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箱庭と猫 第二部 ―聖霊の試練編― 下  作者: 山本陽之介
第1章 紅蓮ヲ断ツ

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第12話 再会を胸に

「――ということがありましてね」


 ベル歴995年、雷の月40日。


 ゲンマ魔法国イグナリス温泉地『祈りの碑』。


 シルビアが祈りの儀を行っている中、護衛として参加しているレオが、シルビアの方を見ながら、隣にいるグスタウス王に報告をしていた。


「マナ属性の反転装置、か」


 グスタウスが腕を組み、赤黒い瞳を細める。


 レオは視線を前方の祈りの碑に向けたまま、数日前に自身の拠点である次元の狭間『箱庭』で行われた、クロース一族による極秘会議の結論を淡々と説明した。


「癒やしのマナを反転させ、災厄の餌とするか。……悪辣な手口だ」


 グスタウスの声が一段低く沈む。


 シルビアが注ぐマナを利用して千年封≪ユグドラシル≫の楔を内側から破壊し、災厄を解き放とうとする、西の目論見。その事の重大さを共有した後、グスタウスが重苦しい息を吐き出して口を開いた。


「やはり、エヴィスが?」

「ええ。おそらくは」


 レオが淡々と肯定すると、グスタウスは組んでいた腕の指先を微かに食い込ませ、その赤黒い瞳を剣呑に細めた。


「西側がここまで入り込んできているとはな」

「ええ。ですので、陛下にはエナドへの報告をお願いしたく」

「構わん。報告しておこう」

「私たちクロース一族は各地の水門を改めて調査いたします」

「クロース一族が水門を点検してくれるなら、これほど心強いことはないな」


 グスタウスが短く鼻を鳴らし、僅かに口端を吊り上げた。


 千年前に世界を救った英雄の血と、アイゼン王国の魔道具開発を牽引する技術を色濃く継ぐ一族の実力は、魔導の頂点に立つゲンマの王であっても高く評価している。


「ええ。叔父ライナーがここの最終確認を終え次第、バーディア聖王国の聖なる水門(ホーリー・ゲート)へと向かいます。私自身は次なる試練の地である、リオルト地中都市国の盤石の水門(ジオラ・ゲート)の点検を兼ねて向かう手筈です」

「それで。レオ殿は何時こちらを発つおつもりか?」

「明日にはリオルトへ向かいます」

「性急だな。もう少し貴殿らと語らいたかったが。……まあ、事情が事情だ。仕方あるまい」


 グスタウスが僅かに名残惜しそうに息を吐く。


「光栄なお言葉です。ですが、西方の脅威に対抗すべく各国が連携を強める以上、これからはきっとお会いする機会も増えると思いますよ」


 レオが飄々とした笑みを浮かべて返すと、王は再び豪快に口端を吊り上げた。


「そうか。ならば、その時を楽しみとしよう」

「ええ」


 二人の間に、戦友のような短い沈黙が降りた後、グスタウスが不意に声のトーンを落とした。


「それとだ。件のシルヴァーナ共和国の代表選手団についてだが」

「何かお判りに?」


 先日の水門での襲撃事件後、グスタウスの命により、ゲンマ国内に滞在していた彼らの身柄はすでに拘束されている。


「大したことではないが、このあとルベラ城で話をしたい」

「ええ、かしこまりました。では、後ほど」


 レオが短く頷くと、グスタウスも静かに頷き返した。


「ああ。今はシルビア殿に集中しよう」

「そうですね」


 二人は言葉を切り、再び視線を前方へと戻した。


 視線の先では、祈りの碑の基部に向かって、純白の法衣を纏ったシルビアが静かに目を閉じ、両手を胸の前で固く組んでいる。淡い金色の光の粒子――純度の高い『癒』のマナが、彼女の全身からとめどなく溢れ出していた。


