第4話 少女、冒険者になる
「ふわぁー、良く寝たぁ」
鳥のさえずりを目覚ましに、ミーニは目を覚ます。
昨日、魔法使い達が魔力不足で倒れた事で事情聴取は終了となった。
そして日も落ちて来た事からレインの家に招待されたのだ。
「おはようございますミーニさん! 朝ごはんができていますよ!」
着替えをしていると、レインが元気よく部屋に入ってくる。
「おはようレインちゃん。朝ごはんまでありがとうね」
「いえいえ、ミーニさんは命の恩人ですから!」
レインに連れられて食堂にやってくると、二人で一緒に食事を始める。
「本当は両親を紹介したかったんですが、二人共今は忙しくて。また改めて紹介させてもらいますね」
「うん! あっ、これ美味しい」
「ふふふ、喜んでもらえて何よりです。それで今日は冒険者ギルドへ登録に行くんですか?」
「うん! お金を稼がないとね!」
「正直ミーニさんがうちの専属護衛になってくれたら嬉しいんですけどね」
「うーん、私はそんなに戦うのが得意じゃないから護衛は無理かな」
「そう……なんですか? 私はミーニさんが戦うところを見ていなかったんですが、トマスは凄い戦い振りだったと言っていましたよ」
「買い被り過ぎだよー!」
食事を終えたミーニは、レインから冒険者ギルドの場所を教えて貰いさっそく向かう事にする。
「それでは私もお店に戻ります」
「うん、色々教えてくれてありがとうねレインちゃん!」
「いえ、命を助けて頂いたお礼には到底及びません。ですから、冒険者ギルドの用事が終わったらぜひとも私の家に帰って来てくださいね。盗賊を倒した報奨金を貰ったとはいえ、安定して稼げるようになるには時間がかかります。それまでは私の家を自分の家と思って暮らしてください」
「えー、そんなの悪いよ」
「そんな訳にはいきません! 命を助けて貰って碌なお礼もしなかったらうちの店の品格が疑われますから!」
「ひ、品格? 正直昨日止めて貰ってご飯を食べさせてもらっただけで……えっと、わかったよ」
ミーニが断ろうとするとレインがズズイと身を乗り出して強調してくる。
「ええ、ええ! 待っていますからね!」
強引に再会の約束を取り付けると満面の笑顔で頷くレイン。
そんなやり取りを終え、改めてミーニは冒険者ギルドへと向かった。
だがその道中は誘惑の連続だった。
「わー、私と同じ大きさの人がいっぱいだー。それになんだろ物がいっぱい置いてある」
お店というものを見たことが無いミーニには何もかもが新鮮だった。
時折ミーニを見てギョッとする者達が何人かいたが、ミーニは彼等が何に驚いている事にも気付かず店を眺めては進んでゆく。
「あっ、剣と靴のマークの看板だ!」
さんざん寄り道しながらも出発前にレインに教わったマークを見つけ、ミーニは建物に入ってゆく。
◆
冒険者ギルド、様々な仕事を斡旋するその施設は元々そんな名前ではなかったが、危険な魔物との戦いやダンジョンなどの遺跡を探索する者が多い事から自然とそう呼ばれるようになっていた。
「わー、これが冒険者ギルドかー。この中も人がいっぱいだー」
完全にお上りさん気分でミーニは建物の中をキョロキョロと見回す。
もうこの時点で完全にミーニは浮いていた。
「ちょっとアンタ、そんなとこに突っ立っていたら邪魔よ」
そんなミーニに声をかけて来たのは彼女よりも背の高い女性だった。
女性は軽装の鎧を纏い、明らかにカタギの格好ではない。
「あっ、ごめんなさい」
「依頼をしにきたの? それとも受けに来たの?」
「え? あっ、入り口で働くならここに行けって言われて」
「冒険者志望ね。ならあそこのカウンターで申し込んできなさい」
「分かりました! ありがとうございます!」
ニッコリ笑ってカウンターに向かっていくミーニに女性は不安そうな顔になる。
「大丈夫かしらあの子」
言葉こそキツかった女性だが、内心ではミーニを心配していたようだ。
「いらっしゃいお嬢さん。聞こえてたわよ。冒険者登録でいいかしら?」
ミーニが窓口にたどり着くと、今のやり取りを見ていた受付嬢が必要な資料を用意して待っていた。
「はい! お仕事ください!」
「ふふっ、じゃあこの書類に名前を書いてこっちに得意な事を書いてもらえるかしら? 得意な事があると仕事を割り振りやすいのよ。ああ、文字が書けないなら……」
「はい!」
