第二十五話 防衛戦③
翌日、二日目の戦が始まった。
予定では、今日の夕方前には別働隊の関羽が敵の補給線を断つ手筈になっている。それまでの間、子義と張飛は敵を引き付け、可能な限り消耗させておかなくてはならない。
互いに布陣を終える。敵は昨日と同じく横陣を敷いていたが、対する劉備軍は――中央軍のみ、鋒矢の陣を敷いていた。
開戦の合図を待つ間、張飛は蛇矛を握り直しながら、遠く右翼の方角へと視線をやった。今日は子義も本陣ではなく、自ら兵を率いて右翼に入っている。昨夜の軍議で子義が提案したこの陣形、聞いた時は正直驚いた。だが、あの男が言うならと、迷わず頷いた自分がいた。
本来、防御に徹するべき側が、あえて超攻撃的な陣形を選ぶのは異例のことだった。案の定、敵軍は完全に虚をつかれ、浮き足立ちながら鶴翼の陣形へと展開を変えていく。
子義と張飛は、その隙を見逃さなかった。周囲の兵たちも、獲物を前にした獣のように、じりじりと前のめりになっていた。
ドラが響く。子義が勢いよく拳を突き上げると、それを見た張飛が吠えた。
「全軍突撃ぃぃぃ!」
大音声が戦場に轟く。中央軍が、一筋の矢のように敵軍中央へと突っ込んでいく。蹄の音が地を揺らし、土煙が空を覆った。
先頭を切る張飛の蛇矛が、敵の槍衾を紙のように薙ぎ払う。穂先が鎧を貫き、盾ごと兵を弾き飛ばす。悲鳴と怒号が入り混じり、敵の前列はまたたく間に崩れていった。それでも次々と繰り出される槍を、張飛は片端から叩き落としながら、なおも前へ前へと突き進んでいく。
「怯むんじゃねぇぞ!! ついてこい!!」
張飛の号令に鼓舞された兵たちが、その後を追って敵陣深くへと雪崩れ込んでいった。
*
敵は鶴翼の陣へと軍を展開させている。それを見て、子義はふと口の端を上げた。
(確かに、鋒矢に鶴翼は相性がいい。昨日俺たちがやった三方向からの同時殲滅を、そっくりやり返すつもりだろう。だが――お前らは益徳をみくびっている。あいつの強さは、俺が誰よりも知っている)
全速で突撃していく中央軍の位置を見定めると、子義はすぐさま右翼へと指示を飛ばした。
敵の鶴翼、その左翼の外側を狙って、子義率いる右翼が一斉に走り出す。馬蹄が土を蹴立て、槍の穂先が夕日を受けて鈍く光った。子義自身も剣を抜き、先頭で兵を導いていく。
「怯むな! 側面を崩せば、あとは雪崩を打つ!」
的確な指示が飛ぶたび、兵たちの動きが一つの生き物のように揃っていった。
「どけどけどけー!! 張飛様のお通りだぁぁぁ!!」
蛇矛が唸りを上げるたびに、敵兵が数人まとめて宙を舞う。中央軍が敵の鶴翼内へと突っ込み、激突した。敵軍先頭が、なすすべもなく吹き飛んでいく。馬もろとも薙ぎ倒され、地面には折れた槍と倒れた兵とが折り重なっていった。
だが、敵もただでは済まさない。鶴翼の左右軍が、雄叫びを上げながら張飛軍の横腹を狙って攻撃を仕掛けてきた。矢が幾筋も飛来し、盾を構えた兵が次々と膝をつく。
「側面来るぞ! 崩れるな!」
張飛が怒鳴りながら、迫る敵の一団へと単身斬り込んでいく。その凄まじい勢いに、敵の隊列がみるみる乱れていった。
その瞬間、鶴翼の外側から子義率いる軍が突っ込んでいく。挟撃を受けた敵の左翼は、抗う間もなく総崩れとなっていった。
張飛の軍が敵中央を食い破り、鶴翼を真っ二つに分断した。その一撃だけで、敵陣全体に動揺が走るのが遠目にも分かった。
張飛がふと視線を巡らせると、右翼中央あたり、台の上に立つ子義の姿が見えた。子義もまた張飛のいる方を見つめながら、拳を天へと突き上げている。
「殲滅しろぉぉ!」
その号令に応えるように、中央を分断した張飛軍が旋回する。子義軍に攻め立てられていた敵の一角へ、さらに突っ込み蹂躙していった。逃げ場を失った敵兵が、次々と武器を投げ捨てて膝をつく。もはや戦の体をなしていなかった。
*
圧倒的な攻撃力で敵中央と左翼を蹂躙した張飛と子義は、深追いすることなく自陣を引いた。すでに時刻は夕刻に近づいている。
その時だった。
敵軍が、全軍撤退を始めたのだ。
張飛と子義から受けた大打撃に加え、関羽が敵の補給線を断ったことが、決定打となったのだろう。
「勝鬨を上げろぉー!!!」
張飛の吠える声が、戦場に高らかに響き渡った。
二日間の激戦を経て、劉備軍は敵軍をほぼ無傷に近い形で退けることに成功した。兵たちの歓声が、夕暮れの空に幾重にも響いていく。その輪の中心で、張飛は遠く右翼の方角を振り返った。子義の姿を捜す目に、自然と笑みが浮かんでいた。
右翼の陣中、子義もまたこちらを見ていた。互いに手を挙げることもなく、ただ視線を交わすだけ。それだけで、伝わるものがあった。
あとは関羽の到着を待って、この戦の後始末をつけるだけだ。子義は剣を鞘に収めると、部下たちに戦後処理の指示を飛ばし始めた。




