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星辰の下で約束を  作者: 眠犬


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第二十三話 防衛戦①

 喊声と剣戟の音が交錯する戦場で、横陣中央軍にて剣を構えながら、張飛は本陣の方角へと視線をやった。


 開戦から間もないが、両軍の攻防はすでに激しさを増している。それでも、張飛の視線は自然と一点に吸い寄せられていた。


 高台の上、子義がしっかりと自軍を見渡し、指示を飛ばしている姿が見える。黒鉄の鎧に身を包みながらも、兜だけは外していた。


 (くぅー、やっぱ義はかっけーなぁ!!)


 その凛々しい姿を見ているだけで、なぜか張飛まで誇らしい気持ちになってくる。今すぐにでも周りの兵たちに、俺の義はすげーだろ、と自慢して回りたい衝動に駆られた。


 (って、()()俺のじゃねーけど…)


 張飛はそう思い直してしかめ面を浮かべた。

 旗を振り、太鼓を打たせ、次々と的確な指示を飛ばしていく子義の姿は、まるで戦場全体を俯瞰しているかのようだった。混沌とした戦況の中で、あそこだけ違う時間が流れているようにさえ見える。


 自分の出番はまだかと、うずうずしながら子義を見つめ続ける。あの余裕のある指揮ぶりを見ていると、いつも軍議で頭を抱えている自分が嘘のようだと、ふと思う。義には敵わねぇな、と苦笑いが漏れた。


 その時、遠目ではあったが、確かに目が合った。


 子義も気づいたのか、微かに笑みを浮かべると、手を開いて天へと突き上げる。


 それを見た張飛は、ニヤリと笑いながら、声には出さずに頷いて応えた。


 たったそれだけのやり取りだったが、それだけで十分だった。言葉を交わさずとも、互いの意思は通じ合っている。そんな確信が、張飛の胸を熱くした。


 *


 戦は徐々に進んでいく。


 自軍は左右に大きく広げた横陣を保ちながら、慎重に敵の出方を窺っていた。子義の的確な指示により、無駄な消耗を避けつつ、少しずつ敵の陣形を崩し始めている。時折響く矢の音、馬蹄の轟き――戦場特有の緊張感が、辺り一帯を包み込んでいた。


 子義は左右の軍を巧みに操り、じわじわと敵軍を中央へと誘い込んでいった。十分に引き付けたところで、ドラを打ち鳴らし、旗を掲げ、拳を天へと突き上げる。


 それを見た張飛が、声を張り上げた。


「てぇめら、出るぞぉ!!」


 張飛の号令に、周囲の兵たちの目の色が変わる。長く張り詰めていた緊張が、一気に解き放たれる瞬間だった。


 中央軍が、張飛を先頭に一気に前へと躍り出る。行く手を阻む敵兵を、まるで嵐のように吹き飛ばしていった。蛇矛の一薙ぎごとに、敵の隊列が音を立てて崩れていく。


 その勢いを見た子義は、ニヤリと口の端を上げると、さらに旗を掲げ、左右の軍の一部を横から敵軍へと叩きつける。左右から迫る自軍を見て、敵陣の後方でにわかに動揺が広がるのが、高台からもはっきりと見て取れた。


 三方向からの挟撃を受けた敵軍は、瞬く間に総崩れとなり、撤退を始めた。


 まだまだやり足りない、とばかりに前へ出ようとする張飛だったが、ドラの音が響く。振り返ると、子義が手を開いて天に掲げていた。


「止まれぇぇ! 深追いするな!」


 張飛の怒号が響き渡り、中央軍がぴたりと足を止める。逸る気持ちを抑え込みながら、張飛は剣を収めた。以前の自分なら、間違いなく突っ走っていただろう。だが今は、あの丘で交わした約束が、自然と手綱を引き止める。


 互いに下がり切った頃には、日はすでに沈みかけていた。西の空が茜色に染まり、戦場に転がる骸を静かに照らしていた。


 劉備軍は、敵軍と比べて遥かに軽微な損耗で、初日の戦を終えるのだった。


 陣へと引き上げる道すがら、張飛はちらりと本陣の方角を振り返った。まだ後処理に追われているのだろう、子義の姿は忙しなく動き続けている。その背中を見つめながら、張飛は小さく息を吐いた。


 ――今日も、無事だった。それだけで、十分だった。


 空にはすでに一番星が瞬き始めていた。明日もまた、同じようにこの星を見上げられるように。張飛は静かにそう願いながら、陣へと足を進めた。

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