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箱庭と猫 第二部 ―聖霊の試練編― 下  作者: 山本陽之介
第2章 黄土ヲ砕ク

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第15話 芸術品の陰で

 ベル歴995年、雷の月43日。芸術祭開催三日前。


 メイン会場となる大展示場『アルテラ・グランド・ギャラリー』。


 開幕を二日後に控えた広大な空間では、急遽決まったレオ・クロースの出品物を展示するための特等スペースを確保すべく、会場のスタッフたちが慌ただしく奔走していた。


 サブレリ族の建築師が重力制御の魔導回路を調整しながら展示台の基礎を組み上げ、ゼラート族の照明師が主役となる展示物を最も美しく魅せるための光の屈折率を再計算していく。


 レオは、自身の展示準備が進むその巨大な空間を、キャンディ・リオルト、そしてシルビア・スワン、リエリー、マロニーと共に視察していた。


「おお、キャンディ。それに、ショウ……いや、今はレオだったか」


 展示品の配置を指示していた、厳格な顔つきの武人肌の男が振り返り、片手を軽く挙げて笑みを見せた。


 マッフィノ族の族長にして八武匠の一人、鍛冶師のジョゼである。


「あ、ジョゼさん。ごめんね、俺の作品を急遽展示することになっちゃって」

「なあに、いいってことよ。どうせキャンディに無理を云われたんだろ」

「あらあら、ジョゼ。うちの優秀な職人たちなら、これくらい無理のうちに入らないわよね?」


 キャンディが扇子で口元を隠し、おっとりとした声で微笑む。その微笑みの奥に潜む〝圧〟が逆に怖い。


「あ、ああ、当然だろ、キャンディ。こ、この程度、余裕に決まっておるわい」


 ジョゼが微かに冷や汗を滲ませて同意すると、キャンディは満足そうに目を細めた。


 気を取り直したジョゼが、レオへと視線を向ける。


「……それと、レオ。今回オマエさんが出品するという武具の数々。見せてもらったが、見栄えは良いが、実用性は乏しいな。あれは飾り用か?」

「いや、最初は実用の武器を造ってたんだけど、途中から意匠に拘り始めちゃってさ」


 レオが頬を掻きながら苦笑交じりに返すと、ジョゼは愉快そうに豪快な笑い声を上げる。


「ハッハッハッ!わかるぞ、レオ!興が乗るとどうにも歯止めが効かんからなあ」

「そうなんだよ!いやあ、さすがジョゼさん。わかってもらえて嬉しいよ」

「あらあら。職人というのは、すぐそうやって変なところで意気投合するんだから。困ったものね」


 キャンディが扇子で口元を隠し、呆れたように小さく息を吐いた。


 その呆れた視線を受け、レオとジョゼはバツが悪そうに顔を見合わせて苦笑を漏らした。


「じゃあ、俺は作業の指示に戻る。ゆっくりと見ていってくれ」


 ジョゼが軽く片手を上げ、足早に職人たちの輪へと戻っていった。


 レオはその頼もしい背中を見送った後、静かに息を吐く。


「なあ、キャンディ」

「あらあら、なにかしら?」

「マロンを通して伝わっていると思うけど、ここ数年変わったことはないか?特にこの三年間の間で」

「あるわよ」


 レオが視線を向けずに問いかけると、キャンディは扇子を口元に当てたまま、おっとりとした声で返した。


「あるのかあ。……わかってて放置しているのか?」

「あらあら、レオちゃん。この国の誇る〝八武匠〟が気付かないと思う?なに事も、成熟したときに叩くのが効果的だって習わなかったかしら」


 千年前から変わらない、為政者としての冷徹かつ豪胆な盤面支配。敵の不穏な動きを察知しながらも、あえて泳がせて一網打尽にする腹積もりなのだろう。


「はは。まあ、わかるけども。俺は……なに事も〝未然に防ぐ〟が基本だよ」


 技術者として被害を最小限に留めることを至上とするレオは、苦笑交じりに肩をすくめた。


「あらあら、未然に防ぐなんて効率悪いこと、よくできるわね」

「効率が悪い?」

「バカは法律すら無視をするのよ。いくら未然に防ごうと思っても、それを抜けようとしてくるの。なら、時間をかけてやらせておくほうが良くないかしら?」

