第6話 冒険を始めよう
「巨人が出たぞー!」
突如響き渡った悲鳴に、衛兵隊の隊長ロムカはそっと席から立ち上がった。
この混乱は自分でなければ治められないと察したからだ。
門に向かうと、予想通り見覚えのある顔が町を守る防壁を遥かに超えて見えた。
「ああ、やっぱり」
すぐさま迎撃しようとしている部下達を止め、隊長であるロムカ直々に門の外に出る。
「隊長危ないですよ!!」
「問題ない。ミーニさん、聞こえますか!」
「あっ、隊長さん!」
幸いにもロムカの呼びかけにミーニはすぐに応じてくれた。
「町の人達が怯えているので小さくなってください!」
「はーい!」
ロムカの指示を受け、ミーニは魔法を解いて元の大きさに戻る。
これには兵士達も仰天である。
それもその筈、彼等は昨日夜番を終えて昼間は寝ていた為、ミーニの騒動に気付かなかったのだ。
「お前達、この少女はすこしばかり変わった魔法を使う魔法使いだ。だからこの子が突然現れてもいきなり攻撃したりするな!」
「「「え? は、はい!」」」
困惑しつつも上官命令なため兵士達は承諾する。
「ミーニさん、何かあったんですか?」
「えっと、冒険者ギルドの試験を受ける為に魔物を倒しに行ってたんです!」
「ああ、成る程。そういう……」
おおよその事情を察したロムカは疲れた顔で頷く。
「ミーニさん、突然巨人が現れると町の人達が驚きますから、次からは町が見えてきたら魔法を解除して元の姿に戻って頂けると助かります」
「分かりました! 気を付けますね」
ミーニが素直に応じてくれた事に安堵しつつ、ロムカはパニックになっている旅人達をどう宥めたものかと胃を痛くしていた。
◆
「狩ってきました!」
冒険者ギルドの納品代に乗り切らず床に置かれたワイバーンを見て目を丸くする受付嬢。
ちらりとフィーシュを見ると、彼は不正はなかったと頷う。
「これを本当にミーニさん一人で? それにどうやってこれを運んできたんですか……?」
「魔法で運んできました!」
「魔法……魔法、そうですか」
どんな魔法か聞きたくてしかたないフィーシュだったが、流石にこれだけ注目が集まっている状況で個人の情報、それもかなり重要な情報を聞くのはマズいと判断して突っ込むのをやめる。
「凄いですね。ワイバーンは熟練の冒険者でも危険な魔物ですよ。巣が近いと最悪大量の仲間を呼びますし」
「えへへ、そういう時は相手が動く前に一気にやっつけろって狩人のおじさんに教わってるから大丈夫ですよ!」
(それ絶対普通の狩人の戦い方じゃない)
喉まで出かかった言葉を我慢する受付嬢。
「戦闘能力も問題なし。ポーション制作能力も優秀という事で準鉄ランクからスタートとさせていただきます」
「それって凄いんですか?」
「冒険者は石、銅、鉄、銀、金、神鋼の六ランクだから下から三番目ね。ただ実際に冒険者として活動してちゃんとランク相当の活躍が出来るか分からないから暫定ランクになるの。練習だと上手いけど実戦になると緊張しちゃって駄目になる人がいるから」
「そういうものなんですねー」
「ワイバーンの単独討伐なら本当は銀ランク相当なんだけど、銀からのスタートは前例が殆ど無いのよ。大抵は貴族からの推薦ありきだし。だから準鉄から始めて貰うわ」
「へー、そうなんだ」
冒険者界隈のしがらみや前例など全く知らないミーニは右から左に聞き流す。
「試験合格おめでとうございますミーニさん」
と、ミーニの冒険者試験合格とランク決定にフィーシュが祝いの言葉を送る。
「ありがとうございますフィーシュさん!」
「じゃあ冒険者証を渡すわね。これが貴方が冒険者である証よ」
手渡されたのは小さな鉄の板にひもを通した首飾りだった。
「あっ、何か書いてある」
鉄の板にはミーニの名前や登録した町、現在のランク、裏面には特筆事項としてポーション制作を高評価するマークが刻まれていた。
「これを見せれば他の冒険者ギルドでもミーニさんの実力を確認して貰えるわ。この部分が『準』を示すマーク。経験を積んで問題なしと判断したらこれの無い正規のプレートに交換するから」
「あっ、これ交換するんですね」
「そうよ。ランクが上がる度に交換するの。ちなみに無くすと罰金があるから、気を付けてね。高ランクはプレートも金や銀になるからお金が高くなるわ」
「罰金なんてあるんですか!?」
「詐欺に悪用されたら大変だもの」
実際、盗んだ冒険者証を使った詐欺は冒険者ギルドとしても頭の痛い問題だった。
特に高ランク冒険者の冒険者証は詐欺師にとって格好の獲物だからだ。
「だから無くさないでね」
「わかりました!」
すぐさま落とさないように首にかけてプレートを服の中に入れるミーニ。
「ふふっ」
服の中で当たる小さなプレートの感触に笑みを浮かべる。
「これで人間の世界で働けるようになったんだね」
ようやく、人間の世界でのミーニの生活が始まろうとしてい……
「おうおうおう! ちょっと待てよ!」
始まらなかった。
「何ですかオーニックさん」
突然割って入った乱入者の顔を見て、受付嬢は頭が痛くなるのを感じる。
