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箱庭と猫 第二部 ―聖霊の試練編― 下  作者: 山本陽之介
第2章 黄土ヲ砕ク

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第14話 リオルト芸術祭開催

 ベル歴995年、雷の月44日。


 聖女シルビア・スワンによる『盤石の水門(ジオラ・ゲート)』への巡礼と、その後の癒やしのマナの充填、およびそれに続く晩餐会は、一切の異常なく無事に終了した。


 翌々日。初冬の澄んだ冷気が大気に混じり始める、氷の月1日。


 リオルト芸術祭が開幕した。


 メイン会場となるのは、首都アルテラに設けられた大展示場『アルテラ・グランド・ギャラリー』である。


 直径300メートル、天井高50メートルに及ぶ巨大な地下ドーム空間。ヒュマーノ族の約二分の一という小柄な体格を持つココピット族にとって、それは途方もない規模を誇る空間だ。


 彼らココピット族はエルフ族と並ぶ長命種である。


 小さな体内に大地のマナを高密度で圧縮・循環させることで、細胞の老化や代謝を極めて緩やかにしているのだ。他種族との交流が乏しいこの地中において、極まった技術を持ついくつもの職人部族たちによる独自の社会を築き上げている。


 その職人部族の一つであるサブレリ族の高度な建築計算により岩盤の重力を完璧に制御し、広大な展示域を確保した大空間を、ゼラート族の魔導照明が照らし出し、地下特有の閉塞感を完全に打ち消していた。


 光の屈折率を緻密に計算した照明の配置により、実際の数値以上に空間に奥行きと開放感を持たせている。


 会場には、リオルトの職人部族が技術の粋を集めた作品群にとどまらず、東側の各国から集まった多種多様な芸術作品が所狭しと並んでいた。


 独創的な機構が組み込まれた精緻な魔道具、炎の揺らめきを封じ込めた魔法宝飾、光の反射角を緻密に計算した白亜の彫刻。有名無名を問わず、数多の職人たちが腕を競い合うように生み出した品々が、それぞれの属性の輝きを放ちながら展示台を彩っている。


 五年に一度開催されるこの祭典のため、セムフィン大空洞全体が熱気を帯びていた。


 大展示場の中央に設けられた特設のバルコニーに、精緻な地属性の魔導回路が織り込まれた豪奢なドレスを纏う女王キャンディ・リオルトが姿を現した。


 マナを増幅する魔道具を通し、彼女のおっとりとした優雅な声が巨大な地下ドーム空間の隅々にまで響き渡る。


「皆様、遠方よりよくぞお集まりくださいました。私たちが千年の時をかけて磨き上げてきた技術と、各地から集まった職人たちの美しき叡智の結晶。どうか心ゆくまでご堪能くださいませ。リオルト芸術祭、これより開幕よ」


 その優雅な宣言が地下空間の隅々にまで行き渡った直後、ドームを埋め尽くす群衆から地鳴りのような歓声と無数の拍手が沸き起こった。


 来賓や商人、職人たちが一斉に両手を高く掲げ、祭典の幕開けに呼応する。人々の放つ熱気と音声が物理的な波となって空間を伝わり、広大な地下ドームの空気をびりびりと震わせていた。