「それを最後に叩く、か。なるほど。相手の労力をまるごと無にするってやり方ってわけね。でも、それは優秀な者がいるからこそできる対策だろ」

「そうね。わたしたちは長命種。知識も経験も違うわ。それを活用せずにいれるかしら?少なくともわたしたちは出来るもの」

「種族特性の差か……」

「まあ、同じ長命種でも、引きこもりのエルフさんたちがどうかは知らないのだけれども」


 キャンディはふふっと上品に笑った。


「エナドへの報告は?」

「ある程度ね。こちらで対処する旨も伝えてあるし。大袈裟にはしていないわ」

「そうか」

「ちなみに、この会場の仕掛けにも気付いているわよ」


 キャンディが扇子で口元を隠し、おっとりとした声で微笑んだ。


「これはこれは。御見それいたしました。で?どんな仕掛けなんだ?」

「あらあら、知りたい?」

「ああ。俺たちも手伝えるかもしれないからな」

「あらあら!それは助かるわ!じゃ、案内しながら詳しく話すわね」


 キャンディは扇子を畳み、広大な大展示場を歩き出した。


「え?キャンディ」

「あらあら、なにかしら?」

「監視者の目は?」

「ないわよ。ある程度目星もついているもの」

「そうか……わかった。案内してくれ」

「ええ、こっちよ」


 レオたちは彼女の後に続き、祭典の準備に追われる職人たちの間を抜けていく。


 やがて辿り着いたのは、会場に設けられた特設バルコニーだった。


 キャンディはそのさらに奥、一般の来場者が立ち入ることのない薄暗い裏通路へと躊躇いなく足を踏み入れた。


「ここよ。この裏通路の壁の内部にね、複数の爆破装置が巧妙に隠蔽されて仕込まれているの」


 キャンディが何の変哲もない壁の一角を扇子で示し、おっとりとした声で事実を告げる。


「全然違和感ないんだけど。よく気付いたね」

「あらあら。誰が建てたと思っているの?」

「あ、はい。そうでしたね」


 レオは苦笑交じりに頷くと、再びキャンディに視線を向ける。


「それで?対策はどうなってんの?」

「そうね。解除しようとは思っているわ。ここに訪れる方々を巻き込むわけにはいかないでしょ」

「でも、それだと、〝一網打尽〟前に気付かれるんじゃないか?」

「そうだけど、仕方ないじゃない?」

「ふっふっふっ。キャンディ」

「あらあら、なによ。悪い顔して」


 レオは何もない空間に右手を翳し、時空属性の収納魔法≪クロノ・ボックス≫を展開する。水面のような波紋の中から、重厚な金属光沢を放つ円筒形の【魔道具】を取り出した。


「あらあら、相変わらず便利な魔法ね。それで?それはなに?」

「時空属性結界の魔道具さ。この結界で爆発の威力を建物の外側だけに逃がすように指向性を持たせるんだ。そうすれば、会場内の被害を防ぎつつ、相手には計画通り囮の爆破が成功したと勘違いさせられるだろ?」

「あらあら、良い案ね。じゃあ、当日はその爆風が抜ける外側の場所を、立ち入り禁止エリアに設定しておくわ」

「ああ。それで、提案なんだが。違和感を持たせないために、俺の展示品をこの付近に置いて、そこに仕掛けたい」

「あらあら、なるほど。担当者に伝えるわね」

「決まりかけてた配置を変更しちゃって申し訳ないね」

「あらあら、いいのよ。必要な〝手〟なんだから」


 キャンディが扇子で口元を隠し、満足そうに目を細めた。


「それから、そうそう」

「ん?」

「これに加えて、わたしの家の地下にむかって穴が掘られているわ」

「そっちも放置?」

「そうね」

「目的は〝レガリア〟かな?」

「たぶんね」

「レガリアは?」

「もちろん場所を移しているわ」

「そうか。一応提案なんだが」

「あらあら、なにかしら?」

「これ」


 レオは≪クロノ・ボックス≫から、極小の魔導回路が刻まれた銀色の【ピアス】を取り出し、キャンディへと差し出した。


「あらあら、これは?」

「時空属性の収納魔法を付与したピアスだよ。登録されたマナにしか作用しないように出来てる。キャンディのマナをこれに登録して、レガリアを収納してキャンディ自身が身に着けていれば、安全だろ?」