彼の名はオーニック。
万年鉄ランク冒険者で事あるごとに有望な新人に絡んでは騒ぎを起こす札付きの人物だった。
「何もへったくれもねぇだろ! 聞いたぞ! 何でこんなガキが鉄ランクなんだよ!」
「鉄ランクではなく準鉄ランクです」
オーニックと呼ばれた男が大声で叫んだ所為で、フロア内の視線がミーニに集まる。
「あんな子供が鉄ランク?」
「貴族のガキへの忖度か?」
一度生まれた不信感はそう簡単にぬぐえはしない。
こうなると疑いを晴らす方法は少ない。
そしてそれこそがオーニック達の狙いだった。
(いい気になってるガキに恥をかかせてやる)
最も、こんな性格だからこそ昇格に歯止めがかかっているのだが本人はそれを指摘されても頑なに認めようとしなかった。
「さっきのワイバーンだってそうだ。どうせ金で集めた素材なんだろ。ガキがあんなもん一人で狩れる訳がない」
「それは違う」
流石にこれ以上は見過ごせないと受付嬢が否定しようとしたが、その前にフィーシュが前に出た。
「私はこの少女の戦闘試験を監督していたが、彼女は実力でワイバーンの群れを一掃した。純粋な戦闘力ではお前を遥かに上回ると証言しよう」
「な、なんだと!」
自分の方が弱いとキッパリ断言され、顔を真っ赤にするオーニック。
「不満があるなら戦ってみれば良い。皆もはっきりさせたいだろう」
「ぐっ! や、やってやらぁ!」
本来ならオーニックがこの流れに誘いたかったのだが、フィーシュによって逆に自分が誘われる流れになってしまう。
結果としてみれば同じ事なのだが、自分が格下と見られる流れで戦いを挑む構図になってしまった事が彼のプライドを激しく刺激した。
「おう! 訓練場使うぞ! ついてこいガキ!」
「え? 何? どういうこと?」
流れるように展開が進んでいき、置き去りにされていたミーニは戸惑うばかりだった。
「ミーニ様、ああいった輩は必ず出てきます。ですので最初にガツンとやっておけば他の者達も手出ししてこなくなります」
「そういうものなんだ……」
困惑していた為にこっそり様付けされている事にも気付かないミーニ。
これ幸いと呼び方を受け入れさせようとしているのは老練なエルフの手管か。
◆
「ほえー、こんなところがあったんだ」
ミニマの町の外れ、防壁に近い外周部に冒険者ギルドの訓練場はあった。
「新人冒険者や武器を新調した冒険者はここで鍛錬を積むんですよ。冒険者ギルドから離れているのは近所迷惑になるので鍛冶場や工房のある区画に作られたからです」
「フィーシュさんは物知りですねぇ」
「恐縮です」
「おいこら手前ぇ等! イチャついてんじゃねぇぞ!」
不機嫌に怒鳴りつけるオーニック。
正直彼の戦いなど誰も求めていないが、登録後すぐに準鉄ランクとなったミーニの実力には興味津々だ。
何も知らない者はオーニックに目を付けられたミーニを心配し、彼女が準鉄ランクである事を聞いていた者はワイバーンを倒したと言う彼女がどんな力を隠し持っているのか見定める気満々だ。
「ルールは簡単! 参ったというか死ぬかだ! 気絶しても負けだ! ケガをしても冒険者は自己責任だぜ!」
「流石に町中で死人を出したら騒動になるぞ。私が審判をしよう」
とフィーシュが審判役を買って出る。
もっともこれはミーニを助けるためでなく、うっかりミーニがオーニックを殺してしまわないようにだ。
「はっ、好きにしな! もっとも、訓練中の事故で死ぬことなんて珍しくもねぇけどな!」
開始の合図もなくミーニに襲い掛かるオーニック。
「ひゃはは! 隙だらけだぜガキィィィィィッ!!」
オーニックの不意打ちがミーニに襲い掛かる。
「ふんっ!」
が、ミーニが力を込めた瞬間、彼女の姿が消えた……ようにオーニックには見えた。
「ど、どこだ!? どこに逃げやがった!?」
だがオーニック達から離れて壁際で見学していた者達にはミーニが何処に移動したのか見えていた。
否、ミーニは移動してなどいない。
ずっとその場にいる。
「わたしはここにいるよー」
「上か!」
上から聞こえて来たミーニはジャンプして回避したと判断した。
即座に剣を突き上げてミーニを串刺しにしようとした彼が見たものは……
「……は?」
巨大な少女の顔だった。
「えい」
「ぽきゅっ」
真横からやってきた手のひらにはたかれ、衝撃で肺から漏れた空気が間抜けな声となって出るオーニック。
そのまま軽々と吹き飛ばされた彼の体が壁に当たる直前、宙で止まった。
「用心しておいてよかった」
それはフィーシュが前もって準備していた風魔法のお陰だった。
「オーニックは意識を失って戦闘不能! この勝負ミーニ様の勝ち!」
「やったー」
フィーシュの宣言に喜びの声を上げるミーニ。
だが見物していた冒険者達は無言だった。
そして数瞬の後、
「「「「は、ばけものだぁぁぁぁぁぁっ!!」」」」
ロムカの緊急出動が決まった瞬間だった。
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