 祈りの碑の周辺を囲む群衆からは、聖女が放つ神聖な光景に呼応するように、割れんばかりの拍手と歓声が絶え間なく沸き起こっている。


 数日前の儀式延期による不安を完全に払拭するような人々の熱狂が、温泉地の広場をかつてないほどの盛り上がりで包み込んでいた。






 同日、夜。水門巡礼晩餐会後。ルベラ城の特別室。


 盗聴や防音を施した密談専用の部屋『余燼の間』。


 ソファにはレオとシルビアが腰を下ろし、対面にはグスタウス王とその息子でありゲンマ魔法国の次代を担う王太子ルーカス・ルビーが座っている。


 軍服姿のルビアは、レオの背後に直立していた。フルーナもまた、護衛としてその横に静かに控えている。


「聖女殿には、水門巡礼と晩餐会という大役を立派に果たしていただいた。レオ殿たちも護衛の任務、ご苦労だったな」


 グスタウスが労いの言葉をかける。


「ええ。何事もなく終わって安心しました」


 レオが淡々と応じた。


「ええ。皆様のおかげで、無事に役目を終えることができましたわ」


 シルビアも微笑んで頷いた。


「うむ。さて、本題に入ろう。ルーカス」

「はい、父上。……拘束したシルヴァーナ共和国の代表選手団についてですね」


 ルーカスが手元の資料に目を落とし、口を開く。


「先日、彼らの健闘を称えるという名目で王城へ招き入れた際、レオ殿が密かに仕掛けた時空結界が功を奏しました」


 水の国マリノンでの検死結果から、レオは自壊及び身体・マナ強化装置の埋め込み位置を把握していた。


 火の試練に挑む前、王城での謁見のどさくさに紛れ、選手たちの体内にある自壊装置と思しき部位へ、時を止める時空魔法をかけていたのだ。


「強引に拘束すれば、水門のコーチのように即座に自壊術式が起動していたはずだ。そなたの時空魔法のおかげで、鑑識と医療班が、選手たちの体内から『自壊及び強化装置』を無事に摘出できた。礼を言うぞ」

「マリノンでのデータが役に立ちましたね」


 レオが返すと、ルビアが胸を張って得意げに言う。


「さっすがマスターッス!完璧な手際ッスね!」

「ええ、本当に。見事な手際でありんした」


 フルーナも細く紫煙を吐き出して妖艶に微笑む。


 二人のやり取りを見て、グスタウスが不思議そうな顔でルビアへ視線を向けた。


「そういえば、ルジュはなぜレオ殿の後ろに立っているのだ?」

「自分のマスターはレオ・クロース様ッスからね!」


 ルビアが即答すると、レオは小さく息を吐いて軽く肩をすくめた。


「……そう、であったな。たしかに、レオ殿であれば、余の説法は無用と云っていいほどの人物だ」


 不意に出た単語に、レオが僅かに首を傾げる。


「説法……ですか?」

「ああ。前にルジュに伝えておったのよ。〝そのマスターとやらが、仕様もない者だったら余が説法をくれてやろう〟とな」

「なるほど……」


 レオが乾いた笑いをこぼすと、グスタウスは豪快に笑い飛ばし、再びルーカスへ視線を戻した。


「すまん、ルーカス。続きを頼む」

「か、かしこまりました。装置の摘出に伴う尋問の結果ですが……彼らに指示を出していたのは、あのコーチの男だったようです。お飾りとして座っていた監督は、何も知らされていなかったらしいです」

「さらに厄介なのは、選手たちの記憶だ。徹底的な記憶の改竄が施されているらしく、何者かに会ったような薄っすらとした記憶があるだけで、今日までの記憶がほぼ朧気な状態だった」


 グスタウスが言葉を引き継ぎ、腕を組んだ。


「コーチへの精神干渉に、選手たちの記憶改竄。シルヴァーナ共和国は中央同盟諸国の中でも最も西の端……。いや、もしかしたらシルヴァーナだけではなく、他の中央諸国にも注意を払わなければならないかもしれませんね」