「あ!マロンとお揃いなのです!」


 マロニーが嬉しそうに自身の耳元を指差した。


「あらあら、それは安心ね。ありがたく使わせてもらうわ」

「登録は――」


 キャンディが上品に微笑み、ピアスを受け取ると、レオはマナの登録手順を説明しようとした。


 だが、キャンディはすでに自身の微かな地属性のマナをピアスへと流し込んでいた。


 極小の魔導回路が一瞬だけ淡い光を放ち、彼女のマナの波長を正確に記憶する。


「あらあら、これでいいのかしら?」

「……ああ。相変わらず、マナの扱いが完璧だね」

「ふふっ。伊達に長く生きていないわ」


 キャンディが自らの耳元に元からあるピアスを外し飾ると、レオは苦笑交じりに頷き、本題へと意識を戻した。


「ああ。それじゃあ、家の地下に掘られているという穴の詳細を調べに行こうか。対策を打つにしても、敵の手口を正確に把握しておく必要があるからね」

「ええ。お願いするわ」

「でも、その前に」

「あらあら、どうしたの?レオちゃん」

「当日展示される作品はすべて納入済み?」

「ええ、そうね。すべて運び込まれているわ」

「了解」


 レオが両手を下に翳し時空属性魔法≪ディセリア≫を行使する。


 空間に刻まれた過去の痕跡、魔力の残滓、出来事の断片を読み取る時空鑑識魔法である。


 視界がぐらりと揺らぐ。


 膨大な情報量が視神経を介して直接脳細胞へと流れ込んでくる。


 過去数年にわたるマナの揺らぎや、足元深くからの微小な削岩の痕跡。


 第五位階の魔法がもたらす膨大な情報を処理する過酷な負荷に耐え、情報の解析を終えたレオは魔法を解除し、こめかみを押さえて深く息を吐き出した。


 すかさずシルビアが一歩前に出て、第一位階癒属性回復魔法≪ヴィタリス≫を行使した。


 掌から放たれた淡い金色の光の粒子がレオの頭部へ浸透し、オーバーヒートしかけた脳の疲労を優しく和らげていく。


「ありがとう、シルビア。助かったよ」

「いいえ。随分と無茶をするのですね、レオさん」


 シルビアが気遣うように微笑みながら応じる。


「あらあら、レオちゃん。まさか≪ディセリア≫を?」


 隣に立つキャンディが、いつもの優雅な微笑みを僅かに潜め、扇子を握る指先に微かな硬さを滲ませて問いかけた。


「ああ」

「随分と辛そうに見えるのだけど」

「ああ。どうもこの魔法は加護がないと情報量が多すぎて脳が悲鳴をあげるんだよ」

「あらあら、まあまあ、そうなのね。わざわざうちの国のためにありがとね、レオちゃん」

「いや、いいんだよ」

「それで、どうだった?」

「キャンディ。この大展示場と王邸の宝物庫を繋ぐ防衛結界の魔導回路だけど、外部から遠隔で干渉できるような脆弱性はある?」

「あらあら。サブレリ族が設計し、カラメロ族が仕上げた最高精度の結界よ」


 キャンディが不思議そうに小首を傾げる。


「外部からの物理的、魔力的な干渉を完全に遮断する仕組みになっているわ」

「なるほど」

「脆弱性なんて、あるはずがないのだけれど」

「ああ、設計上の欠陥はないだろうね。……だが、結界の魔導回路の末端に違和感がある」

「違和感?」

「そう。違和感だ。この感じは……ゲンマで回収した〝寄生型装置〟に似ている」

「寄生型装置って、エナドの報告にあったモンサン製に似た装置?」

「そう、それ。あの装置から解析した、モンサンの〝魔化学〟特有の波長を感じる。……断定できないけど、たぶん〝エヴィス〟かな」

「しかし、サブレリ族の結界に外部から干渉するなど、そう容易いことではないはずよ。……まさか、泳がせている〝奴等〟が、うちの子を唆して意図的に裏口を作らせたとでもいうのかしら」


 信じたくない可能性に僅かな懸念を滲ませたキャンディに対し、レオは静かに首を横に振った。


「いや。ココピット族の職人たちに裏切り者がいるとは思えない。ココピットの連携力は高く、そして、どれほど誇り高いか俺もよく知っているからね」

「ふふっ。あらあら、そうね。その通りよ」


 キャンディの表情に、母のような安堵と絶対的な信頼が浮かぶ。


「うちの子たちに限って、職人の誇りを捨てて裏組織に寝返るような者は絶対にいないわ。それはわたしが保証する」

「ああ。彼らのプライドは、どんな洗脳や大罪紋よりも強固だ」


 レオは足元の石畳を軽く踏み鳴らした。


「つまり、これは内部の犯行じゃない。外部からの極めて高度なハッキングだ」

「外部から……防衛結界の波長を解析し、同化させたというの?」

「おそらくね。その装置がキモなんだと思う。エヴィス側に、相当な技術者がいるのは間違いない」

「あらあら。レオちゃんでもそう思うということは、相当ね」

「俺でもっていうのはわからんけど、とにかく、その装置の場所はなんとなくわかっているけど、相手の行動を制限させちゃうから、放置になるなあ」

「あらあら、そうね。まあ、被害が出ないならいいじゃない」

「そうなんだけど、その装置も一緒に失っちまうんだよね。もったいない」

「あらあら、まったく。これだから技術者っていうのは」


 キャンディは扇子で口元を隠し、可笑しそうに目を細めた。


 迫り来るエヴィスの脅威を前にしても、敵の技術や装置に未練を残す。そんな技術者としてのさがを隠しきれない彼に、呆れつつもどこか安堵したような響きだった。


「あ、いや、ごめんごめん。それじゃ、王邸の方へ行こうか」


 レオもまた、苦笑交じりに肩をすくめ、本来の目的へと意識を切り替えた。

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