第24話 ラ・ヴェラ攻防戦 後編
「おしりペンペンどころじゃないだろ……」
警邏隊の一人が思わずそんなことを漏らした。
西区に現れた幼女により、先ほどまで警邏隊と雷鳴騎士たちを追い詰めていた巨大な二級魔獣――ペトラセラノスの群れが一瞬にして影形もなく粉砕されたのだ。
身の丈を遥かに超える巨大な戦斧を無造作に肩へと担ぎ直し、こげ茶色のボブヘアを揺らす可憐な幼女。
彼女の足元には、十数トンの質量打撃によって石畳ごと木端微塵に叩き潰された魔獣たちの凄惨な残骸が広がる。
あまりの破壊力に誰もが言葉を失っていた。
静まり返る西区の路地で、警邏隊員たちが引き攣った顔で立ち尽くす中、一人の騎士がしずしずと前へ歩み出た。
薔薇のレリーフが刻まれた重厚な甲冑を響かせ、アッシュブロンドのストレートヘアと冷徹な紫色の瞳を持つ青年である。彼は手にした長剣を素早く鞘へと収めると、右拳を左胸へと強く当てて敬意を表した。
「マ、マロニー様」
「ん?マロンのこと知ってるのです?」
「はっ!私はこの中隊を率いております、雷鳴騎士団のアレハンドロであります!」
アレハンドロが引き締まった声で自己紹介を口にすると、後ろに控える雷鳴騎士たちも一斉に直立不動の姿勢をとった。
それを見た幼女は、首をちょこんと傾げると、小さな身体の背筋をピシッと伸ばす。
「マロニーことマロンなのです!」
マロニーもアレハンドロたちの真似をして右手を胸に当てて可愛らしく胸を張ってみせた。
威張るように誇らしげに胸を張るマロニー。
その向けられた焦げ茶色の瞳の無邪気さと、足元の破壊の惨状との強烈な落差に、周囲の騎士や警邏隊員たちは思わず生唾を呑み込んだ。
アレハンドロが姿勢を崩さぬまま、改めてマロニーに声を掛ける。
「マロニー……いや、マロン様のことは、以前より、エクレア様とご一緒だったのをお見かけしておりましたので」
「あーっ!!そうなのです!!エっちゃん!!」
マロニーはぽんと手を叩くと、思い出したように大きな声を上げた。
「エっちゃんを隠した悪いやつらは、全員まとめてお仕置きなのです!」
「あの……マロン様、お伺いしても?」
「ん?はい、どうぞ!なのです!」
「その、エっちゃんというのは、エクレア様ですか?」
「そうなのです!」
「エクレア様が隠されたとは?」
「悪いやつの、もっと悪いやつに、鏡の世界に閉じ込められたのです!」
「鏡の世界?……ですか」
困惑したように眉をひそめるアレハンドロに対し、マロニーはぷくっと頬を膨らませて元気よく頷いてみせる。
「はい!なのです!その悪いやつの魔法なのです!」
「なるほど。先日のブリーフィングで訊いた、エクレア様とアメリア・ヒラソル侯爵夫人消失事件は、そういうことでしたか」
アレハンドロが紫色の瞳に深い納得の色を浮かべ、深く頷いた。
「そうなのです! だからそいつを見つけてお仕置きなのです!主様であるレオ様がいま探しているのです!」
「え?レオ様?マロン様のご主人様ですか?」
「そうなのです!」
「マロン様は普段どちらの国に?」
「リオルトなのです!」
「ではご主人様は、リオルトの女王陛下であらせられるキャンディ様なのでは?」
「違うのです!マロンの主様はレオ様なのです!」
「え?え?」
「ちなみにエっちゃんの主様もレオ様なのです!」
「え?は?え?」
アレハンドロはあまりの情報の脈絡のなさに、端正な顔を盛大に歪めて完全なパニックに陥った。
「ちょ!ちょっと待ってください、マロン様」
「どうしたのです?」
「エクレア様の主はアントニオ陛下では?」
「違うのです!マロンたちは八英雄の国の守護を手伝っているだけなのです!立場的には各国の王たちと一緒なのです」
「なんと!そういうことなのですね!」
「そういうことなのです!」
目から鱗が落ちたように目を見張るアレハンドロだったが、すぐに姿勢を正して咳払いをした。
「して、マロン様がおっしゃる主のレオ様とは?」
マロニーはえっへんと小さな胸を張り、自慢げに鼻を鳴らしてみせる。
「アイゼン王国のレオ・クロース様なのです!」
「レオ……クロース……」
アレハンドロが息を呑んだ。
クロース家――それは公然の秘密として〝真の英雄家〟と称えられ、八英雄諸国の巨大な魔導インフラを一手に担う至高の家系であった。
