一式。
虫食いだらけになっており特に人気なのが両脚部分。
ダメージ加工のジーンズのような使い道をするプレイヤーがいたりと見た目装備としての需要は満たしている模様。
しかし……これを装備していた人間は何処に行ってしまったんだろうか?
ちなみに基本部位一式を全て装備した状態でエイン・ルルゥに話し掛けると特別な台詞を聞くことができる。
「おっひさしぶり~! 無事だったんだね! ……あ、ごめんよ。人違いだったみたい。この前庭に入った似た格好の冒険者さんと見間違えちゃった。ニヘヘヘヘ」
【銀耀のアマルガム】
今回レット達が戦った箱庭の甲虫型ボスモンスター。
他の箱庭のダンジョンパターンでも背景に登場していたりする。
エインルルゥが余計な事をしない限り実は無害なモンスターという設定らしい。
原則、登場する場合はダンジョンの天候が晴天の時がほとんど。
しかし、極々希に(エインルルゥの嫌がらせのような実験により)天候が雷雨になることがある。
落雷を吸収し変形するという噂もあり、その際のモンスターデザインは甲虫の原型をとどめていないらしい。
箱庭の空から雷が振る確率は非常に低く、まさしくレアイベントであるといえる。
「雷受けるとこんなに見た目が…………ギャアアアアアアアアアアア!」
【マウント:クロックローチ】
真っ黒な昆虫形のマウントでこのダンジョンの当たりアイテムの一つ。
チクタクと不気味な音が鳴るのが特徴。
実は無印の実装直前に一度デザインに修正が入っており、修正前は名前の通り、どこをどう見ても“あれ”だった。
新フィールドのPVでその存在が明らかにされ批判が殺到した結果、実装される寸前で現在の見た目に修正されたという経緯がある。
ちなみにPVでこのマウントが初登場したシーンはコンマ数フレーム。
気づいたプレイヤーの鑑識眼にはただただ驚くばかりである。
もしも気づかなければ、いずれ修正はされたかもしれないが、修正までの数日間、エールゲルムは阿鼻叫喚の地獄絵図となっていた可能性が高い。
「……今のシーン。もう一度巻き戻せ」
「ええ? 特に見直すような部分じゃないだろ? そんなことより新職業のスキル考察しようぜ!」
「……いや、一瞬感じた悪寒。間違いない。何か良くないものが映っている」
【エインルルゥの特性銀紙】
ボスのドロップアイテムとして手に入る銀紙。
IDで乱雑に扱われる割に手間がかかっているのか妙な刺繍が入っている。
しかし、店売り価格は低い。
光の反射率が高く、システムに依存しない合成に間違って取り入れようとすると悲惨な結果になるので注意が必要。
産出量が多いためか、外部掲示板ではエインルルゥが『銀紙作りの内職をしているという設定のネタキャラ』として扱われていたりする。
「珍しく初心者用のレア装備が一個も出ませんでしたにゃ。……レットさん、お悔やみ申し上げますにゃ」
「ワーイヤッター。銀紙タクサンモラエテウレシイナー」
「気をしっかり持ってくださいにゃ! こんくらいでへこたれていたらMMOなんてやってられませんにゃ!」
(うう……レアなアイテムが出なくて苦しむ気持ちが、ほんの少しだけわかった気がする……)




