↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
星辰の下で約束を  作者: 眠犬


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
17/29

第十七話 告白

 草の匂いを孕んだ夜風が、二人の間をそっと吹き抜けていく。空にはまだ星が瞬き始めたばかりで、地平の際はまだ薄っすらと橙色を残していた。


「……益徳」


 夕闇に包まれ始めた丘の上、子義は静かに口を開いた。


「なんだ」


「俺のせいだ。すまなかった」


 その一言に、張飛は驚いたように目を見開き、それからすぐに首を振った。


「お前のせいじゃねぇよ。何度も言ってるだろ」


「だが……」


「いいから、もう気にすんな」


 あっさりと言い切る張飛に、子義はどうしても納得できなかった。膝の上で拳を握りしめる。


「気にするなと言われて、気にせずにいられるわけがないだろう」


「頑固だな、お前も」


「お前ほどではない」


 軽口を挟みながらも、子義の表情は晴れなかった。


「なぜだ。なぜお前は、そこまでして俺を守った」


「約束したからだよ」


 張飛は事も無げに、そう嘯いた。だが、子義はその答えに、ますます眉根を寄せる。


「その約束で、お前が死ぬなら――そんな約束など、するべきではなかった」


「大丈夫だ。俺は死なねぇよ」


「そんなわけがあるか!」


 思わず声を荒げた子義に、張飛が息を呑む。


「お前が……お前が死んでしまうんじゃないかと、怖かった」


 声が震える。目には、うっすらと涙が浮かんでいった。


「あの時、お前の血で手が濡れて……もう、駄目かもしれないと思って……」


 握りしめた手が、小刻みに震えている。張飛はしばし呆然と、その姿を見つめていた。


 こんな顔をする男だとは、思わなかった。いつも冷静で、迷いなど微塵も感じさせないこの男が、今は迷子の子供のように心細げな顔をしている。その事実が、張飛の胸を強く締め付けた。


 *


 やがて、張飛はゆっくりと手を伸ばすと、子義の両手をそっと包み込んだ。


「……義」


「なんだ」


「俺は――」


 言うつもりなど、なかった。言うとしても、もっと時間をかけて、ちゃんと考えてから、伝えるつもりだった。それなのに――堰を切ったように、想いが言葉になって溢れ出す。


 張飛は一度、大きく息を吸い込んだ。


「――お前が好きだ」


 その一言に、子義の時が止まった。


 これまでの人生で、誰かにそう言われたことなど一度もなかった。戦場を渡り歩くだけの日々の中で、そんな言葉を向けられる自分を、想像したことすらなかった。


「俺はお前の、生きる理由になりてぇ」


 一言ずつ、噛みしめるように紡がれる言葉だった。夜風が止み、辺りは張飛の声だけが響くほどに静まり返っていた。


「お前の、帰る場所になりてぇ」


 子義の両手を包み込む掌に、じんわりと力がこもる。その言葉を紡ぐ手が、微かに震えていることに、子義は気づいた。豪快なだけの男だと思っていたその手が、今はこんなにも心許なく揺れている。


「男同士とかそんなん関係ねぇ。俺は、――お前と、ずっと一緒にいてぇ」


 張飛は一度言葉を切ると、真っ直ぐに子義を見つめた。星明かりの下、その瞳には、これまで見たことのない真剣な光が宿っていた。


「だから俺は死なねぇ。約束する。お前を残して、死んだりしねぇから」


 言い終えた張飛は、そのまま息を詰めるようにして返事を待った。


 子義は、すぐには声が出せなかった。心臓が早鐘のように打ち、頭の中が真っ白になる。誰かにここまで真っ直ぐな想いを向けられたことなど、これまでの人生で一度もなかった。何を、どう返せばいいのか――分からない。ただ、握られた両手だけが、確かな現実として熱を伝えてくる。


「……俺は……すまない、分からない。自分の気持ちが」


 子義は、言葉を探しあぐねながらそう零した。この胸の内にある感情に、まだ名前をつけられない。それでも――


「……そっか」


「だが、お前が大切だ。失いたくない。お前の笑顔が、見たいと思う」


 絞り出すようにそう伝えると、子義は張飛をまっすぐに見返した。


「だから、もう少し……時間をくれないか」


 張飛は一瞬、驚いたように瞬きをした。それから、満面の笑みを浮かべる。


「おう、急がなくていい。俺は、いつまでだって待つ」


 力強くそう言い切る声に、子義の胸の奥が、じんと熱くなった。


「……本当に、いいのか。待たせるかもしれないぞ」


「いいんだよ。お前が出す答えなら、どんなに待ったって構わねぇ」


 迷いのないその言葉に、子義は思わず目を伏せた。こんなにもまっすぐな想いを向けられたのは、初めてだった。


 しばしの沈黙の後、張飛が少しおずおずと尋ねる。


「……なぁ、抱きしめてもいいか?」


 子義は一瞬呆気にとられ、それからくしゃりと相好を崩した。


「ああ」


 迷いのない返事に、張飛の腕がそっと伸びる。引き寄せられるまま、子義はその胸に身を預けた。


 こぼれ落ちそうな星空の下、二人は言葉もなく、ただ静かに抱きしめ合っていた。


 張飛の胸に耳を当てると、少し速い鼓動が伝わってくる。それが自分と同じ速さであることに、子義はどこか安堵にも似た気持ちを覚えた。


 どれほどそうしていただろうか。やがて、どちらからともなく身を離すと、二人は照れ臭さを誤魔化すように、同時に視線を逸らした。


「……そろそろ、戻るか」


「ああ」


 立ち上がりながら、張飛がそっと手を差し出す。子義は一瞬迷ってから、その手を取った。星明かりの下、二人は並んで丘を下りていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。