ここフロワールにおいても、ヒラソル家に嫁ぎ、現在では魔導技術局副局長を務めるアメリア・ヒラソル――旧姓クロースの存在を通じて、その一族が持つ卓越した技術の凄まじさは広く知れ渡っているのだ。
その一族において、つい数ヶ月前にアイゼン王国を救った若き英雄、レオ・クロースの名は、フロワールの騎士であるアレハンドロの耳にも深く刻まれていたのだ。
「で、ではそのレオ・クロース殿が……」
「そうなのです!その悪いやつより悪いやつが見つかるまでは、マロンがこの場を手伝うのです!」
「あ、ありがとうございます!」
アレハンドロが感極まったように胸に手を当てて深く頭を下げると、マロニーは満足そうにえっへんと小さな胸を張ってみせた。
一方、北区市街地。
「リゼ」
「はい、ご主人様」
先ほど一瞬にして二級魔獣ペトラセラノスと『鏡面』の刺客たちを切り捨て、時空属性鑑識魔法≪ディセリア≫によって敵の首魁であるジ・レヴォの潜伏場所を割り出したレオ。
イザベラ団長をはじめ、セシリアたち花の騎士団員は、眼前の青年が魅せた規格外の武力と鮮やかな手腕に未だ声もなく呆然と立ち尽くしていた。
その視線を背に、レオは息ひとつ乱すことなく、リゼへ向かって静かに言葉を継いだ。
「俺はこれから、直接ジ・レヴォの潜伏場所へ向かう」
「かしこまりましたわ。では、北区に残る敵の清掃とこちらの防衛は、わたくしが花の騎士団の皆様を率いて護り抜きますのでご安心を」
リエリーは肩に担いだ風の弓に優雅に触れると、可憐な唇の端を吊り上げ、深々とカーテシーを捧げてみせた。
「ご主人様……どうかお気をつけて。我が友に害をなし、この街を弄んだ愚か者に、我らが主の恐ろしさを存分に叩き込んでおやりなさるとよろしいですわ」
「ああ、そうだな」
「いってらっしゃいませ、ご主人様」
「おう。あとは頼んだよ、リゼ」
「はい」
短く応じたレオは、未だ言葉を失っている花の騎士団の面々を他所に、一切の迷いなく地を蹴った。
銀髪を夜風になびかせ、常春の街並みを滑るような圧倒的な脚力で、レオはジ・レヴォの潜伏する方角へと颯爽と駆け出していく。
「な、なにが起きて……あれっ!?レオ殿は……!?」
疾走するレオの背中を見送り、イザベラがようやく我に返って叫ぶように声を上げた。
「ご主人様は首魁のところへ向かいましたわ、イザベラ団長」
「え?」
あまりの怒涛の展開に、イザベラは更に言葉を失う。
「それよりも皆様」
リエリーが優雅に弓を構え、風属性のマナを込める。
「次が来ますわよ」
「まずいです皆さん!背後に――」
既に肉薄していた敵魔獣にようやく気付いたセシリアが叫んだが、言葉が終わるより早く、舞い踊る花弁の渦を切り裂いて放たれたリゼの矢が、死角を穿ち、一瞬にして魔獣を撃ち貫いていた。
そして続々と押し寄せる二級魔獣ペトラセラノスに、リエリーは華麗に、優雅に、まるで音楽を奏でるかの如く弓を滑らせ、風属性マナの矢を放つ。
リエリーの躍動に呼応するように、無数の鮮やかな花弁が嵐となって旋律を刻み、エメラルドグリーンの光を纏った風の矢と共に常春の空を舞い踊る。
一糸乱れぬ旋律を奏でるかのような連続動作から解き放たれる矢は、舞い散る花弁と同調して軌道を自在に変え、迫るペトラセラノスたちの急所を次々と完璧に撃ち抜いていった。
色とりどりの花びらが舞う幻想的な光景の中、巨体を持て余した魔獣たちが次々と崩れ落ち、その影から飛び出そうとした『鏡面』の刺客たちも、姿を露わにする間もなく必殺の一撃に貫かれて倒れていく。
まさに絶技。
可憐な花弁の舞と共に繰り出される美しくも冷徹な風の絶技を前に、セシリアは息を呑んだ。
「これが……風の聖猫様の力……!」
感嘆の声を漏らすセシリアたちを背に、リエリーは舞い散る花びらの中に軽やかに舞い降りると、可憐な唇の端を吊り上げて微笑んだ。
「さあ、皆さま。援護はわたくしが。気兼ねなくお暴れくださいませ」
「は、はいっ!感謝いたします、リゼ様!花の騎士団、総員突撃!聖猫様の援護のもと、北区の防衛線を死守しなさい!」
「「「はっ!!」」」
イザベラの号令が響き渡り、気勢を取り戻した花の騎士団が次々と武器を構え、舞い踊る花弁と風の嵐の中へとなだれ込んでいく。
常春の花の都「ラ・ヴェラ」の北区に、反撃の火蓋を切る歓声と剣戟の音が響き渡った。




