第二十一話 不器用な贈り物
斥候の報告によれば、明日にはいよいよ敵軍が姿を現すという。子義と張飛の防衛部隊も、明朝には出陣し、開戦地に選ばれた開けた平原へと向かう手筈になっていた。
陣営は、出陣を控えた独特の緊張感に包まれていた。誰もが黙々と武具を整え、言葉少なに己の役割を確認し合う。そんな中、張飛は日が暮れる頃になると、いつものように子義を誘った。
「なぁ、義。今夜、ちょっと付き合えよ」
「……分かった」
多くを語らずとも、行く先は互いに分かっていた。
出陣前夜、二人はまた、あの星空の丘に来ていた。言葉少なに、ただ星を見上げる。戦を明日に控えているとは思えないほど、穏やかな時間が流れていた。
「義、準備は整ってっか?」
「ああ、問題ない。益徳は?」
「俺も問題ねぇ」
「んじゃ、後はやるだけだな」
「ああ、勝とうな」
「おう」
短いやり取りの中に、確かな信頼が滲んでいた。明日は激戦になるだろう。それでも、隣にこの男がいると思うだけで、不思議と恐れは感じなかった。
*
しばしの静寂の後、張飛がふと子義の方に向き直った。
「義、これ……」
懐をごそごそと探ると、小さな布袋に包まれたものを取り出し、手のひらに乗せて差し出す。
「……俺にか?」
「おう」
軽く驚いた様子で、子義はそっとそれを受け取った。手のひらの中で、小さな重みが確かに存在を主張していた。包みを開くと、中から出てきたのは、小さな人型の木彫り人形だった。粗削りながらも、丁寧に彫り込まれた輪郭が、確かな想いを物語っている。
「これ……益徳が?」
「おう」
よく見れば、張飛の手には、小さな切り傷がいくつも刻まれていた。
この大きく武骨な手が、不器用に木を彫りながら、幾度も傷をつけていたのかと思うと、子義の胸の奥に、じんわりと温かいものが広がっていく。人形の顔立ちは決して整っているとは言えなかったが、それでも、そこには確かな時間と想いが刻まれていた。
「……ありがとう。……すごく、嬉しいよ」
子義は、とびきりの笑顔でそう伝えた。
(ぐおおー! なんだ今の、なんだ今の! 可愛いすぎんだろ! 今すぐ押し倒してぇ!!)
「――っ、お、おう」
内心で悶々と葛藤しながら、張飛は顔を真っ赤にしてそっぽを向き、短く応える。
「……なぁ、これは俺を彫ったのか? それとも、お前自身か?」
子義が人形をためつすがめつしながら尋ねると、張飛はぎくりと肩を跳ねさせた。
「あ、あー……それはその、見た通り想像に任せる」
「随分と曖昧だな」
「うるせぇ! 彫り物なんてやったことねぇんだから、しょうがねぇだろ!」
開き直ったように叫ぶ張飛に、子義は思わず声を立てて笑ってしまった。それから、ふと申し訳なさそうに眉を下げる。
「大切にする。……すまない、俺は何も用意していない」
「い、いい、いい! そういうんじゃねぇ! 俺が義にあげたかっただけなんだ! だからいいんだって!」
両手をブンブンと振り回しながら、張飛は慌てて言い募る。
「そうか……。でも、そうだな。今度は俺にも、お前に贈り物をさせてくれ」
「いや、ほんといいんだって。気にすんな。俺がやりたくてやったことだしよ。それに、ヘタクソだし……」
「そんなことはない。お前の気持ちがこもっている。それだけで、十分嬉しい」
「そうかぁ? ほんとはもっとかっこよく作りたかったんだけどな……。つーか、ほんと贈り物とかいいんだぞ、義」
「いや、俺がお前にあげたいんだ、益徳」
「……そっか。へへっ、じゃあ楽しみにしてるな!」
「ああ、待っていてくれ」
「おう!!」
張飛は心底嬉しそうに、破顔した。子義はその様子を目を細めて見つめる。粗暴なだけだと思っていた大男の、そんな屈託のない表情が、今はどうしようもなく可愛らしく思えた。
*
再び星空へと視線を戻し、横並びに腰掛ける二人。ふと、互いの手の端が触れた。
張飛が、子義の手をそっと握る。
子義は何も言わず、その手を握り返した。
夜風が静かに吹き抜ける中、二人はしばらくの間、言葉もなく、ただ星空を見上げ続けていた。
握られた手のひらから伝わる熱が、明日への不安をそっと溶かしていくようだった。この手を離したくない、と子義は思う。戦の後も、その先も――ずっと。
言葉にはしなかったが、隣に座る張飛も、きっと同じことを思っていた。
懐にしまった木彫りの人形が、着物越しにほんのりと熱を伝えてくる。それはまるで、明日への小さなお守りのようだった。
星空はどこまでも澄み渡り、二人を静かに見下ろしていた。