 レオが淡々と推論を述べる。


「八英雄の国がそう簡単に崩れるわけではないが、侵入されてしまったことも事実だな。これは、約千年の平和がこのような危機感の希薄を生み出したのやもしれんな」

「ええ」


 レオが静かに応じると、グスタウスは僅かに表情を引き締める。


「……レオ殿。そなたは明日、リオルト地中都市国へ向かうと言っていたな」

「ええ。盤石の水門ジオラ・ゲートの点検と、地の大聖霊の試練が控えていますから」

「レオ殿ならば、間違いないとは思うが……無事の再会を楽しみにしている」

「ええ。すぐ会えますよ」


 レオが飄々とした笑みを浮かべて返す。


 王との密談を終え、レオたちは静かに席を立った。







 翌朝。ベル歴995年、雷の月41日。


 ゲンマ魔法国、王都マグノラ中央駅。


 重厚な大理石で構成された巨大なアーチ状の天井から、朝の柔らかな光がプラットホームへと差し込んでいる。


 ホームの脇に敷設された太い誘導マナレールの上で、一編成の巨大な車両が静かに待機していた。


 アイゼン王国へと向かう特急マナトレイン「フェルカン」。


 岩盤を貫く長距離トンネルの走行を想定し、流線型の先頭車両は強固な魔鋼の装甲で覆われている。


 ホームの喧騒から少し離れた乗車口の付近で、長旅に備えた私服の上に革の外套を羽織ったライナー・クロースは車体の装甲表面を指で軽く叩いた。


 彼を見送るために足を運んだのは、特製戦闘装束に身を包んだレオ・クロースと、純白の法衣を纏った聖女シルビア・スワン、そして濃赤と黒の軍服を着こなしたルビアだった。


「箱庭を使って送っていくのに」


 レオが声をかけると、ライナーは肩から下げた旅行鞄のベルトに触れ、軽く笑みを浮かべた。


「ありがとうな、レオ。だが、アイゼンで必要なものを揃えるつもりだからな。マナトレインで行くよ」

「そっか。叔父さんがいてくれて本当に助かったよ」

「よせ。お前が来てくれなければ、俺は死んでたかもしんねえんだからな。ああ、ぞっとする」


 ライナーは自身を抱え、身震いしてみせた。


「ははっ。叔父さん近接戦闘苦手だもんね」

「……もっと、鍛えておくよ」


 ライナーは小さく息を吐いて言葉を切り、隣に立つシルビアへ向き直って深く頭を下げる。


「聖女様。俺の両腕を治していただき、本当にありがとうございました。おかげで再び工具を握ることができます」

「頭を上げてくださいませ、ライナー様。わたくしは、聖女としての責務を果たしたまでですわ。それに、ご無事で何よりでした」


 シルビアが優雅なカーテシーで応じ、柔らかな笑みを向けた。


「クロース家の男はみんな無茶をしがちだからね。叔父さんも、あまり無理はしないでよ」


 レオが横から口を挟むと、ライナーは苦笑して頭を掻く。


「……耳が痛いな。肝に銘じておくよ」


 ライナーは表情を引き締め、背後で控えていたルビアへ視線を向ける。


「それじゃ、ルジュちゃん。俺の護衛はここまでだ。復旧作業に集中できたのはルジュちゃんのおかげだ、ありがとな」

「いやいや、アタシは横で突っ立ってただけッスよ」


 ルビアが照れ隠しのように笑った。


 ライナーが優しく微笑むと、レオも横から口を開く。


「次は親父のことを頼むな、ルジュ」

「当たり前ッスよ!マスターのお父さんはうちらにとってもお父さんッスからね!」


 ルビアが胸を張って笑顔で応じると、レオは頬を引きつらせる。


「は、ははは……」


 レオが乾いた笑いをこぼした、その時。駅の構内に重々しい電子音が響き渡り、マナトレインの出発時刻が迫っていることを告げた。


 先頭車両に組み込まれた小型化エーテルリアクターが本格的に起動し、内部の融合反応チャンバーでマナが圧縮・結合される微かな振動がホームの空気を震わせた。


 出力係数が規定値に達し、車体下部から放出されるマナ斥力の干渉光が一段と青さを増す。同時に、車体を覆う風属性マナによる空気抵抗低減フィールドが展開され、表面の空気が薄く揺らぎ始めた。流体ジェットの噴射準備が整い、発進の態勢は完了している。


「時間みたいだ。そろそろ行くよ」


 ライナーが車体へ向き直った。


「ああ。またね、叔父さん」

「ライナー様も、道中お気をつけて」


 シルビアが最後に丁寧に一礼した。


 ライナーはレオと軽く拳を合わせ、ルビアに手を挙げてから車内へと乗り込んだ。


 特急マナトレイン「フェルカン」の車内は、長距離移動の疲労を軽減するため、高級ホテルを思わせる重厚な造りとなっていた。


 窓越しに、指定された席に腰を下ろしたライナーが、見送るレオたちへ向けて軽く手を上げた。


 やがて、マナトレインがゆっくりと前進を始めた。


 摩擦ゼロの浮上走行による発進は、振動一つ感じさせないほどに滑らかだ。


 レオはライナーを乗せた列車が見えなくなるまで軽く手を上げ、それから深く息を吐いて振り返った。


「出発されましたわね」


 シルビアが安堵したように微笑んだ。


「ああ。叔父さんがバーディアの水門を点検してくれるなら安心だ」


 ルビアもまた満足げに頷き、列車の消えたトンネルの奥を静かに見つめていた。


 朝の柔らかな光が差し込むプラットホーム。


 特急列車が走り去ったトンネルの奥からは、微かな風だけが吹き抜けてくる。


 頼もしい技術者を見送った三人は、静けさを取り戻した駅の構内で、穏やかな朝の空気を感じていた。





第1章 紅蓮ヲ断ツ ―完―

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