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箱庭と猫 第二部 ―聖霊の試練編― 下  作者: 山本陽之介
第2章 黄土ヲ砕ク

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第13話 芸術国リオルト

 ベル歴995年、雷の月42日。


 八英雄の国の一つ、地中都市国家リオルト。


 ヒュマーノ族の約二分の一という小柄な体躯を持つ長命種、ココピット族が治めるこの国は、極まった技術を持つ職人部族によって社会が構成される、八英雄の国随一の「芸術国」であった。


 巨大なすり鉢状に広がる『セムフィン大空洞』に築かれた都市は八つの区画に分かれており、その空間は地下深くの閉鎖空間とは到底思えぬほど眩い光に満ちていた。


 高度な光源システムによって地表と遜色のない照度が維持された都市を見上げれば、天井を覆うドーム状の岩盤に、地の大聖霊タナターレを象った荘厳なる巨大彫刻が施されている。


 そして、その西区にあたる『ピエナターレ地区』の最奥からは、途切れることのない膨大な水量が大瀑布『ピエナフォール』となって、轟々たる地響きを立てながら地底の湖へと流れ落ちていた。


 瀑布の手前には、大地の理を体現したかのような圧倒的な質量と重厚な岩盤で構築された巨大な設備が鎮座している。


『盤石の水門ジオラ・ゲート』。


 水門の中枢へと続く堅牢な通路に立ち、レオ・クロースは静かに周囲を見渡した。


「一通り確認したけど、つい最近まで親父がいたから今のところ問題はないな」


 レオの足元から、元気な高い声が響いた。


「大丈夫そうなのです?」


 声の主は、こげ茶色のボブヘアを持つ五歳前後の幼女だった。


 彼女は自身の背丈を優に超える巨大な戦斧を背負っている。


 地の大聖霊の加護を受けた聖猫、マロンのヒト化姿であるマロニーだった。


「ああ。まあ、今のところは、だけどな」


 レオが視線を落とし、淡々と肯定する。


 先日のゲンマ魔法国における『赫炎の水門イグニ・ゲート』での一件がある。マナ供給パイプラインに未知の寄生型回路を仕掛けていたのだ。


 物理的な異常がなくとも、外部からの悪意ある魔力干渉が潜んでいる可能性は常に考慮しなければならない。


「警戒は怠らないのです!」


 マロニーが小さな両手を腰に当て、胸を張って力強く宣言した。


「ああ。えらいぞマロン」

「へへへー」


 レオが短く褒めると、マロニーは嬉しそうに白い歯を見せて笑った。


 そこに、石畳の通路を歩いてくる複数の足音が近づいてきた。


 レオが視線を向ける。


 護衛の兵士たちを従えた一人の女性が歩み寄ってくる。


 彼女もまたココピット族特有の小さな身の丈をしているが、その歩みには長き時を生きた者だけが持つ、絶対的な威厳と優雅さが同居していた。


 精緻な地属性の魔導回路が織り込まれた豪奢なドレスを纏う彼女は、千年前の世界を救った八英雄の一人であり、このリオルト芸術国を統べる女王キャンディ・リオルトであった。


「あらあら、精が出るわねレオちゃん。それとマロンちゃんもね」


 キャンディが立ち止まり、レオを見上げて微笑みながら口を開いた。


 千年前に共に死線を潜り抜けた戦友「ショウ」の魂を継ぐ者に対する、親しみを込めた柔らかな声色だった。


「キャンディ女王陛下。態々のご足労、感謝します」


 レオがアイゼン王国の貴族として隙のない礼をとると、キャンディは軽く手を振ってそれを制した。


「あらあら、レオちゃん。昨日は公の場所だったから云わなかったけれど、随分とよそよそしいじゃない」

「あ。いや、まあ」

「あらあら、千年前と同じ〝ママ〟って呼んでもいいのよ?」


 キャンディの言葉にマロニーが、えっ、という顔をレオに向けた。


「呼んでねえよ!」

「あらあら、いいわね。その調子よ」


 キャンディがくすくすと上品に笑う。


「それはそうと、レオちゃん」

「それはそう、は納得していないんだが!?」

「あらあら、狭量な子ね」

「……それで?何が云いたかったの」


 レオは呆れたように小さく息を吐き、気を取り直して先を促した。


「あらあら、そうそう。レオちゃんは昔、ヴォルグってエルフの男の子に剣を上げたわよね?」

「男の子って……。まあ、いいや。たしかに上げたね」

「あれって、当時のショウちゃんが作ったやつでしょ?」

「あー、そうだね。それが?」

「当時からいる、うちの職人に、今ショウちゃんが来てるわよ、って云ったら変な顔されたわ」

「なんだよ、それ。話が繋がってないんだけど?」


 レオは突拍子もない話題の飛躍に呆れ、小さく息を吐いた。


「あらあら、ごめんなさいね。本題はそこじゃないの。その職人に、ショウちゃんのことをちゃんと説明したらね」


 キャンディは千年前の記憶を辿るように、柔らかな笑みを浮かべて言葉を継いだ。


「思い出したかのようにヴォルグちゃんの剣の構造をすごく褒めていたわ。本当に合理的な、素晴らしい武具だって」

「なるほど。当時の職人といったら、マッフィノの……」

「あらあら、そうそう。そのマッフィノのジョゼよ」

「やっぱりジョゼさんか!……そうか。当時の職人に褒めてもらえるのは、素直に嬉しいな」


 レオが僅かに口元を綻ばせて呟いた。


「ええ。だからね、レオちゃん」


 キャンディが少しだけ身を乗り出し、期待に満ちた瞳を向ける。


「今のレオちゃんがどれほどの腕前なのか、うちの職人たちに見せてあげてほしいの。ふふっ、芸術祭に何か出展してみない?」

「……それは、純粋に興味があるな。リオルトの職人たちの技術は世界最高峰だ。彼らと技術的な意見を交わせるなら、願ってもない機会だけど」


 レオは少し思案するように目を細め、それから軽く肩をすくめた。


「あいにく、今回は時間がないんだ。水門の点検と巡礼の護衛、それに大聖霊の試練が控えているからね。またの機会にさせてもらうよ」

「あらあら、残念だわ。でも、仕方ないわね」


 キャンディが少しだけ残念そうに目を伏せた。


 レオは水門の点検項目を脳内で再確認しようとして――ふと、思い至ったように顔を上げた。


「いや、まてよ。キャンディ。芸術祭はいつから?」

「ん?来月、氷の月からよ。あと数日で始まるわ」


 レオは顎に手を当てた。


「そんなすぐに作れるはずはない、と云いたいところだが、実はある」

「あらあら。出品してくれるのね?」


 キャンディがパッと表情を輝かせる。


「ああ。少し調整すれば出せるものがいくつかある。この後、見繕ってくるよ」

「あらあら、嬉しいわ!うちの職人たちもきっと喜ぶわね」


 キャンディが両手を合わせ、可憐な少女のように瞳を輝かせた。そして、少し不思議そうに小首を傾げる。


「でも、レオちゃん。なんで出そうと思ったのかしら?」

「ん?ああ。……キャンディ。国の境界での検閲は極限まで厳しくしているはずだけど、全てを完全に把握しきれる物量じゃないよね」

「ええ。ゲンマでの一件を聞いているからこそ、厳重にはしているけれど……」

「そうか……」

「あらあら、もしかしてレオちゃん」

「ん?」

「出品者として内部から守ってくれるのね!さすがわたしの息子!」

「息子じゃねえって!」

「あらあら、いいじゃない」


 キャンディがくすくすと上品に笑い声を立てた。

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