ためらいなく文字を書くミーニを見て受付嬢はほうと感心する。
(この子は読み書きができるのね。なら討伐や採取以外にも色々仕事を頼めるわね)
読み書きができると言うのは非常に重要な事である。
仕事の幅が広がるだけでなく、契約などで騙されにくくなるからだ。
「出来ました!」
「はーい、じゃあ確認させて……何これ?」
受け取った羊皮紙には見たことも無い文字が書かれていた。
「ええと、これ何語?」
「長老に習いました!」
「ねぇ、誰かこれ読める?」
近くにいた職員達に尋ねた受付嬢だったが、誰もが首を横に振る。
「ええと、他の文字は書けるかしら?」
「他の文字ですか? あっエルフ語なら書けます!」
「エルフ語ぉ!?」
これまた珍しい言語が出てきて目を丸くする受付嬢。
(でもそれならエルフに読んで貰えば大丈夫ね)
「あっ、そこの君、ちょっとこの文字読んでほしいんだけど!」
「え? 私ですか?」
突然声をかけられたエルフの冒険者が戸惑いつつも書き直して貰った羊皮紙を受け取って中身を確認する。
「え? 何これ?」
しかしエルフの冒険者は見たことも無い文字に困惑する。
「え? エルフ語なんでしょ?」
「いやこんな文字見たことも……あ、いやどっかで見たことが……ってこれ、もしかして古代エルフ語か!?」
記憶の底から引っ張り出した記憶にあった文字と羊皮紙に書かれた文字が似ている事に気付くエルフの冒険者。
「って無理無理、古代エルフ語なんて長老くらいしか読めないって! っていうか何で人間の子供が古代エルフ語なんて知ってるんだ!?」
実はこれ、巨人の長老のうっかりミスだった。
万が一巨人の文字が通じなかった時の為にエルフの文字も教えていたのだが、エルフ達からしても当時のエルフの言語は古代文字になってしまっていたのだ。
ちなみに人間の文字は小さすぎて覚えるのを断念した過去がある。
「エルフでも無理となると口頭で確認するしかないわね。ええとそれじゃ名前から教えて貰えるかしら?」
「ミナイフェスティニアです! 郷の皆はミーニって呼んでます」
「ミナイフェ……ミーニちゃんね。じゃあ得意な事を教えて貰えるかしら?」
「得意な事は……」
ミーニの申告を記入しながら受付嬢は考える。
(結局読み書きは出来ないのと同じね。でもエルフでも読めない文字の読み書きができるって事は、教えればそう時間がかからずに普通の文字も覚えられそうだわ)
未知の言語を操るミーニに対し受付嬢は将来性を加味して評価する。
同時に今のやり取りに巻き込まれたエルフの冒険者もまたミーニの事を考えていた。
(古代エルフ語を知っているなんてこの娘は一体何者なんだ? 今どき使う機会も無いだろうに。いやそれ以前に教える事の出来る者がいない。この娘に古代エルフ語を教えた者は相当な変わり者か高名な学者なのだろうな。だが古代エルフ語を準公用語として教わったと言っていたが、古代エルフ語を公用語代わりに使おうなんて馬鹿なこと考えたのは一体……はっ!!)
そこまで思考を巡らせたエルフの冒険者はある仮説にたどり着く。
(古代エルフ語を日常で使うような氏族は一つしかいない! まさかこの娘に教えたのは……ハイエルフ!?)
ハイエルフとは、エルフ族の上位種族にあたるエルフである。
人間からは同じエルフにしか見えないが、彼等にしかわからない明確な差があるのだとエルフ達は語る。
(あのハイエルフが何故人間の娘などに!? だがうちの長老でも全ての古代エルフ語は理解していないらしいし、日常会話で使えるレベルで教える事が出来るとなるとハイエルフ以外には考えられない)
実際には巨人の長が当時のエルフ語を教えただけなのだが、事情を知らないエルフの冒険者の勘違いは加速する。
(という事はこの娘は古代エルフ族の関係者! どういう関係かは分からないが間違いなく何らかの関係が……ってよく見たらこの娘すっごい魔力してるー!? あまりにも大きすぎて気付けなかったけど何だこの魔力は!?)
ミーニをじっくりと観察した事で今更ながらに彼女の魔力量の多さに気付くエルフの冒険者。
実際、先ほど大通りを歩いていた時も魔力に敏感な種族や腕利きの魔法使い達はミーニの膨大な魔力に気付き度肝を抜かれていたのだ。
(そ、そうか分かったぞ! この子の正体はハイエルフだ! ハイエルフが魔法で人間のフリをしてるんだな!)
