直視できない光
歴史学の講義室。
窓際、後ろから三列目。
リアンドラは日陰に身を縮こまらせ、指先で羽ペンを無意識に回していた。
視線は、前方の席に座る貴族たちの後頭部を通り越し、磁石に吸い寄せられるように一点に固定されている。
艶やかな黒髪の背中。
シミアは背筋をピンと伸ばし、真剣にノートを取っている。窓から差し込む陽光を浴びて、その姿は自ら発光しているかのように眩しかった。
(あんなことをしたのは……私なのに)
昨夜のママの声が、呪いのように脳内でリフレインする。
いつも氷のように冷たいママが、珍しく相好を崩し、リアンドラの頭を撫でてくれた。
『リアンドラ、今回は本当に危ない橋だったわね。よくやったわ! あの娘が目覚めなければ、王国の情勢は一気に悪化していた……計画が間に合わなくなり、南方は完全にコントロールを失っていたでしょうから』
よくやった?
私はただ、何もせず、いつも通りに振る舞っていただけ。
なのに、シミアは目覚めた。
言葉にできない荒唐無稽な感覚が、胃の腑からせり上がってくる。
それはまるで、分厚い砂糖でコーティングされた毒薬を飲み込んだ時のようだ。口の中は甘いのに、胃袋の中では毒が暴れ回り、内臓を溶かしている。
「……以前にも話した通り、先日のシミア君との討論を経て、私は痛感しました。歴史とは、単に教科書を暗唱するだけの記録ではないと」
教壇の上、歴史教師アウグスト・バイロンの情熱的な声が、リアンドラの思考を断ち切った。
彼は腕を大きく振り上げ、称賛の眼差しをシミアの方へ向ける。
「歴史とは、能動的に認識し、掘り起こし、時には覆すプロセスなのです! 権威を疑い、真実を追求しようとするシミア君の精神こそ、我々が歴史に向き合うべき態度そのものです」
「真実の、追求……」
リアンドラはその言葉を低く復唱した。
あまりの滑稽さに、乾いた笑いが漏れそうになる。
この部屋にいる人間の中で、シミアだけが本当に目を見開き、世界を正しく見ようとしている。
じゃあ、私は?
私は黒い布を持って、その澄んだ目を塞ごうとした張本人だ。
(どうする? 言うべき? あの日、あなたに魔法をかけたのは私だって)
リアンドラはペンを強く握りしめた。指の関節が白く浮き出るほどに。
脳内の天秤が、激しく揺れ動く。
もし言ったら……シミアのあの清らかな瞳は、どう変わる?
ゴミを見るような目で私を見る?
それとも、私を犯罪者として突き出す?
ママはどうなる? ママはシミアに捕まるの?
もし言わなければ……口を閉じていれば、これは永遠に誰にも知られない秘密になる。シミアがいかに賢かろうと、自力で魔法の痕跡を見つけるのは不可能だ。 黙っていれば、私はまだ彼女の「友達」でいられる。
「学生諸君も、これを教訓にしてほしい」アウグストの声が熱を帯びる。「人々が誇りとする知識でさえ、間違っている可能性がある。そんな時、過ちを認め、勇敢に撤回することこそが、強情に固執するよりも遥かに意義深いのだ」
「勇敢に、過ちを認める……」
その言葉は強烈な平手打ちとなって、リアンドラの頬を張った。
顔がカッと熱くなる。
彼女は教科書の陰に顔を隠し、すべてを見通しているかのような教師の視線から逃れた。
「さて、この探究心を持って、次の章へ進もう」
講義は続く。
だがリアンドラにとって、その一分一秒は、処刑台の上で待たされる時間に等しかった。
ようやく――。
キーン、コーン……
終了の鐘が鳴った瞬間、リアンドラは弾かれたように席を立った。
ノートを整理する余裕すらない。普段なら軽蔑しているサボり魔の貴族のように、道具を鞄へ乱暴に押し込む。
行かなきゃ。
シミアが振り返る前に、ここから消えなきゃ。
今の私は、あの瞳を直視することなんてできない。
「シミア? 今日、久しぶりにシャルのところへ行かない?」
前方の席から、トリンドルの弾んだ声が聞こえた。
「いいね、久しぶりだわ。最近ちょっと……忙しかったから」
シミアの懐かしい声を聞いた瞬間、リアンドラの動きが凍りついた。
次の瞬間、彼女はパニック寸前の手つきで鞄の留め具をかけ、顔を伏せ、教室から出る人の波に紛れ込むようにして、逃げるように裏口へと走った。
「あ、そうだ。リアンドラも誘ってみましょうか」
シミアはノートを片付け、穏やかな笑みを浮かべて振り返った。
視線は、窓際の後ろから三列目へ。
だが。
そこには、空っぽの椅子と、窓から差し込む少し寂しげな陽光が残されているだけだった。
「あれ? もう……帰っちゃったの?」
シミアは残念そうに、ポツリと呟いた。




