第7話 領主、巨児に戸惑う
「は? 巨大な少女?」
珍妙な報告を受けたミニマの町の領主モルゲンタオは、何を言ってるんだコイツと目の前の老執事を見る。
彼は長年領主の家、ミニマクロン家を支えてきた優秀な家臣であり領内におけるNo2だ。
そんな彼がこんな訳の分からない事を言ってきたらついにボケたかと憐みの目を向けるのも当然のことである。
「本当でございます。衛兵隊、旅人、そして町の住人から何度も報告がありました」
「いやいや、そんなものが現れたら大騒ぎだろう。だがどこにもそんな巨人の姿などないではないか」
「お渡しした報告書の通りです。どうやら魔法で巨人に変身する魔法使いとの事です」
「巨人に変身する魔法~?」
(そんな魔法聞いたことも無いぞ)
領主ともなると王都の学園や優秀な家庭教師から様々な知識を学ぶことになる。
当然自身も魔法を学ぶし、珍しい魔法の話を聞く事もあるのだが、巨人になる魔法など聞いたことも無かった。
(そんな珍しい魔法があるなら、アイツやソイツが真っ先に手に入れて自慢してきそうなものだが……)
古い知り合いの顔を思いだした事で、当時のうんざりするような面倒事の記憶も引っ張りだしてしまっため、慌てて頭を振って忘れる領主。
「で、その大きくなる魔法がなんだと言うんだ? 売り込みか?」
長年貴族をやっていると優秀な自分を雇ってほしいと言う流れ者がやってくる事がある。
ただそう言った輩は大抵言うほど優秀でないか、何か問題のある事物である事が多かった。
(本当に優秀な者はとっくにどこかの貴族にスカウトされているからな)
「いえ、魔法を使う度に事情を知らない者が驚いて騒ぎになるとの事です」
「そんなもの町の傍で魔法を使わないように言えばよいだけではないか」
「一応言ってはおいたようですが何分魔法の使い手は子供のようで」
「子供がそんな魔法を使うのか!?」
これには領主も驚いた。
子供でも魔法を使える者はいるが、大抵は初級の攻撃魔法止まりだからだ。
「それで、私に報告したと言う事は何か考えがあるのか?」
「その少女は冒険者ギルドと提携している薬師が認める程のポーション制作技術も持っているそうで、ギルド支部的にもこの町に囲い込みたいと考えているそうです」
「ほう、ポーションも作れるのか」
この情報には領主も関心を寄せる。
(ギルドと提携している薬師が認めると言う事はかなり有望だな。若いと言う事は長く働けると言うこと。いざという時は騎士団にポーションの納品を頼める。確かに他の領地に持っていかれるのは面白くないか)
優秀な人材は自分の所で囲い込みたいと言うのはどこの貴族も同じだ。
今まさに自分が考えていた優秀な人材が誰にも目を付けられていないのはまさに僥倖だった。
老執事が領主に報告した真の理由もここにあった。
「高性能なポーションを作れる人材は貴重です。衛兵隊に命じてこの町が快適な町であると知ってもらいましょう」
「うむ、突然私に呼ばれても驚かせてしまうだろうからな。上手くやってくれ」
この辺りモルゲンタオはわきまえた人物だった。
突然貴族に目を付けられたらそれが好意的な意味だとしても面倒事に関わりたくないと逃げる者はいる。
それほどまでに平民にとって貴族の心変わりは怖いことだからだ。
(もっとも、そんな手のひらをクルクル返すような貴族はごく一部なのだがな)
評判の悪い貴族のせいで貴族全体が勘違いされる現状に溜息を吐くモルゲンタオ。
「どうなさいましたかお館様?」
「いや、何でもない。よろしく頼むぞ」
「はっ」
なお、よろしく頼まれるのはロムカだった。
◆
「なんだアレ」
「少女ですなぁ」
窓から見える光景にモルゲンタオは首をかしげていた。
というのも町のど真ん中に巨大な少女の姿が見えたからだ。
「私の目がおかしくなったのか?」
「アレが例の少女でしょう」
「ああ、巨大化する魔法をつかえるとかいう」
モルゲンタオは遠くに居ながらもはっきりと見える少女の姿を観察する。
「珍しい様式の衣装だが、ふむ……器量は良いな」
「は、最新の流行のドレスに着替えればすぐにでも社交界に出られますな」
事実、窓から見える少女は美しかった。
まるで磨き上げた銀を糸にしたようなキラキラと輝く髪はそれだけで匠の作り上げた芸術品のようであり、そのかんばせも非常に整っている。
まつ毛も長く、くりりと開いたエメラルド色の瞳はまるで巨大な宝石だ。
そのサイズ感さえ考えなければ。
「……町の名物になるかな?」
「動く名物ですな」
あまりの非現実感に妙な事を口走ってしまうモルゲンタオ。
なおこの時巨大な少女、ミーニはオーニックと決闘をする為に巨大化したのだが、そんな事情を知らない彼等はただただ巨大な少女の非現実感に戸惑うばかりだった。
「あっ、消えた」
魔法を解除したミーニの姿が掻き消えると、いつもの景色に戻る。
「…………」
「…………」
無言で仕事に戻る二人。
なんとなくこれ以上この話題に深入りしない方が良いと察したからだ。
ミニマの町の領主モルゲンタオ。
彼は仕事の合間に窓から見る領地の光景を愛していた。
自分が長年育て守り慈しんできた領地の平穏な姿を。
その愛すべき風景に妙な絵が追加された事で、彼の平穏な生活は大きく揺らいでいくことになるのだった。
幸か不幸かは別として……だが、不幸なことにはならないんじゃないかと、この時の彼は無根拠に思っていたのだった。
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