完全に勘違いなのだが、常識的な人間はこれ程膨大な魔力を有していないため、勘違いしてしまうのも無理ないことだった。
あらゆる偶然が彼に勘違いを引き起こさせてしまったのである。
(人間に化けているということはお忍びで活動しないといけない理由があるのだろう。ここは気付かないふりをして、必要であれば協力を申し出る事にしよう)
こうして、本人も知らない間にエルフの冒険者の勘違いパニックは収束したのだった。
「……薬作りに獣罠、薬草採取と。結構色々出来るのね。それに魔法を使えるのは良いわね」
「弱らせた魔物に遠くから止めを刺すくらいの威力しかないですけどね。あとは採取の補助に仕えるくらいですけど」
「それでもあるとないとじゃ大違いだわ」
(内容的に森で狩りをして暮らしていたのかしら? たまにいるのよね凄い田舎からやってきたから一般常識を知らない子って)
頭の中で色々と計画を組み立てる受付嬢。
「それじゃああとは実技ね」
「実技ですか?」
「ええ、実技で合格すれば能力に応じて最初からランクを上げた状態でスタートできるの。腕のいい新人に最低ランクの仕事をさせてももったいないしね。貴方には町の近くの平原で薬草を採取して、それでポーションを作ってもらうわ。比較的安全だけど魔物は出るから気を付けて。でもあなたは獣罠と魔法が使えるから対処が出来るでしょ」
実技は自己申告した技能を本当に持っているのかを確認するため、自己申告の真偽次第で難易度が上がる事がある。
これは話を盛る馬鹿に痛い目を見せる意味も大きい。
「期限は夕日が落ちるまで。ああ駄目でも門が閉まる前に帰ってくるのよ。無理して大怪我したら何の意味も無いからね。失敗しても他の新人と同じように最低ランクからスタートするだけだから心配はいらないわ」
受付嬢の話を聞いてやるべきことを頭の中で纏めるミーニ。
「あの、ポーションなんですけど、この町に来る前に採取した薬草で作っても良いですか?」
「あら、薬草を持ってたの?」
「はい、町に付いたらちゃんと処理しようと思ってたので最低限の加工しかしていないのがあるんです。外に出て採取してたら悪くなっちゃうんです」
「へぇ、ちょっと見せて貰える?」
「これです」
ミーニは鞄から薬草の一部を一掴み切り取って受付嬢に見せる。
「これは……見た事ない薬草ね」
「え? そうなんですか? 私の郷のそばでは普通に生えてる薬草なんですけど」
「現地の薬草を使った独自レシピって事か……いいわよ。やって見なさい」
「はい!」
(薬草の切り口を見た感じかなり新鮮だから、店で処理されたものを買った訳じゃなさそうね。ただ私も知らない薬草だから後で専門家に鑑定して貰わないとね)
ミーニはテーブルの上に道具を用意すると、作業を開始する。
そして数分と立たずに出来上がった液体を瓶に入れると受付嬢の下へ持ってきた。
「出来ました!」
「って、もう!?」
ミーニの事を考えていたらあっさりとポーションを持って来て面食らう受付嬢。
「ええと、本当に出来たの? かなり早いけど」
「はい、いつも通りに作りました!」
(流石にこんなに早いなんてありえない。これは教わった薬の調合がデタラメか、薬効が大したものないかのどちらかね)
実際そういうケースは珍しくない。
田舎ゆえに偽薬を本物と信じて受け継いできた薬師や、技術の進歩が無く水で薄めたポーション程度のものを作る田舎薬師はいる。
「じゃあギルドと提携してる薬師に見て貰うから待っててね」
冒険者は怪我が多い為、町の薬師はたいてい冒険者ギルドと提携している。
ポーションを作れる冒険者志望が現れた場合は提携している薬師に確認をしてもらうのだ。
(これは期待外れだったかしら?)
内心でガッカリしつつも、隣にあるポーション屋に持っていく受付嬢。
「これを鑑定してもらいたいんだけど」
「おや、また新人のかい?」
店の店主らしき老婆がニヤニヤと笑みを浮かべながら応じる。
「今回は期待できないわね」
「ヒヒッ、そうそう使い物になる奴はいないさ。多少なりとも心得があるならアタシが雇って鍛えてやるよ!」
内心で「格安でね!」という副音声が流れている事を察しながら、期待せずに待つ受付嬢。
だが老婆の反応は彼女の予想とはかなり違った。
「こ、りゃあなんだい!?」
「どうしたの? もしかしてヤバイ奴の方だったの!?」
ごく稀にだが、調薬が出来るという者の中にはそれと知らず毒を調合してしまう者もいる。
そうした薬師見習いは厳重注意と共にみっちり調合を学び直させるのだが、ミーニもそれだったのではないかと青くなる受付嬢。
「ヤバイなんてもんじゃないよ! コイツァ!!」
薬師としての腕は確かなこの老婆がここまで驚くとは相当にヤバい品なのかと背筋が寒くなる受付嬢。
(もしそんなものを過去に誰かに飲ませていたら……!)
「とんでもなく高性能なポーションだよ! 一体だれだいこんなとんでもない薬を作ったのは!!」
「……は?」
思っていたのとは違う方向で驚かれたのだった。
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