第二十四話 防衛戦②
日はすでに落ち、篝火が焚かれ始めた陣営には、負傷兵の呻き声や、後片付けに追われる兵たちの声が入り混じっていた。
初日の戦後処理に追われる子義の元へ、張飛がのっしのっしと歩み寄ってきた。
「お疲れ! 義!」
「お疲れ様、張将軍」
周囲にはまだ兵たちの姿がある。子義はさりげなく手を上げ、付近の配下を人払いした。とはいえ、開けた戦場のことゆえ、あまり大声で話すわけにもいかない。
「そっちの被害は?」
「軽傷が何人かってくらいだ。義のおかげで、うちはほとんど無傷だぜ」
「それは何より。こちらも同様だ。負傷者は十数名、いずれも軽傷で済んでいる」
互いに確認し合うと、二人は同時に安堵の息を吐いた。
「いやー! 義の指揮、抜群だったな!」
「俺の合図、しっかり見てたか、益徳」
「おう! ばっちりだったろ?」
「ああ、完璧だった」
「そうだろ、そうだろ!」
張飛はご機嫌な様子だった。よく見れば、すでに祝杯でも空けてきたのか、顔がほんのり赤らんでいる。
「お前、もう飲んでたのか」
「一杯だけだって! 祝杯くらい良いだろ!」
悪びれもせず笑う張飛に、子義はやれやれと肩をすくめた。
「んで、明日はどーすんだ?」
「元々は、明日も同じように本陣で指揮を執ろうと思っていたが……今日の戦況を踏まえて、指揮は副官に任せて、俺は右翼に入ろうと思う」
「へぇ、また急な話だな」
「悪いな、急に予定変えて」
「なんでだ?」
「今日の結果を見て、明日は益徳のところに兵を厚くしてくるだろう。中央を突破できなかった以上、敵も策を変えてくるはずだ。なら中央守りはお前に任せて、俺は手薄になる敵左翼を叩いておく」
「でも、それだと義が危なくねーか?」
張飛が心配そうに眉を寄せる。
「今日以上に敵の密度は高くなるだろう。だが左翼を落とせば、明日中に大勢を決められる
まぁ、今日よりは危険は増すだろうな。だが大丈夫だ、決して無茶はしない」
「そっか……」
それでもまだ心配そうな張飛に、子義は続けた。
「それに益徳。中央のお前とも、より深く連携できる。お互い何かあればすぐに気づける距離だ」
「おお、なるほどな! そりゃ心強い
連携か……良いな! それにもし何かあれば、俺が義を守れば良いしな!」
張飛はそう言って、屈託のない笑顔を見せる。
だが子義は、ふと真剣な表情になった。
「いや。何かあれば、今度は俺がお前を助ける。必ずだ」
「義……」
「それにな、益徳。中央には今日以上に敵が集中する。俺よりも、お前の方が遥かに危険なんだぞ」
「俺は大丈夫だ!」
「もちろん、そう信じている。だが、お前に何かあれば――必ず俺が助けに行く」
張飛の目をまっすぐに見つめながら、子義はそう告げた。
その真っ直ぐな眼差しに、張飛は眩しそうに目を細めると、少しはにかんだように「おう!」と頷いた。
「でも、絶対に無茶はするなよ」
「義もだからな!」
互いにそう言い合うと、二人は顔を見合わせて笑った。明日への不安は消えないまでも、こうして言葉を交わすだけで、いくらか心は軽くなっていた。
篝火の明かりに照らされた張飛の横顔を、子義はそっと見つめる。明日もまた、こうして無事に笑い合える保証など、どこにもない。それでも――必ず、生きて帰る。二人でそう誓い合ったのだから。
「よし、決まりだな! 明日も頼むぞ、義!」
「ああ、任せておけ」
軽く拳を突き合わせると、張飛は上機嫌に自陣へと戻っていった。その背中を見送りながら、子義は懐の木彫り人形にそっと手を添える。
明日も、必ず。この手の中に、確かな約束を握りしめたまま。




