第二十六話 快勝
戦の後処理も一段落し、篝火に照らされた本陣には、どこか安堵した空気が漂っていた。関羽、張飛、子義の三人は、劉備の前に並んでいた。
「皆、大義であった」
劉備は満足げに、そう三人を労った。本来ならもっと手こずると見込んでいた戦だった。それが蓋を開けてみれば、わずか二日、しかも兵の消耗も軽微な快勝である。
「益徳と子義殿の活躍が、実に凄まじかったな。あれだけの戦いぶりであれば、私が補給線を断たずとも、遅かれ早かれ敵は撤退したであろうよ」
関羽もまた、手放しで二人を褒めた。
「兄者! そうだろ! がっはっは!!」
張飛が上機嫌に笑い声を上げる。
「いえ。関将軍の別働隊があったからこそ成し得た策でしたし、張将軍の武力と突破力があってこその結果です」
子義はそう言って、二人を立てるように答えた。
「ちげぇぞ!」
張飛が少しムキになったように声を上げる。
「義の策も指揮も、全部すごかったんだ! 義がいなきゃ、もっとたくさん兵は死んでたはずだ!」
「そうだな」
「うむ、その通りだ」
劉備と関羽も、揃って同意する。
「そんな……私は……」
思いがけない称賛の連続に、子義は珍しくはにかんだ表情を見せた。普段の冷静な佇まいからは想像もつかないその様子に、周囲の空気がふわりと和む。張飛はそんな子義を、誇らしげに見つめていた。二人のやり取りを、劉備と関羽もまた、優しい眼差しで見守っていた。
「よっしゃ! 何はともあれ、酒持ってこーい!!」
張飛の号令に、皆が頷く。そうして、ささやかながらも賑やかな祝勝の宴が開かれることとなった。兵たちの笑い声と杯を交わす音が、夜更けまで陣営に響き渡っていた。
「義! お前も飲め飲め!」
「……ほどほどにな」
苦笑いしながらも、子義は差し出された杯を受け取った。以前潰れた時のことを思うと少々身構えたが、今日ばかりは断るのも無粋だろうと、そう己に言い聞かせた。
宴もたけなわの頃、兵の一人が上機嫌に張飛と子義を冷やかす。
「お二人は本当に息がぴったりですなぁ! まるで長年連れ添った夫婦のようだ!」
「んなっ――」
張飛が思わず噎せ返る。子義もまた、僅かに耳を赤くしながら視線を逸らした。周囲がどっと沸き立つ中、二人は気まずげに目を合わせ、それからどちらからともなく小さく笑い合った。
*
宴の後、陣へと戻る帰り道。夜風が火照った頬に心地よく、二人はゆっくりとした足取りで歩いていた。頭上には、いつもの丘ほどではないが、星がまばらに瞬いている。張飛は上機嫌な様子で子義に笑いかけた。
「今日の俺たち、すごかったよな!」
「ああ、すごかった」
「連携も完璧だったな!」
「ああ、完璧だった」
「約束も、守れたな」
「ああ。二人とも、守った」
短いやり取りを重ねるたびに、張飛の表情はますます緩んでいく。そのまま、どこか気の緩んだ調子で、ぽろりと言葉が零れた。
「もっとずっと、一緒にいてぇな」
「ああ、俺もだ」
「……え?」
張飛が、ぴたりと足を止める。きょとんと目を丸くして、それから慌てたように口を開いた。
「義……お、おま、ちょ、それって……」
「ふふ」
子義は小さく笑うと、それだけを残してその場を後にした。
「おやすみ、益徳」
*
天幕に戻った子義は、自分の胸にそっと手を当てた。
いつになく、鼓動が速い。そこまで酒を飲んだわけでもないのに、顔がじんわりと熱を持っている気がした。
――酔っているのだろうか。
そう自問しながらも、心の奥底では分かっていた。これは、紛れもない本心だった。
子義はそっと、懐の木彫り人形を握りしめる。その温もりが、今の自分の気持ちを、静かに肯定してくれているようだった。
あの言葉に、どんな意味を込めたつもりもなかった。ただ、思ったことがそのまま零れただけだった。だが零れたものが本心である以上、もう知らなかったことにはできない。
子義は寝台に横になっても、しばらく寝付けなかった。天幕の布越しに、微かな虫の音が聞こえてくる。
その頃、張飛はまだ、その場に立ち尽くしたまま固まっていた。
どれほどそうしていただろうか。兵たちが見回りに二度、三度と行き交うほどの時間が過ぎても、その巨躯はぴくりとも動かなかった。夜風だけが、呆けたその横顔を静かに撫でていく。
やがて、じわりじわりと顔が赤く染まっていく。かと思うと、突然ぶるぶると全身を震わせ始めた。
「う、うおぉぉぉぉ!!」
夜の静寂を破る絶叫とともに、張飛はその場で勢いよく飛び上がった。両手で頭を抱え、意味もなくその場をぐるぐると歩き回る。
「な、なんだ今の! なんだ今のはよぉ!!」
誰に問うでもなく、一人でわたわたと騒ぎ立てる。近くの見張りの兵が何事かと顔を覗かせるが、あまりの剣幕に、そっと視線を逸らして立ち去っていった。