 それぞれの展示区画では、出展された技術の精緻さを前に、種族の垣根を越えた活発な意見交換が絶え間なく続いていた。


 喧騒の中を、四つの影が並んで歩いていた。


 レオ・クロース、シルビア・スワン、風の聖猫リゼのヒト化姿であるリエリー、そして地の聖猫マロンのヒト化姿であるマロニーの四人である。


 彼らの装いは、普段の戦闘や公務に向かうものとは大きく異なっていた。


 純白の法衣を纏うと聖女として過剰に目を引いてしまうため、シルビアはスワン家で仕立てられた淡い青と白を基調とした気品ある貴族服に身を包んでいる。


 レオもまた、濃紺を基調とし銀の刺繍が施されたアイゼン王国の貴族服を隙なく着こなしていた。


 リエリーは、エメラルドグリーンの髪に合う淡い緑色のドレスを纏い、マロニーも、こげ茶色のボブヘアに似合う落ち着いた色合いの可愛らしいワンピースを着飾っている。


「みんな、はぐれちゃ駄目なのです!」


 ワンピース姿のマロニーが、小さな歩幅で元気よく歩みを進めて先導する。


「でもいいのか、マロン。お前はキャンディのところにいなくても」

「大丈夫なのです!あっちには〝八武匠〟がいるのです!」

「あー、ジョゼさんたちか。なら安心だな」


 八武匠。


 彫刻や建築、鍛冶などリオルトを構成する八つの職能部族の族長たちを指す総称である。彼らは極限まで研ぎ澄まされた芸術の技術を持つと同時に、千年前の災厄の時代から女王キャンディを側近として護り支え続けてきた、一騎当千の武人たちでもあった。


 レオが千年前から女王を支え続ける猛者たちの顔を思い浮かべて頷くと、マロニーは胸を張り、先導の歩みを再開した。


「マロンの国の芸術祭、すごさいっぱいなのです!しっかりマロンについてくるのです!」

「ああ。頼りにしてるよ、マロン」


 レオが歩みを進めながら、前を歩く小さな背中を見つめて口元を和らげた。






 大展示場『アルテラ・グランド・ギャラリー』が祭典の熱狂に包まれる中。


 王邸フォンドラルテ邸の地下深く。


 正規の通路ではなく、分厚い岩盤の底から宝物庫へと直結するように極秘裏に掘り進められた、長く暗い坑道。


 そこに、息を殺して静かに進む二つの影があった。


 エヴィス実行部隊『鏡面(ミラー)』第九将セティと、第十三将ギルである。


 セティは微細なマナの粒子を操る広域幻術を展開し、二人の姿を坑道の暗がりと完全に同化させていた。


「……リオルトのサブレリ族が誇る完璧な建築計算も、流石に足元の死角までは気が回らなかったようだな」


 セティが冷たく笑う。


「ああ。魔力探知に引っかからないよう、3年前から手作業でこの長い穴を地下から掘り進めていたからな」


 ギルもまた、油断なく周囲を警戒しながら低く返す。


「レガリアを貰ってとっとと出ていくぞ」

「ああ」


 セティが指先で耳元の小型通信魔道具に触れると、技術・ハッキング部隊『声の裂け目(ヴォイス)』の幹部たちの声が届く。


『……こちらイーダ。女王キャンディと八武匠たちは予定通り大展示場の特設バルコニーにいるわ。所在の確認は完了した』

『こちらゲルト。宝物庫の床面に仕掛けられた防衛結界の魔導回路は、俺が遠隔で解析して無効化しておいた。まもなくスイッチを起動する。あとは現場の実行部隊の仕事だ』

「了解した。いくぞ、ギル」


 セティが声を殺して通信を切った。


 直後、分厚い岩盤越しに、大展示場の方角から微かな地鳴りと振動が伝わってきた。


 ゲルトが遠隔で起爆符のスイッチを起動し、特設バルコニーの裏通路を爆破したのだ。


 二人は、王邸全体を揺るがすその爆発の轟音と振動に完全にタイミングを合わせ、坑道の終点を塞いでいた最後の岩壁を打ち破った。


 ゲルトのハッキングによって無効化されていた防衛結界を抜け、王邸の最深部――重厚な岩盤で造られた宝物庫の内部へと直接躍り出る。


 だが、二人はそこから一歩も動くことができなかった。


 打ち破った壁の先。太陽光を模した暖色の魔導照明が照らす宝物庫の中に、四つの影があったからだ。


「やあ。エヴィスのみなさん」


 レオが不敵な笑みで軽やかな挨拶をした。

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