第21話 嫉妬のマオン
ベル歴995年、氷の月6日。
フロワール王都「ラ・ヴェラ」王城「ロサリア城」。
「――ということがありまして」
ロサリア城の軍事作戦会議室。重々しい空気が漂う中、花の騎士団長イザベラ・アスセナは悔しさと焦燥を滲ませながら、紫電の水門での一部始終の説明を終えた。
それを聞いたレオ・クロースは、やれやれといった風に頭を掻き、小さく息を吐く。
「よろしく、じゃないよ、まったく、エクレアめ……」
レオが呆れたように呟くと、イザベラは痛恨の極みといった面持ちでぎゅっと拳を握りしめ、深く頭を下げた。
「も、申し訳ございません!レオ殿!我々がついていながら、お二方をお護りすることができず……!」
「いえいえ、イザベラ団長、そう自分を責めないでください。それに、私とエクレアの間の契約――主従の絆は切れていません」
「……それは真か、レオ殿」
腕を組み、厳格な面持ちで話を聞いていたフロワール国王アントニオが、冷静な声でそう問うた。
「ええ、アントニオ陛下。なんとなくですが、わかるんですよ。だからアメリア伯母様もエクレアも、どこかで間違いなく生きていますよ」
「レオ様の言う通りなのです!エっちゃんは絶対無事なのです!」
レオの足元で、こげ茶色のボブヘアに真鍮の歯車や革ベルトがあしらわれたスチームパンク風の戦闘服を纏う幼女――ヒト化した地の聖猫マロン――マロニーが、自身の身の丈を超える巨大な戦斧をギュッと抱え直し、力強く胸を張った。
頼もしい言葉に、部屋の空気がわずかに和らいだその時、風の聖猫リゼのヒト化した姿であるリエリーが控えめに手を挙げた。
「よろしいですか? ご主人様」
「ん?ああ」
「わたくし、ここ数カ月、聖獣様のご教授によりマオンについて学んでおりましたの」
「ほお」
「そして、先程イザベラ団長がおっしゃった『茨』と『姿鏡』……その二つについて、わたくしに心当たりがございますわ」
室内中の視線が一斉にリエリーへと集まった。
「イザベラ団長がおっしゃった不気味な『茨』、そしてその『姿鏡』……これらはどちらも、八大罪の一柱である〝嫉妬〟のマオン〝ジ・レヴォ〟の大罪魔法の特徴に違いありませんわ」
「嫉妬のマオンね」
「ええ。特にその姿鏡は、対象を鏡の世界へ引きずり込み、姿を隠す『エンヴィー・ミラー』と呼ばれる術式かと」
「鏡の世界。闇属性魔法の≪ソンブルチェイン≫に似ている感じかな?」
「そうですわね」
「その術式を解く方法は?」
「ジ・レヴォ本体を消滅させるか、〝鏡を見つける〟かのどちらかだ、とセレーノ様がおっしゃっておりましたわ」
「鏡を見つける?」
「ええ。この世界にある鏡のどれかの中に磔にされるらしいですわ」
「そりゃまた、骨が折れるな」
「手っ取り早いのは、ジ・レヴォ本体を消滅させることですが……相手は大聖霊様に対なす存在、八大罪のマオンの一柱です」
「結局骨が折れるわけだ」
レオがやれやれと首を振ったところで、円卓に座していた近衛雷鳴騎士団長アルベルトが重々しく言葉を挟んだ。
「しかし、ここにはアントニオ様にキャンディ様、そして聖猫様もいらっしゃる」
「あらあら、甘いわね。雷鳴騎士団長のアルベルトちゃん」
同席していたリオルト女王キャンディが、上品に扇子を揺らしながらおっとりと微笑んだ。
「ちゃ、ちゃん……。いや、そんなに手強いのですか?」
「あらあら。八大罪のマオンは大聖霊の対極にいる存在よ? わたしたちより遥か上の存在である大聖霊様のよ? アルベルトちゃんは、大聖霊と戦えと言われてどう思うかしら?」
「しかし、そちらにいらっしゃるレオ殿はそのマオンとやらの一柱を倒したと伺っておりますが」
「あー……あれはマグレでしたし、たぶん倒したのはマタド・ク・シアの半身で、おそらく本体は別に存在していますよ」
レオが頭を掻きながら苦笑交じりに答えると、アルベルトは「そうですか……」と短く息を呑んで着席した。
「それにしても、ジ・レヴォ……か」
レオは、顎に手を当てて小さく頷いて続ける。
「そういえば、イゼラの手紙に書いてあった組織図に第三席の『レヴォン枢機卿』という名があったな。ジ・レヴォという名前のニュアンスからおそらくそいつかな。『慈愛』とかいう二つ名もあるみたいだけど」
「ええ。おそらくそうですわね。それにしても〝慈愛〟とはまた、冗談がお上手ですわね」
リエリーはクスクスと品良く口元を隠して微笑んだが、そのエメラルドグリーンの瞳には冷ややかな光が宿っていた。
「慈愛の枢機卿レヴォン……。八大罪のマオンが、裏組織エヴィスの幹部として直々に動き出しているというわけか」
アントニオが重々しい声で呟き、窓の外の王都を見つめる中、アルベルトが静かに言葉を継いだ。
「現在、市街地各所で発生している濃紺の集団および魔獣群との戦闘ですが……すでに三日三晩、このような不毛な争いが続いております」
「そんなにですか。敵の数が多いんですか?」
レオが尋ねると、アルベルトは重々しく首を振った。
「いえ。総数より小出しで、かつ神出鬼没に現れるんです」
「それは……疲れますね」
苦笑するレオの傍らで、リエリーが表情を引き締める。
「やはり、ジ・レヴォの可能性が高くなりましたわ」
「そうなの?」
「ええ。おそらくその神出鬼没の原因は、ジ・レヴォの大罪魔法の一つ≪ヴォイド・チェイン≫かと」
「それはいったい、どのような魔法なのですか?」
アルベルトの問いに、リエリーは慎重に言葉を選びながら説明を始める。
「空間に直接『ヴォイド』――虚空の歪みを発生させ、そこを通して対象を跳躍・移動させる魔法ですわ」
「空間を跳躍させると……!?」
アルベルトが思わず目を見張り驚愕の声を上げると、リエリーは静かに頷いて言葉を重ねた。
「ええ。ですが、術者が近くにいないと発動できないという欠点がございますの。長距離での移動は不可能ですわ」
レオが神妙な面持ちで頷く。
「なるほど……。リゼの云うことが確かなら、これで、この地にマオンが直接来ていることは、ほぼ確定的になりましたね」
レオの判断に、室内に更なる緊張が走った。
「あらあら、相手が相手だから、早急に取り掛かりましょうか」
「……お手柔らかに頼む、キャンディ殿」
マオンに対してキャンディが本気を出した際の王都の損耗が頭をよぎり、一瞬顔を曇らせたアントニオだったが、背に腹は代えられぬと苦笑を混じえて応じた。
「あらあら、終わったあとのことはリオルトも手伝うから安心して頂戴、アントンちゃん」
「それは……助かる」
アントニオの言葉に、キャンディは満足そうに微笑むと、パチンと綺麗な音を立てて手にしていた扇子を畳んだ。




